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津波と防災

第2回  防災と減災の違い ~津波に備える~

執筆者

佐藤 慎司
東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻教授
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堤防をはるかに越えた2011年東北津波

岩手県での、2011年東北津波の高さを示しました【図1】。津波高さのデータは、東北地方太平洋沖地震津波合同調査グループおよび岩手県が公表している海岸付近の津波高さを用いています。過去の津波が岩手県北部で高かったのに対し、2011年東北津波は中部や南部でも高い津波をもたらしていることが分かります。北部の譜代などでは津波の高さが海岸堤防と同程度で、堤防により津波の浸水が阻止されました。一方、南部の陸前高田市では、2011年東北津波の高さは過去の記録よりはるかに高く、海岸の松林や堤防がほぼ完全に破壊されてしまいました。

さらに、釜石市や大船渡市などでは、周辺地域より海岸堤防の高さが低く設定されていることが分かります。これらの地域では、海岸堤防に加えて、津波低減機能を持つ「湾口防波堤」が設置されており、二段構えの津波対策が採られているためです。2011年東北津波は、「湾口防波堤」の設計条件も超える規模となり、これらの構造物も部分的に破壊されてしまいました。釜石市の「湾口防波堤」については震災後に詳細な分析が実施され、破壊されながらも市街地への浸水の開始時間を遅らせ、浸水量を小さくする効果があったことが確認されています。

海岸堤防の効能と限界

東北津波は、青森県から房総半島に至る東日本太平洋沿岸で、防護施設である海岸堤防の計画規模をはるかに超える高さの津波をもたらし、世界的に見て津波防災の先進的な地域であるこれらの地域であっても、壊滅的な被害が生じることとなりました。福島県北部より北の多くの地域では、津波の高さが海岸堤防の高さより数m以上高く、多くの堤防が破壊されました。堤防の一部が残存している箇所でも、現地調査のみでは、その減災効果を明確に確認することは困難でした。

岩手県唐丹(とうに)町小白浜(こじらはま)で破壊されて転倒した、海岸堤防の被災状況を見てください【写真1】。高さ10mを超える堤防が、陸側に転倒しており、海側から甚大な津波の波力が作用したことが伺えますが、堤防周辺の状況は氾濫した津波によって大きく乱されており、どのようにして堤防が破壊されたのかについては、推測できない状況でした。

これに対して福島県中部より南の地域では、堤防上を乗り越えた津波の高さが1~5m程度であり、堤防の破壊状況と陸地の被害に関して、明確な関連性が観察されました。例えば、福島県勿来(なこそ)海岸では、堤防の上を津波が1m程度の高さで乗り越えた地域の堤防は破壊されず、浸水被害も軽微でした。

ところが数百m離れた近くの地域で、津波が堤防を3m程度の高さで乗り越えたところではほとんどの堤防が破壊され、大規模な浸水被害が発生しました。また、福島県南相馬市の一連の海岸では、大規模な浸水被害が生じましたが、陸地の浸水水位は、堤防の全壊率が低い地域ほど低くなる傾向が見られました。つまり海岸堤防には、全壊まで至らなければ、津波の越流量を低減する効果があるといえます。

津波を防いだ砂丘

千葉県九十九里浜から茨城県南部の海岸に至る広い範囲では、砂丘が形成されています。砂丘の頂部の高さは8~9m程度であり、このように十分な高さの砂丘が浜に連続して形成されている所では、砂丘によって津波の浸水が阻止されていることが確認できました【写真2】。一方で、砂丘が切れている河口や海浜への進入路付近では津波が集中的に侵入していました。

茨城県南部の海岸では、砂丘を横切って海に流れ出る河川はほとんどありませんが、九十九里浜では、いくつかの中小河川が砂丘を横切っており、河口では砂丘が切れています。九十九里浜の木戸川河口周辺などでは、河口から津波が侵入し、河川堤防を破壊しながら両側に広がる低地にあふれ、道路沿いの民家などを中心に浸水被害をもたらしました。十分な高さの砂丘地形が津波被害を低減する機能があることは、インド洋大津波の際に、スリランカ南部ハンバントゥタなどでも確認されています。人工的な海岸堤防に加えて、自然地形を活用した津波対策の有効性を示す事例と考えることができます。

これに対し、九十九里浜の新堀川河口部には水門が設置されていたため、浸水被害が小さく抑えられました。河口部の水門は排水機場の一部で、津波対策として設置されたものではありませんが、高さ約5mの水門ゲートを1m程度越えて来襲した津波に対して、近隣家屋の多くは床下浸水にとどまり、浸水被害を低減しました。河川を遡上(そじょう)する津波による浸水被害は、岩手県の大槌(おおつち)、陸前高田、宮城県の仙台平野、福島県の楢葉(ならは)、勿来などでも生じており、土地の低い沿岸域では、海岸での対策に加えて、河川を遡上する津波への対策を検討することが重要です。

レベル1津波とレベル2津波

東日本大震災後、土木学会では、津波特定テーマ委員会が設けられ、津波の特性・被害と今後の対策について、集中的な議論が行われました。2011年5月には中間報告会が開催され、2011年東北津波は、数百年から千年に一度の極めて低い頻度で発生する巨大津波であったことや、レベル1とレベル2の二段階の津波規模を設定して、今後の津波対策を考えていくべきことなどが示されています。

東北津波では、いくつかの避難所でも浸水被害が生じました。これは、これまでのソフト対策では、避難計画で用いるべき津波の高さが具体的に示されていなかったためです。このような被害を繰り返さないため、最大クラスの津波を科学的に設定し、これをレベル2津波として、地域の避難計画や特に重要な施設の設計などに用いることとなりました。

一方、海岸堤防の設計には、レベル1津波を用います。レベル1津波は、数十年から百数十年に一度の頻度で発生する津波であり、レベル2津波に比べると頻度が高く、高さが小さい津波になります。百年程度に一回の頻度で発生する津波を用いるのは、日本海溝や南海トラフで発生する巨大地震の発生頻度を参考としているためです。海岸堤防や防波堤などのコンクリートでできた海岸構造物の寿命は50年程度です。老朽化した場合には造り直す必要があります。

例えば、1,000年間海岸堤防を設置し続けるとすると、20回程度造り直す必要があることになります。数百年から1,000年に一度程度の極めて低い頻度で発生する巨大津波に対して、耐用年数が50年程度である現在の構造物でこれに対応すると、20回程度造り直して、堤防の設計対象となった規模の津波が実際に襲ってくるのは1回のみということになり、構造物のみで、このような低頻度の巨大津波に対応するのは非現実な対応であることが分かります。

構造物の設計に用いる津波としては、百年程度に一回の頻度で発生する津波(レベル1津波)を採用するのが合理的と考えられます。レベル2津波という具体的な目標のもとに設計されるソフト対策とレベル1津波で設計されるハード対策を組み合わせることにより、なんとしても人命を守り、資産の被害を軽減する総合的な対策が推進されることになります。その防災概念をあらわしたのが【図2】です。

(2014年9月30日 更新)