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PM2.5、黄砂、酸性雨

第3回  黄砂の仕組みとその正体 地球環境への影響は?

執筆者

小島 知子
熊本大学自然科学研究科 准教授
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春を告げる風物詩

厳しい冬を乗り切った後の春の訪れは、誰もが喜ばしいと感じるものです。とはいえ、花粉症に悩まされる人には、ちょっと憂鬱なところもあるでしょう。花粉と並んで、このところ春の厄介者とされているのが「黄砂」です。2013年に「PM2.5」が話題となった際には「『黄砂』が来るようになるとさらに悪影響が…」と盛んに報じられ、すっかり悪者になってしまった観があります。

「黄砂」は春のものという認識は古くからあり、俳句に詠み込まれる春の季語にもなっています。「黄砂」という言葉は比較的新しく、以前には「霾(ばい・つちふる)」が用いられていました。「春がすみ」や「おぼろ月」のように景色がかすみがかって見えるのも春に多い現象ですが、これにも「黄砂」の関わるものが含まれるでしょう。空気中に黄砂粒子などのPM(粒子状物質)がたくさん浮遊していると、太陽や月の光が散乱されて、ぼんやりとかすんだ状態になります。

現代では誰もが「『黄砂』とは、アジア大陸の乾燥地帯から発生した砂じんが日本を含む東アジア一帯に飛来してくるもの」と知っています。この現象が起こるためには、1)乾燥地帯で強風により砂じんが巻き上げられる、2)上空の大気の動きで東へ運ばれる、の条件が整うことが必要で、それが春季に当たるわけです。

「黄砂」の発生地となっている乾燥地帯では、冬の間、降水量が特に少なく植物も枯れて土壌がむき出しになった状態です。しかし冬季には大陸は高気圧で覆われ、砂じんを巻き上げるような強い嵐が発生することもあまりありません。春の訪れとともに気温が上昇してくると、大陸の上空で低気圧が発達するようになり、地表の固い凍土も解けて、大規模な砂じん嵐が次々と起こり始めます。

嵐で巻き上げられた砂じんは上空の大気の動きに伴って移動しますが、日本を含む中緯度地域には、普遍的に西から東へと向かう大気の動きである偏西風があります。天候の変化が常に西から東へ順次移動していくのも偏西風のためです。この偏西風に乗り、あるいは偏西風によって移動してくる低気圧とともに、「黄砂」は大陸内陸部から日本へと飛来します。

季節が夏へと移り変わって気温がさらに上がると、日本付近では太平洋高気圧の勢力が増し、西からの大気の動きをブロックするようになります。同時に「黄砂」の発生地でも砂じん嵐の頻度が減って、「黄砂」の季節は終わりを迎えるのです。ただし、上に挙げた1)、2)の条件がそろいさえすれば春以外の季節に「黄砂」が見られることもあり、ここ数年間は秋や冬にも何日か「黄砂」が観測されています。

黄砂の粒子はどんなもの?

「黄砂」はいわゆる「土ぼこり」ですので、含まれる粒子の成分は、どこにでもある砂や泥と大きな違いはありません。砂や泥は、もともとは硬い岩石が風化して細かい粒になったもので、一粒一粒は岩石を構成していた鉱物です。これらがPMとして空気中に漂っている場合は鉱物ダストと呼ばれます。鉱物ダストのうちで、アジア大陸内陸部を起源とするものが「黄砂」で、英語の文献では“Asian dust(アジアのダスト)”と呼ぶのが一般的です。「黄砂」以外に、大規模発生する鉱物ダストとしてサハラ砂漠起源のものがあり、季節に応じてヨーロッパやカリブ海周辺の国々に影響を及ぼします。

鉱物には数多くの種類があるため、個々の黄砂粒子の化学組成は実にバラエティーに富んでいます。多くはケイ素やアルミニウムを含むケイ酸塩で、各種の粘土鉱物や石英、長石が代表的なものとして挙げられます。また、カルシウムやマグネシウムなどを含む炭酸塩や硫酸塩も、一般的です。粒子の形もまたさまざまで、粘土鉱物なら平たい板状、長石ならコロコロと丸みを帯びた形など、鉱物の種類によって異なります。アスベストに見られるような針状や繊維状の形をとるものもあり、健康影響の点で好ましいものではありません。

岩石が崩れてできた鉱物ダストである黄砂粒子は、PMの中では比較的大きい部類に入ります。もともと大きな物体であったものをすりつぶして細かくしようとしても、限度があるからです。砂じんを巻き上げた嵐の強さや規模にもよりますが、日本で見られる黄砂粒子は2~6マイクロメートル程度のものが多いとされています。ただし、大きさの幅は広く、1マイクロメートル以下のもの、逆に10マイクロメートルを超えるようなものも少なくありません。大気中を運ばれていく間に大きな粒子は重力で下に落ちていくため、滞空時間が長くなればなるほど、小さな粒子の割合が増えます。

よく「『黄砂』と『PM2.5』の違いは?」という質問を受けるのですが、ここで少し説明しておきたいと思います。「PM2.5」というのはPMを大きさだけで区別した分類で、粒子が何でできているのかという点はまったく考慮されていません。2.5マイクロメートルより小さければ、鉱物ダストであろうがすすであろうが「PM2.5」です。黄砂粒子の中には2.5マイクロメートルより小さいものもたくさんありますので、「黄砂」が飛来するときには「PM2.5」の濃度も上がるのです。前回の第2回コラム「冬が本番?『PM2.5』再来!/小島知子」で述べたように、石炭燃焼の煙や自動車の排気ガスに由来する人為起源の汚染物質は粒子のサイズが小さく(多くは0.5マイクロメートル以下)、普段の「PM2.5」の大部分を占めます。そのため「PM2.5=人為起源の汚染物質」と解釈している方が多いようなのですが、実際にはこれは正しくありません。

黄砂がもたらすもの

ゴビ砂漠や黄土高原といった乾燥地帯から巻き上げられる「黄砂」は年間約1億tにも上り、そのうち数百万tが日本の上空に飛来すると見積もられています。「黄砂」は日本に到達するまでに2000km以上の距離を移動してくるわけですが、その旅の途中で、発生源の異なるPMと混じり合ったり、大気に含まれるガス類と反応を起こしたりして性質が変わります。特に、アジア大陸の東部に位置する中国の大都市・工業都市から出る大気汚染物質との関わりは、かなり以前から注目されていました。

代表的な汚染物質である硫黄酸化物や窒素酸化物は、大気中での反応により硫酸および硝酸に変化します。このような気体からの反応は、一般に、気体分子が吸着する足がかり(「核」と呼びます)が存在するとより速く進みます。大気中に漂う黄砂粒子がこの「核」としての役割を果たし、反応を促進する可能性が指摘されています。また、PAH(多環芳香族炭化水素)のような有機化合物の反応にも関与し、より有害性の強い物質へ変化させるという研究もあります。「黄砂」も汚染物質も大陸から日本に向けてやってくるもので、切っても切れない間柄にあるといえるでしょう。

「黄砂」と一緒にやってくるのは汚染物質だけではありません。「黄砂」発生地で砂じん嵐が起こるとき、土壌の中に住んでいた細菌(バクテリア)類やかび類も、砂じんと一緒に上空へと巻き上げられて空中の長い旅を始めます。かび類の多くは胞子の形で移動しますが、比較的サイズの小さな細菌類には、より大きな黄砂粒子を「乗り物」とするものもあるようです。太陽の紫外線と乾燥にさいなまれる空中の旅は、これらの微生物にとって決して快適なものではありません。しかし、どうにか生き延びてどこかの地面に着地すれば、その地で繁殖することが可能です。このような場合、着地点の生態系を乱してしまう懸念もあります。汚染物質や微生物を伴ってやってくる「黄砂」による人体への影響は、岸川禮子先生の第1回コラム「PM2.5、黄砂はなぜ体に悪いのか」第2回コラム「PM2.5や黄砂が健康に及ぼす影響」に詳しく書かれています。

「『黄砂』は体に悪い」と言われるようになったのは割と最近のことですが、健康影響の問題がなかったとしても、やはり「黄砂」は私たちにとってありがたいものではないでしょう。景色はぼんやりと見えにくくなりますし、せっかく洗ったばかりの洗濯物や車も汚れてしまいます。こんな厄介者は地球上からなくなってしまった方がいいのでしょうか?

日常生活の中であまり感じられることではないのですが、「黄砂」にも良い面はあります。その例として挙げられるのが、酸性雨を緩和する働きです。大気中に汚染物質が多いと雨水のpHが低くなりますが、「黄砂」が飛来している間は、雨水のpHがやや上昇することが知られています。これは主に、黄砂粒子に含まれる炭酸カルシウム(石灰:CaCO3)によるものです。炭酸カルシウムは酸性の水溶液に溶けて酸を中和するため、黄砂粒子が酸性雨と一緒になると雨水のpHを引き上げます。「黄砂」は汚染物質を伴ってやってきますが、その一方で、汚染物質の悪影響を軽減するという二面性を持つのです。

黄砂に支えられている生態系

もう一つ黄砂粒子に含まれる重要な成分は鉄分です。「黄砂」は東シナ海や太平洋にも降り注ぎ、海洋表層に住む植物プランクトンの活動を左右します。植物プランクトンは海水に溶け込んだ二酸化炭素(CO2)と日光を利用して光合成を行い増殖しますが、そのためには、硝酸塩やリン酸塩、鉄分といった栄養分も欠かすことができません。陸地から遠く離れた洋上では特に鉄分が不足しがちで、黄砂粒子はそれを補う供給源となっています。植物プランクトンが増えれば、それを食べる動物プランクトンが増え、さらにそれを食べる魚類が増え…という海洋の生態系も、「黄砂」に支えられているのです。

「黄砂」やサハラダストは毎年大量に発生し、大気中を長時間漂って、地球全体の「健康状態」にも関係してきます。最近公表されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第5次報告書には、鉱物ダストを含むPM(図3では「エーロゾル」とされています)の多くは地球温暖化をくい止める方向に働くとあります。これらは太陽光を散乱させ、また雲を作る核となって、地球を温める太陽エネルギーの一部を宇宙空間にはね返す効果を持つからです。仮に「黄砂」やサハラダストがまったくなくなるとすれば、大量の鉱物ダストがもたらす冷却効果も期待できなくなり、温暖化の進行を加速することになってしまうでしょう。

昔の人にとって風情を味わうものであった「黄砂」ですが、科学の進歩により、健康に有害なものと分かってきました。だからといって、自然現象である「黄砂」の発生と飛来を人間の手でコントロールすることはできません。「黄砂」の持つ良い面も認めてやり、「春の使者」を迎える気持ちで過ごしてみてはいかがでしょうか。その際は、同じく科学がもたらした黄砂予報や大気環境のデータをチェックして、対策を講じることもお忘れなく。

*1):偏西風については「猛暑」のコラム第2回「猛暑を引き起こす要因」/木本昌秀
第1回「世界的な異常気象と地球温暖化」/中村 尚 を参照。
*2):ダスト(dust)は日本語で言えば塵(ちり)です。粉砕や研磨などの機械的な作用により、元となる物体から一部が切り離されて細かい粒子になったもののことを言います。
*3):土壌を構成する主要成分で、岩石中の初生鉱物が風化して生じる鉱物です。剥がれやすい層が積み重なった構造を持つ層状ケイ酸塩が多くを占め、水分を蓄えたり物質を吸着したりする性質を持っています。天然あるいは人工の粘土鉱物(クレイ)を配合した洗顔料など、身近な生活の中でも利用されます。
*4):石英も長石も代表的な造岩鉱物です。石英は比較的風化しにくくて硬く(硬度7)、砂浜や砂漠の砂に多く含まれます。六角柱状の結晶は水晶と呼ばれます。長石にはケイ素とアルミニウムのほかにカルシウム、ナトリウムやカリウムが含まれ、風化するとカルシウムを失い、粘土鉱物に置き替えられます。
*5)第2回「冬が本番?「PM2.5 」再来!/小島知子
*6):PAHは多環芳香族炭化水素(Polycyclic Aromatic Hydrocarbon)の略語で、複数のベンゼン環が縮合した構造を持つ有機化合物のこと。100種類以上の物質が含まれ、そのいくつかは発ガン性を持つことが知られています。
*7):第1回「PM2.5、黄砂はなぜ体に悪いのか 」/岸川禮子
第2回「PM2.5や黄砂が健康に及ぼす影響」/岸川禮子
*8):酸性雨については「みんなのQ&A」で簡単に説明しています。
*9):pHは酸性・アルカリ性の区別とその強さを示す指標。1から14までの数値があり、中性では7、それより小さければ酸性で、数値が低くなるほど酸性が強く、逆に7より大きいとアルカリ性で、数値が大きいほど強いアルカリ性です。純粋な水は中性(pH7)ですが、大気中では二酸化炭素が溶け込むため弱酸性(pH 5.6)となります。このpH5.6よりも低い数値を示すものが酸性雨です。

参考文献:「黄砂」 岩坂泰信・西川雅高・山田丸・洪天祥 編 古今書院

参考ホームページ:
環境省 「黄砂」 https://www.env.go.jp/air/dss/index.html
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気象庁「黄砂情報(予測図)」 http://www.jma.go.jp/jp/kosafcst/index.html
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(2014年4月25日 更新)