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異常気象

第3回  極渦がもたらす異常気象

執筆者

中村 尚
東京大学先端科学技術研究センター気候変動科学分野 教授
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寒波と上層の低気圧の関係

気象庁の発表(2014年3月)によれば、この冬は東日本ではやや寒冬で、北日本・西日本では平年並みの寒さでした。一方、北米の中・東部では12月以降しばしば強烈な寒波に見舞われ、記録的な寒冬になりました。2月下旬に北米の中・東部で、記録的な異常低温を記録したときの北半球の高層天気図をご覧ください(図1)。

この図では北極が図の中心にあり、外側ほど緯度が低くなっています。色で描かれているのは、対流圏下層850ヘクトパスカル(以下hPa)気圧面(高度約1500mに相当)での気温分布です。紫色で示される強烈な寒気(-20℃以下)は、東半球側では北緯55度以北の北東シベリアにしか見られません。一方、西半球側では、カナダ中央部から米国北部五大湖の北緯40度付近にまで広く南下しています。この地域では最高気温が-15℃程度と記録的に低く、沿岸部のニューヨークでもアンカレジ(アラスカ州)より低温という異常な気温分布になっていました。

対流圏中層500hPa気圧面(高度約5500mに相当)の平均海面からの高度を示す等高線も描かれています。ある高さ(例えば5500m)で見ると、等圧面高度の高い領域は低い領域よりも気圧が高くなっています。西風が特に強い「ジェット気流」は、等高線が密集して水平気圧傾度が強いところを吹いています(図1赤線部)。中緯度太平洋上空を吹く「偏西風ジェット気流」は、北米大陸に近づくと、いったんアラスカ州上空にまで北上したあと急に向きを変え、ロッキー山脈に沿うように南下して、米国南東部にまで達しています。「ジェット気流」の南側では気温が高くて高気圧、低温の北側では低気圧となっています(第1回「世界的な異常気象と地球温暖化」/中村 尚)*1)。つまり、このときの「ジェット気流」は、ロッキー山脈上空の強いブロッキング高気圧とその東方の強い気圧の谷の存在によって大きく蛇行していたのです。

極渦は上層にある大規模な寒気渦のこと

通常でも、寒候期(10月から3月まで)には著しく低温となる北極域で空気が収縮し、その上空で等圧面が下がって巨大な低気圧性の渦が形成されています。この低温な上層の低気圧は「極渦(きょくうず)」と呼ばれています。「極渦」の周りには「亜寒帯ジェット気流」が吹いています。北半球では、チベット高原やロッキー山脈など高い山岳の影響などによって「ジェット気流」は常に蛇行して吹いており、「極渦」はゆがんで、極東域上空と北米北東部上空で、特に強まる傾向があります。実際、同じ緯度の他地域に比べ、これら二つの地域は平年状態でも冬の寒さが厳しいことで知られています。2014年の2月下旬の北米の中・東部では、偏西風が平年よりも激しく蛇行し、北米上空に低温の「極渦」が極端に偏って、記録的な寒波をもたらしたのです(図1)。

興味深いのは、冬季には対流圏の「極渦」がその上の成層圏の「極渦」にまでつながることです。高度約10~50kmに広がる成層圏は、その名の通り、高さと共に気温が上昇し、成層が極度に安定している大気層です。成層圏にあるオゾン層が太陽からの紫外線をほぼ完全に吸収する結果、上部成層圏で気温が高くなるのです。しかし、極域では冬季に太陽放射がほとんど届かないため、オゾン層による加熱はありません。よって、夏に比べ気温が極端に低く、巨大な「極渦」が成層圏にも形成されるのです(図2)。

極渦とオゾンホールの関係

成層圏「極渦」内の著しい低温は、「オゾンホール」の形成にも重要な意味を持ちます。「オゾンホール」とは、極域成層圏で早春にオゾンという気体の濃度が低下し、オゾン層にあたかも穴が開いたような状態になることです(図3)。オゾン層が破壊されてしまうと、人体に有害な太陽からの紫外線が地上に届くようになり、皮膚がん・白内障の発生や免疫機能低下などのリスクが高まることが懸念されています。オゾン層の破壊をもたらす化学反応は、「極成層圏雲」*2)と呼ばれる特殊な雲の表面で起こります。この雲は硝酸の液滴と氷粒からできており、その形成には-78℃以下という極低温状態が必要とされますが、これが最もできやすいのが真冬の南極上空の「極渦」内です。大陸の影響が少ない南半球では、「極渦」はあまりゆがんでおらず、北極上空の「極渦」よりもさらに低温になっているのです。

早春になって太陽からの紫外線が「極渦」内に届くようになると、「極成層圏雲」の表面でオゾン分子の分解が始まります。この分解を促進するのは、産業活動により排出されたフロンガスから解離した塩素原子です。フロンガスは大変使い勝手が良く、冷媒やスプレー缶など幅広い用途で利用されました。しかし、放出されたガスが大気循環により南極上空の成層圏に運ばれたため、「極渦」内でオゾン層の破壊が進み、1980年代後半には南半球の早春に「オゾンホール」が出現するようになったのです。その後、フロンガスの生産は国際的に禁止されたのですが、ガスはいまだに成層圏に残っており、「オゾンホール」は現在も毎年出現しています(図3)。なお、2011年の北半球の早春には、北極上空の成層圏でも著しい低温となり、初めて「オゾンホール」が観測されました。

成層圏極渦の変動とその影響

成層圏の循環は対流圏に比べて安定しています。しかし、冬季に「極渦」が一時的に崩壊し、極域成層圏の気温が数日のうちに数十℃も上昇するという激しい現象もたまに起こります。これは、「成層圏突然昇温」と呼ばれる現象です。対流圏の「亜寒帯ジェット気流」*1)の大規模な蛇行が起こると、その影響が大規模な波動として成層圏にまで及び、成層圏「極渦」の崩壊が引き起こされるのです。

北半球では冬に突然昇温が起こることが多いのですが、南半球ではめったに起こりません。しかし、2002年の9月下旬には大規模な突然昇温が南半球でも初めて観測され、南極上空の「オゾンホール」が一時的に破壊されました。その一方で、日本の北方にあるオホーツク海上空で高気圧が発達して「亜寒帯ジェット気流」が蛇行すると、その影響で北極上空の成層圏が一層低温化し、「極渦」が強まる傾向があります。

近年の研究から、こうした成層圏「極渦」の変動が対流圏の大気循環にも影響を与えることが分かってきました。北極成層圏の「極渦」が強い冬(左)と弱い冬(右)での欧州周辺の典型的な海面気圧と気温(色)の分布(図4)を見ると(図中の数字は各観測点での平均的な月降水量cm)、成層圏の「極渦」が強い冬は弱い冬に比べて、欧州全域で気温が高く、北欧で降水量が多い傾向が目につきます。「極渦」が強い冬は、ポルトガル沖の「アゾレス高気圧(停滞性の亜熱帯高気圧)」が強く、南欧を覆っています。その北にある「アイスランド低気圧(停滞性の大規模低気圧)」も強く、高気圧との間を吹く暖かく湿った偏西風が北欧に流れ込んでいます。この偏西風に沿って温帯低気圧が頻繁に発達し、次々と北欧にやってくるのです。

「極渦」が弱い冬は対照的に、「アゾレス高気圧」が弱まって南へ退き、「アイスランド低気圧」も弱まって南下しています。これらの間を吹く偏西風も弱まり、南欧に吹き込んでいます。このため、降水量が南欧で増え、北欧で減っているのです。欧州にはシベリア方面から寒冷な高気圧が張り出し、特に東欧で寒さが厳しくなっています。

このように「アゾレス高気圧」と「アイスランド低気圧」が同時に強弱を繰り返す変動は「北大西洋振動」と呼ばれ、北半球の大気循環に卓越する変動です。時間経過を追うと、成層圏「極渦」の異常が起きてからあとに、「北大西洋振動」に伴う対流圏の異常が形成される傾向が見えてきたのです。成層圏「極渦」の異常はかなり持続性が高いことから、この動向を監視することで寒候期の季節予報の手がかりが得られるのではないかと期待されています。

同様に、南極「オゾンホール」の形成が対流圏循環に影響を与えた可能性が指摘されています。南半球中高緯度域にて、1980年代から1990年代にかけて夏季に観測された対流圏最下層の偏西風の変化傾向を(図5)に示します。破線で示された偏西風の平均的な軸(最も風速が強い緯度)は南緯50度付近に位置しており、その高緯度側で偏西風が強化され、低緯度側では弱化した傾向が明らかです。

近年の研究により、この変化傾向が1980年代後半から現れるようになった南極上空の「オゾンホール」と付随する成層圏「極渦」の強化・寒冷化の影響を主に反映したものであることが明らかになってきたのです。この偏西風の変化は南極大陸の大部分での寒冷化を伴っており、南極大陸上の温暖化の遅れをもたらした主な要因と考えられています。その一方で、南極半島やアフリカ南部、さらには中緯度・亜熱帯南大洋の温暖化に影響を与えたと考えられているのです。

*1)第1回「世界的な異常気象と地球温暖化」/中村 尚
*2)目視される色や形状から「真珠母雲」と呼ばれることもあります。

(2014年4月25日 更新)