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台風の基礎知識

第5回  台風を動かすさまざまな渦

執筆者

上野 充
電気通信大学講師、横浜国立大学講師 理学博士
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転向

台風に関わる予測の中で最も基本的で重要なものが、台風の移動についてです。予報技術の進展に伴って、台風の進路予報精度は近年かなり向上しています。それでも、3日先の予報となると、予報された台風の中心位置と実際の位置の差が1,000kmを超すような事例も存在します。ここでは台風の移動を左右するいくつかの要因について見ていきます。

台風が中緯度に近づくと、台風の北側部分から徐々に偏西風の影響を受けるようになります。するとそれまで太平洋高気圧の縁に沿って西ないし北西に進んでいた台風は、北東ないし東に向かって進むようになります。これが「転向」です。転向するのかしないのか、転向のタイミングはいつか、といったことは台風移動予測の重要なポイントです。

偏西風の状況は季節によって異なります。一般に、冬季の方が夏季より偏西風が強く、また偏西風帯はより南に位置しています。このため盛夏期から晩秋に向かって季節が進むほど、台風はより低緯度で転向するようになります。偏西風帯のもう一つの重要な特徴は、偏西風帯は気圧の谷や尾根の存在により南北に波打っており(第4回「台風と温帯低気圧」図2/上野 充)(*1)、しかもその波が東進するということです。このため同一の経度で見たとき、数日周期でその位置が南北に大きく振れるといったことが起こります。偏西風帯が南に下がった時が転向しやすいタイミングだといえます。

2013年、伊豆大島に大きな豪雨被害をもたらした台風26号の転向時の状況を示したものをご覧ください【図1】。図には偏西風帯の位置を把握するために、台風移動と関わりが深い対流圏平均風(第2回「台風の移動の仕組みと風雨構造」台風移動の仕組み/上野 充)(*2)の強風域も示してあります。東経120度付近では、上空の気圧の谷に対応して偏西風が南に大きく蛇行しており、その南東部分では、台風に伴う反時計回りの循環が偏西風帯に取り込まれつつあります。

ベータドリフト

地球の自転に伴う地表面の回転といった場合、地軸からの距離を半径とする地軸周りの回転に注意が向きがちですが、台風などの大気現象で重要なのは半径をゼロにしても残る水平面内での回転です。この地表面の回転速度は緯度が低いほど小さく、北極では1日にほぼ1回転というペースですが、北緯30度の地点では半回転となり、赤道では全く回転はありません。これについては次回詳しく述べます。

地表面に対する相対的な空気の動きが「風」ですから、地球大気全体が全くの無風状態のとき、大気は地表面と全く同じペースで水平に回転していることになります。このときもし高緯度の空気を回転速度のより遅い低緯度の地表面上に運んでくれば、反時計回りの「風」が観測されるはずです。北寄りの風が吹いている台風中心の西側では、空気が高緯度側から低緯度側に向かって絶えず輸送されており、反時計回りの渦が生成されやすい状況にあります。反対に、南寄りの風が吹く台風中心の東側では時計回りの渦が生成される傾向があります。

数値計算でこのことを確認してみます。数値計算は台風中心周りの回転風だけが存在し、それ以外の風は全くない状態から開始します。計算を1日先まで進めたときの、台風中心周りの回転風以外の空気の流れ(風)を示したのが【図2】です。台風中心の西側に反時計回り、東側に時計回りの大きな渦循環が生成されています。この一対の渦循環は「ベータジャイア」と呼ばれるものです。

ベータジャイアが生成された結果、台風中心部には北に向かう流れが生じており、台風は北へ向かって移動を始めます。この台風の北への移動が、本コラム第2回(*2)でも触れた「ベータドリフト」です。【図2】の事例では台風の移動速度は時速7km程度ですが、回転風が高度によって異なる上に、ほかにもさまざまな風が重なり合っている実際の台風について、ベータドリフトの大きさを正確に算定するのは容易ではありません。

藤原効果

北西太平洋海域は、世界で最も台風(熱帯低気圧)の発生数が多い海域です。このため同時に二つ以上の台風が存在することも珍しくありません。二つの台風がある程度接近すると、お互いに相手の台風に伴う風の影響を受けるようになり、両者の重心の周りをほぼ一定の距離を保って反時計回りに回転するといったことが起こります。この台風同士の相互作用は、1921年に渦巻きの相互干渉の研究論文を発表した藤原咲平(ふじわらさくへい)にちなんで、「藤原効果」として知られています。相互作用する台風のほとんどは、最終的には相互作用状態から解放され離反しますが、まれに両者が融合して一つの台風になることもあります。前者の例として1985年の台風12号と13号のケースを【図3】左に、また後者の例として1994年の台風27号と28号のケースを【図3】右に示しました。

藤原効果は、台風の進路予測の誤差を大きくしてしまう要因の一つです。藤原効果を精度高く予測するためには、双方の台風の強度や強風域の広がりを適切に予測する必要があります。しかし、最先端の数値予報モデルを用いても、台風強度や強風域の広がりを正確に予測するのは難しいのが現状です。

藤原効果と同様の現象は、相手が台風でなくても起こりえます。例えば台風が寒冷渦(第4回「台風と温帯低気圧」台風と寒冷渦/上野 充)(*1)に遭遇した場合でも、台風に不規則な運動が生じることが報告されています。

トロコイダル運動

台風の中心部はいつでも円対称な構造をしているわけではなく、だ円形の場合もあります。また、台風の中心軸が高さ方向に多少傾いていることもあります。このような場合、地上気圧最小地点として決まる台風の中心(台風の眼)と、台風の渦巻きの中心がずれてしまい、前者が後者の周りを回転するといった事態が起こります。台風の平均的な移動(=渦中心の移動)にこの回転運動が重なると、「トロコイダル運動」と呼ばれる台風中心の蛇行運動が出現します。回転運動は常に反時計回りであり、その振幅(回転半径)は事例によって異なり、数十~200km、また周期は数時間から数日であることが知られています。トロコイダル運動は、予測対象である台風の平均的な移動経路から離れた場所に、思わぬ強風や強い雨をもたらす可能性もあります。

これまでの各項目で登場した太平洋高気圧、中緯度にあって蛇行しながらも経度方向に地球をぐるりと一周している偏西風、偏西風に気圧の谷や尾根等の蛇行をもたらす低気圧や高気圧、ベータジャイア、藤原効果をもたらす台風や寒冷渦、これらはいずれも大気中に存在するさまざまなタイプの渦です。トロコイダル運動は、そういった外的な渦がなくても生じる点に特徴があります。

(*1)第4回「台風と温帯低気圧」/上野 充
(*2)第2回「台風の移動の仕組みと風雨構造」/上野 充

(2014年9月30日 更新)