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日本の火山活動

第8回  富士山の火山防災と監視体制

執筆者

藤井 敏嗣
東大名誉教授 火山噴火予知連絡会会長
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富士山のハザードマップ

富士山では2000年から2001年にかけて、地下15km位の深さで、深部低周波地震と呼ばれる地震が活発化したことがあります。このような低周波地震は地下でマグマや熱水と呼ばれる流体が移動する際に発生することから、火山研究者の中には富士山が噴火するのではないかと思って心配した人がいたくらいです。幸いにしてその時には噴火に至りませんでしたが、富士山が今後も噴火する可能性があることを多くの人々に印象づけました。これが一つのきっかけとなって富士山でも噴火に備えたハザードマップが作られることになりました。
普通、火山が噴火する時には山頂にある火口から噴火するのですが、富士山は2200年前の噴火を最後に、山頂火口から噴火したことがありません。山腹に割れ目が開いて、マグマを噴出したり、1707年の宝永噴火のように山腹に大きな火口を作って爆発的な噴火をするなど、噴火のたびに火口の位置は山頂以外の場所を転々としてきました。

したがって、ハザードマップを作るにあたっては、まず次の噴火でどの位置に火口ができる可能性があるかを検討する必要があったのです。地質調査などによって、比較的よく分かっている過去3200年間にどのような場所から噴火が始まったかが調べられ、この調査に基づいて次の噴火が始まる火口位置が推定されました。こうして推定された次の噴火で火口ができる可能性がある範囲を(図1)に示しました。噴火の規模によって少し領域が異なりますが、ほぼ北西―南東方向の山頂を含む広い領域のどこかに火口ができる可能性があるのです。この領域のどこに次の火口ができるかは噴火直前まで分かりません。

こうして推定された領域のうち、さまざまな場所から溶岩流が流れ出した時、どのくらいの速さで人家のある場所まで達するのかなどが計算機によるシミュレーションで求められました。爆発的な噴火になった場合、火山灰や火山れきがどのような地域に降り積もるのかなども富士山周辺の風向きや風力の年間変化を考慮に入れて予測されました。あるいは火砕流が発生した場合には、どの地域までが影響を受けるかなども調べられたのです。こうして富士山の火山噴火ハザードマップが作られ、周辺市町村の各戸に配布されました。2006年のことです。(図1)はその簡略版です。

しかし、ハザードマップは配布されただけで、その後、避難訓練などが行われることはほとんどありませんでした。それは、具体的にどのように避難したらよいのかが計画されていなかったからです。

富士山の防災対策

その後、2012年6月になって、山梨・静岡・神奈川の3県による富士山火山防災対策協議会が発足しました。富士山から離れた神奈川県が加わっているのは、爆発的噴火が起こった場合、火山灰や火山れきが西風で運ばれて、神奈川県でも大きな被害が予想されるからです。東京都も同様に被害を受ける可能性があるのですが、避難行動は必要ないと考えているのか、現段階では協議会に参加していません。

この協議会では2006年に作られたハザードマップにしたがって、噴火が始まった場合に富士山周辺でどのように避難をすべきかなどの検討を始めました。2014年2月には、溶岩流・融雪火山泥流・降下火山灰や火山れきに対する避難の基本計画が発表されました。今後、富士山周辺の市町村が具体的な避難方法や避難経路などを検討し、それに基づいて避難訓練などが行われる予定です。また、現在のハザードマップが作られて以降の調査研究によって、想定火口の可能性のある領域が広がったところもあるので、それに応じてハザードマップを改訂したり、避難計画を修正することも予定されています。

このように、ハザードマップは新しい知見に応じて改訂することは必要ですが、あまり細かいところにこだわることは意味がありません。なぜなら、次の噴火で起こる現象がハザードマップ通りに起こるわけではないからです。溶岩流が到達する時間なども、実際のマグマの噴出率がシミュレーションと異なれば当然違ってきます。次の噴火のマグマ噴出率を今から予測することは不可能なのです。ハザードマップは避難訓練を行うためのドリルマップだと考えるべきです。ハザードマップを活用した避難訓練などを通じて、防災担当者や住民が火山災害についての正しい知識を身に着け、いざという時に臨機応変に身を守る行動をとれるようになることこそが重要なのです。

噴火が始まりそうな時や、噴火が始まってから避難をすべきかどうかなどの判断の根拠となるのは、気象庁による火山の監視観測と噴火警報・噴火警戒レベルです。気象庁が24時間体制で監視観測を行っている47火山では、順次噴火警戒レベルを導入することになっています。平成26年3月の段階では、全国で30火山に噴火警戒レベルが導入されています。富士山でも噴火警戒レベルが導入され、噴火の可能性が高まると気象庁から警報が発せられる仕組みができています。その例を(図2)に示しました。

富士山の火山防災を考えるうえで問題点の一つは、次の噴火が始まる地点、つまり火口の位置は可能性のある範囲が広すぎて、噴火前に確定が困難だということです。(図1)に示した非常に広い範囲のどこから噴火するのか、事前にはなかなか決められません。このため、火口周辺警報にあたるレベル2の噴火警戒レベルを噴火前に発令することは難しいのです。したがって、富士山では観測によってあらかじめ火口位置が特定できない限り、噴火警戒レベル2をスキップすることになり、噴火が予想される時には噴火警戒レベルはレベル1からレベル3に一挙に上げることになると思われます。

それだけに、火山としては平常の状態にあるレベル1からレベル3になった時、登山客や観光客にどのように情報を伝え、どのように下山に導くかは、すぐにでも検討すべき重要な事柄です。

火山活動監視観測体制

現在、富士山の周辺には(図3)に示したように、地震計や傾斜計など、さまざまな観測計器が張り巡らされています。2000年から2001年にかけての深部低周波地震の群発前には数台の地震計しかなかったことに比べると、ずいぶん観測体制が強化されたことになります。

人工衛星を使ったGPS(最近ではGNSSと呼ばれる)で山体を挟む2点間の距離をいろいろな方向で測定しています。もしマグマが浅いところまで上昇してきて山が膨らむと、山体を挟む2点間の距離が延びることから、マグマの地表への接近を検知できることになります。しかし、急速に膨らむ場合は別にして、GPSの誤差もあるので、本当に2点間の距離が伸びているのかどうか、つまり山体が膨らんでいるかどうかはしばらく観測していないと判断できません。これに比べると、傾斜計は地盤の傾きを直接測ることができますから、短期間の観測データでも山が膨らんでいるかどうかは分かります。しかし、雨が降ったりして地下水の流れが少し変化しても傾斜計は反応して、いかにも山が膨らんでいるようなパターンを示すことがあります。このため、一種類の測定機器による観測結果だけから判断することは困難で、複数のデータによって本当に噴火の兆候を示しているかどうか確かめる必要があるのです。

富士山では300年以上も噴火が起こっていないので、これまでこのような観測機器で噴火を観測したことがありませんが、他の火山での経験から噴火前には地震が増加したり、山体が膨らむことが予想されます。このため、いろいろな研究機関による観測データもリアルタイムで気象庁に送られ、24時間で監視されているのです。

噴火予知はどのくらい前にできる

噴火が近づいていることが監視観測によって分かるとして、どのくらい前に噴火の前兆をとらえることができるでしょうか。

300年前の宝永噴火の時には、約1か月前に富士山を中心とする地域で地震が感じられたという記録があります。これが噴火の前兆現象だから次の噴火の時にも1か月前には地震が起こるので予知ができるという人もいますが、この地震が本当に噴火の前兆だったのかどうかも確定的ではありません。実は噴火の49日前に宝永地震と呼ばれる東海・東南海・南海の3連動地震が起こっているので、1か月前に富士山直下で起こったとされる地震は、もしかすると宝永地震による誘発地震(広義の余震)である可能性があるからです。

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震の直後にも、箱根と焼岳で有感地震を含む地震の群発が発生しました。結局、噴火は発生しませんでしたが、地震は2週間ほど続きました。宝永噴火の1か月前に起こった地震は、これと同じような宝永地震に誘発されて発生した地震で、噴火の前兆というわけではなかったかもしれません。確実な前兆と考えられるのは噴火数日前の地震の群発です。

当時は他の観測手法はありませんでしたが、今ではGPSや傾斜計などの地殻変動の観測装置も富士山の周辺に整備されています。噴火前には何らかの地殻変動を把握できると考えられています。噴火の前には地震活動が増えるとともに、火口となる地域の方向に山体が膨張することがとらえられると考えられます。しかし、どの程度前に噴火の兆候と考えられるシグナルをとらえることができるかは分かりません。

富士山を作る玄武岩マグマは粘性が低く、さらさらとしていることで知られています。玄武岩マグマの噴火で知られる世界の他の火山では、多くの場合、地震の群発や傾斜の変動が始まってから数日以内、場合によると数10分後には噴火することが知られています。富士山でも確実な噴火の前兆現象をとらえてから噴火するまでの時間的余裕はあまりないと考えるべきです。避難計画を作って、避難訓練を行うのは、このような短い時間でも対応できるようになるために重要なのです。

(2014年3月20日 更新)