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土砂災害

第8回  地域に残る災害伝承と土砂災害の前兆現象

執筆者

池谷 浩
政策研究大学院大学 特任教授
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白い雨が降るとぬける

白い雨が降るとぬける
尾先 谷口 宮の前
雨に風が加わると危ない
長雨後 谷の水が急に
止まったらぬける
蛇ぬけの水は黒い
蛇ぬけの前はきな臭い匂いがする

長野県南木曽町に伊勢小屋沢水害記念碑「悲しめる乙女の像」があります(写真1)。像の足元には「蛇ぬけの碑」と書かれており、その下に俚諺(りげん:民間で言い伝えられてきたことわざ)が書かれています。それが冒頭の白い雨が降ると蛇ぬけ(土石流)が起こるという災害伝承です。この記念碑は1953(昭和28)年7月20日に発生した土石流災害の悲惨な被害を二度と起こさないようにと、被災者の七回忌にあたって建立が発起され、1960(昭和35)年に完成しました(池谷 浩「土石流災害」)。

「白い雨が降る」とは豪雨で周辺が白く見える状態を指し、気象庁が発表している「雨の強さと降り方」でも、1時間の雨量が50mm超すと「水しぶきであたり一面が白っぽくなり視界が悪くなる」と表現しています。そして、このような豪雨になると土石流が発生する危険があります。「尾先 谷口 宮の前」とは、それらの場所には家を作らないようにという意味で、特に尾先(尾根の先端部)や谷口(谷の出口、扇状地の扇頂部)は土砂災害の危険が大きいところです。

「長雨後に谷の水が急に止まる」というのは、上流で崩壊した土砂が天然ダムを形成していることを示唆しています。「蛇ぬけの前はきな臭い匂いがする」は、山が崩れて土中の臭いが上流域から流れてきた可能性を示しています。すなわち、俚諺に書かれていることはまさに土石流の危険を知らせる情報なのです。しかし現在では、各地に残る土砂災害に関する言い伝えや俚諺が地域の住民に伝承されている例はまれになっています。過去の災害に学ぶという意味でも、一度、自分の住んでいるところの古くからの言い伝えを調べてみてはいかがでしょうか。

土砂災害と前兆現象

異常な音の発生
“石と石のぶつかる音、山鳴り、ゴロゴロという雷のような音、地鳴り、ゴーッというジェット機のような音、木の裂ける音、木が揺すられるザワザワした音”
これらは土石流が発生する時、または流下している時の音の可能性があります。
異様な臭いの発生
“物の腐った臭い、土臭い臭い”
これらは山崩れが発生している可能性を示唆しています。
異様な様子の発生
“雨が降っているのに沢の水が止まった、沢の水が急に増水した、近くの崖から小石がパラパラ落ちてきた、地震のような揺れが急に起こった”
これらは山崩れや地滑りが発生している可能性を示しており、崖から小石が落ちるのは崖崩れの可能性を示しています(前述「土石流災害」)。

これらの前兆現象は、目で見えるもの、耳で聞こえるもの、または鼻で嗅ぐことができるものなど、いわゆる人間の五感で異常を知ることができるものです。その意味ではわれわれ人間が自然からのメッセージをきちんと捉えられるように五感を研ぎ澄ましておくことが求められるのです。

国土交通省の「土砂災害警戒避難に関する前兆現象情報検討会」は、災害発生までの時間という視点で前兆現象を分類しています。それによると、土石流に関しては発生の2~3時間前から流水の異常な濁りが生じ、1~2時間前になると流木が流れてきたり、渓流の中で転石の音が聞こえる、発生直前には土臭い臭いや地鳴りがしたり、渓流の水位が急に減少する、などを挙げています。

崖崩れに関しては、2~3時間前では崖の表面を水が流れたり、湧水の量が増えたりし、1~2時間前には小石がパラパラ落ちてきたり、新たな湧水が発生したりします。直前になると湧水が止まったり、逆に強く吹き出したり、斜面に亀裂が出てきたり斜面が膨らんできたりもします。

地滑りについては、井戸水の濁りや湧水量の増加といった現象は切迫性がやや小さく、亀裂や段差の発生・拡大、斜面のはらみ出し、樹木の傾きや根の切れる音などがあると切迫性が大きい現象とされ、地面が震動したり地鳴りがしたら切迫性が極めて大きいといわれています。

これらの内容は過去の土砂災害時に確認された事例を整理したものです。特に災害発生までの時間は前兆現象を発見した時刻にも左右されるので、あくまで目安と考えておいた方がよいでしょう。また、前兆現象が報告されていない土砂災害もたくさんあるので、前兆現象がないから安心というわけではありません。

災害伝承や前兆現象で助かった人命

ここで過去の土砂災害をきちんと伝承していたことにより、人命を守った例を紹介しましょう(砂防技術研究会「土砂災害から命を守るポケットブック」)。

2004(平成16)年9月29日、台風21号により愛媛県下は豪雨に見舞われました。特に新居浜市立川地区では、連続雨量が300mmを超し、土石流が発生、住宅の全半壊や一部破損5棟という被害を受けましたが人命被害はありませんでした。その時の様子を時系列で見てみると、立川地区に市から避難勧告が出されたのは、29日午後3時30分でしたが、当日の午後2時48分には立川地区の自治会役員により避難準備が住民に伝達されていたのです。そして、市の避難勧告発令と同時に避難誘導と搬送を開始、午後4時30分ごろには全員の避難が完了しました。土石流はその2時間後に発生したのです。

この立川地区には約100世帯(約200名)の住民が居住しており、半分以上が高齢者のため、自治会の民生委員が高齢者宅の状況を把握して、避難準備の段階から早期避難に向けた手当てをしていました。その理由は、この地区では過去に何度か土砂災害を経験し、自治会の役員を含め住民が災害の実態を伝承していたことによります。

次に前兆現象と災害伝承により人命が守られた例を紹介しましょう。1997(平成9)年7月7日から降り始めた梅雨前線に伴う豪雨により、12日の未明から島根県出雲市(旧平田市)奥宇賀町布勢上地区を流れる布勢川の上流域では大規模な崩壊が発生し、土石流となって流下、布勢上地区では全壊3棟など大きな被害が発生しました。しかし、自治会長の的確な避難の連絡により、土石流発生前に住民は全員避難して人的被害は無しに終わりました。当日の様子は以下の通りです。

午前5時30分ごろ、自治会長が川を石が流れる音で目覚め、川の様子を見て流れの異常に気付き、周辺の4世帯に避難を呼びかけました。これにより4世帯17名が自主避難をしました。その30分後の午前6時ごろに土石流が発生したのです。自治会長によると、「川を石が音を立てて流れるときは気をつけろ」という防災のための心得が伝承されていたから避難を呼びかけたとのことです。地域住民も自治会長の呼びかけに応じてすぐに避難していることから、地域の人と人の信頼関係が強く、防災意識の高い地区であることが分かります。このように異常時の対応には、平時からの人と人とのつながりが大きな意味を持つことも学んでおきたいものです。

自分の命は自分で守る

2012(平成24)年7月20日、熊本県阿蘇地方は「平成24年7月九州北部豪雨」と名付けられた大雨に見舞われました。20日午前2時から6時までの4時間で384.5mmという豪雨により、阿蘇地方だけでも死者・行方不明者22名という悲惨な土砂災害が発生しました。土石流や崖崩れによる災害は午前5時から6時にかけて多発しましたが、その前の午前4時に阿蘇市は避難勧告を出していました。しかし、災害後の現地調査から次のような実態が浮かび上がったのです。

「午前4時ごろ避難勧告が出されたが、避難しようにも外は暗く大雨で、家の前の道路には水が勢いよく流れている状況で、とても避難はできなかった」。すなわち、避難に関する情報が出ていても、場合によっては事前の避難が難しいことがあるのです。一方の前兆現象に関しても「ゴーという音とともにすぐに土砂が流れてきたため、逃げる暇がなかった」という住民の証言がありました。前兆現象が分かってからの避難が難しい事例もあるのです。

このような状況になった一つには、真夜中の豪雨が挙げられます。加えて、山の斜面や崖のすぐ下に住民の生活の場があることによります。なぜならば、真夜中の豪雨では避難が難しく、また崩壊などが発生する場と生活の場の距離が近いところでは、前兆現象を把握したときには、すでに土砂が生活の場に到達しているからです。もちろん阿蘇災害でも間一髪、2階に避難したりして命を守った人もいますが、お年寄りや体の具合の悪い人にとっては、とっさの行動は無理があります。そのためには「自分の命は自分で守る」という考えを常に持ち、大雨になる前に安全なところに早めに避難することが大切です。一人で避難することが難しい人々に対しては、行政や地域で支援するシステムを平時から準備しておくことが求められます。

自分の住んでいるところが土砂災害の危険のあるところかどうか、過去の災害伝承や土砂災害危険箇所、土砂災害警戒区域などの情報を知っておくことが大切です。災害後に現地を調査すると、助かった人から「何かいつもと違った感じがした」、「雨の降り方がいつもと違った」、「いつもは冠水しない道路が冠水した」など、いつもと異なる状況が発生したので安全な場所に移ったという話をよく聞きます。五感に加え、このように第六感も働かせて命を守りたいものです。

土砂災害から人の命を守るためには、防災対策を誰かに任せておくのではなく、行政・住民みんなで自分のできることをすることが大切です。

(2014年1月31日 更新)