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PM2.5、黄砂、酸性雨

第2回  冬場が本番? 「PM2.5」再来!

執筆者

小島 知子
熊本大学自然科学研究科 准教授
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「PM2.5」とスモッグの関係

「PM2.5」※という言葉が、再びメディアをにぎわせています。中国の複数の都市で高濃度の「PM2.5」が観測されたというニュースが連日のように流れ、日本でも濃度が1立方メートルあたり100マイクログラムを超えた地域がありました。また、中国では濃いスモッグが発生しているという話も聞きます。「PM2.5」とスモッグはどう関係しているのでしょうか?

スモッグ(smog)とは、「smoke(煙)」と「fog(霧)」を組み合わせた英語の造語です。もともと20世紀初頭に、ロンドンの大気汚染を指す言葉として使われ始めました。ロンドンは霧が名物ともいえる都市ですが、ただの霧であれば水蒸気が凝結して小さな水滴となったものにすぎませんから、人間に害を及ぼすことはなく、気温が上がれば蒸発してなくなります。しかし、石炭を燃やした煙が加わることで、煙に含まれていたすすの粒子や、二酸化硫黄(SO2、亜硫酸ガスともいう)が空気中の水滴に溶け込んで出来る硫酸塩粒子がPMとなり、長時間にわたって視界を遮る有害なスモッグとなったのです。

後に自動車が普及するようになると、すすをあまり含まず、霧とは関係しない新しいタイプのスモッグが出現しました。自動車の排気ガスに含まれる気体成分(窒素酸化物:NOx、硫黄酸化物:SOx、揮発性有機化合物:VOC)が太陽光を受けて光化学反応を起こし、光化学オキシダント(主にオゾン:O3)と同時にPMを生じる「光化学スモッグ」です。中高年の世代では、スモッグと聞くと「光化学スモッグ」を思い出す人も少なくないでしょう。1970年代には、日本でもしばしば「光化学スモッグ」が発生し、大きな問題となりました。
 
石炭燃焼によるスモッグも「光化学スモッグ」も、もともと気体であったものが粒子化したPM(二次粒子)を多く含みます。このようなPMは粒子径が小さく、ほとんどが「PM2.5」の範ちゅうに入るため、スモッグが発生している時には「PM2.5」の濃度も高いのです。逆に言えば「多量に生成された「PM2.5」が空気中にあるために、光が散乱されて視界が悪いスモッグの状態になる」ということです。

※PM:Particle Matter(粒子状物質)を意味する。PM2.5は大きさ2.5マイクロメートル以下の浮遊状粒子。

なぜこの時期に問題になるのか?

今回の一連の「PM2.5」/スモッグ報道は、10月下旬に中国北部(黒竜江省)で起こった事例から始まりました。この主な原因は、冬が近づいて気温が下がり、暖房のために石炭燃焼量が増加したことと見られています。中国の都市部では自動車の走行台数が多く、排気ガスに含まれるNOx(窒素酸化物)やVOC(揮発性有機化合物)、それらの光化学反応によるO3(オゾン)や「PM2.5」の濃度が高いことが常々問題となっているのですが、そこに石炭燃焼によるススやSO2(二酸化硫黄)が加わり、極端なPM濃度上昇に至ったと考えられます。
 
光化学反応は日射の強いときに進みますので、「光化学スモッグ」が多く発生するのは初夏から晩夏にかけてです。季節が秋から冬へ移ると光化学反応は弱まっていきますが、今回のケースでは、石炭燃焼によるPM発生の影響がそれ以上に重大だということでしょう。石炭の使用規制やSO2(二酸化硫黄)排出の少ない燃焼施設への切り替えなど、中国国内で対策は進められているものの、問題解決にはまだまだほど遠いようです。
 
暖を取るための燃焼によって大気中の汚染物質が増えるという以外に、寒冷期の気象条件も、この時期でのスモッグの要因となっています。大気は地表面からの放射によって温められますから、通常、気温は地表面から上空に向かって高度とともに低下します。夏の間は地表付近の温度が特に高く、温まって軽くなった空気が上昇して対流が盛んに起こるため、汚染物質も広範囲に拡散して濃度の集中が起こりにくい状態です(図1左)。寒くなってくるとこの空気の動きは弱まり、汚染物質を含んだ空気が地表付近にとどまりやすい傾向へと変わってきます。
 
放射冷却が強い冬の日には、地表付近の冷え込みが著しく、その上にある空気の層よりも気温が低くなる「気温逆転現象」が起こることがあります。この現象は、高気圧に覆われた時や温暖前線が近くにある時、上空に比較的温度の高い空気が流れ込んだ時にも見られます。気温が逆転した状態では、冷たく重い空気は対流することなく、地表付近に停滞します(図1右)。その中で汚染物質が放出されると、それが蓄積して高濃度となり、スモッグ発生という結果をもたらすのです。周りを山に囲まれた盆地などでは、さらに汚染物質が集中しやすい地理的条件が加わります。

過去のスモッグや大気汚染の被害例

20世紀初めから半ばにかけて、ヨーロッパや米国の大きな工業都市で、大規模なスモッグが発生して市民の生活に支障を来すという事件が何回か起こりました。いずれも石炭使用が増える寒い時期で、「気温逆転現象」があった時です。このころから「スモッグのせいで病気になったり悪くすれば死んだりする」ことが認識されるようになりました。そして1952年、大気汚染としては最悪の被害をもたらした「ロンドンスモッグ」が発生します。
 
この年の12月5日から8日にかけて、ロンドン市内に濃いスモッグが立ちこめました。視界は数メートル先までしかなく、交通機関はまひし、屋内にまで侵入したスモッグで見えないためコンサートや映画もキャンセルになったそうです。事件の50年後にあたる2002年に発行された資料※)には、大気中のすす粒子とSO2(二酸化硫黄)の濃度は、通常の数値の5~10倍(それぞれ最大1立方メートルあたり4.5ミリグラムと3.8ミリグラム(注1)にまで上昇したとあります。スモッグ発生から2週間の死亡者数は、それまでの年の同時期に比べて3,500~4,000人多く、これがスモッグによる死亡者数とされました。死因のほとんどは、呼吸器系か循環器系の疾病でした。
 
これは極端な被害の例ですが、この時代、先進国の多くの都市は多かれ少なかれ大気汚染の問題を抱えていました。高度経済成長期に入りつつあった日本も例外ではありません。1960年ごろから四日市市とその近辺で多数の人がぜんそくのような症状を訴え、これは、石油化学コンビナートからの排煙に含まれるSOx(硫黄酸化物)が主な原因であることが分かりました。四大公害病の一つである四日市ぜんそくです。これを受けて1968年に大気汚染防止法が制定されましたが、問題はこれで終わりませんでした。前述のように、1970年代には「光化学スモッグ」が頻繁に発生するようになったのです。目やのどに痛みを感じたり、呼吸が苦しくなったりして入院する人もいました。
 
(図2)は、大気汚染が問題になっていた時代から現在に至るまでの、浮遊粒子状物質(SPM=Suspended Particulate Matter)濃度がどのように変わってきたかを示します。大気汚染防止法による規制の強化や、自動車や工場の排出ガスから有害物質を除去する技術の向上により、SPMの数値は年とともに減少し、計測開始以来、現在が最も低い数値であるのが分かります。「PM2.5」はSPMの一部に当たりますから、SPMに対する「PM2.5」の比が一定だとすれば(実際には大気汚染のひどかった過去の方が高いと推測されますが)、昭和50年前後の「PM2.5」濃度は平成23年度の2倍以上(自排局(注2)の数値では3~8倍)だったことになります。最近出現した新種の有害物質のように思われがちな「PM2.5」ですが、1970年代を生きた人の多くは、現在よりずっと高い濃度の「PM2.5」にさらされた経験を持っているのです。

※参考文献:Greater London Authority: 50 years on; The struggle for air quality in London since the great smog of December 1952, Greater London Authority, London, pp.34, 2002.

(注1):このすす粒子(黒煙:Black smoke)の測定方法は現在「PM2.5」やSPMの測定に用いられるものとは異なりますので、数値を直接比較することはできません。それにしても、PMの量としては信じ難いほど高い値です。また、日本ではSO2(二酸化硫黄)濃度をppm(百万分率)の単位で表しますが、それに換算すると1.35ppmになります(日本の環境基準は1日平均値0.04ppm以下、かつ1時間平均値0.1ppm以下)。

(注2):自動車排出ガス測定局の略。自動車の排気ガスが大きく影響する区域の大気状況を把握するため、交通量の多い道路沿いや交差点などに設置されます。

今でも発生するスモッグ…日本への影響は?

現在の日本ではあまり聞かれなくなりましたが、世界中の多くの都市では「光化学スモッグ」がいまだに根強い問題となっています。今回のケースのように、中国では石炭燃焼が原因となって発生するスモッグもあります。よそから流れてくるスモッグの影響はどうなのでしょうか? スモッグで大勢の人が亡くなった例もあると聞けば、なおさら気になりますね。

スモッグにはPMだけでなく、その素となる、あるいは同時に生成される気体(SO2(二酸化硫黄)やNOx(窒素酸化物)、O3(オゾン)など)が混じり合って含まれています。それらの気体の多くも毒性の強い有毒ガスです。停滞した空気の中で高濃度に蓄積された有害物質の混合物は、やがて発生地から離れて移動しますが、その間周囲に拡散して広がり、濃度は薄まっていきます。ガスの分子はPMよりも身軽ですから、より速やかに拡散します。「PM2.5」はガスほど速くは薄まらず、そのくせPMとしては小さいために、なかなか空気から取り除かれないという厄介な代物です。それでも徐々には減っていきますし、雨が降れば雨粒と一緒になって地面に落ち、空気中から一掃されます。こうして発生地から十分遠く離れた地点では、スモッグの影響はほとんどなくなります。

中国から日本までの距離は、そこまで長くはありません。2013年の1月末、北京市でスモッグが発生した後に日本の各地で「PM2.5」の濃度が上昇して、大騒ぎになったのはご存じのとおりです。しかし他の大気汚染物質の濃度は環境基準を超えるほど上がってはいませんし、「PM2.5」も北京市での濃度の5分の1程度以下にまで減っていました。上に挙げた例にあるようなスモッグの被害は、極端に高い濃度にまで蓄積されたPMと有毒ガス(多くの場合SO2(二酸化硫黄))の両方によるものです。薄まったスモッグの名残で「PM2.5」が普段より多くなったぐらいでは、そう深刻にとらえる必要はないでしょう。ただし、「PM2.5」が体に良くないというのは確かですから、濃度が上がると予測される時には防止対策を取るのが賢明です。

中国から運ばれてくる「PM2.5」ばかりが取り上げられがちですが、日本国内で局地的に「PM2.5」濃度が上昇する場合もあります。「気温逆転現象」が起きている時に多量の煙や排気ガスが継続して出されると、それらが蓄積して「ごく小規模なスモッグ」の状態になるためです。これは気温の逆転や汚染源がなくなればやがて解消します。
 
いずれにしろ、日本で「PM2.5」濃度が1立方メートルあたり100マイクログラムを超えることはめったになく、濃度が上昇する期間も1回につき長くて数日程度です。その間さえ気をつけていれば、怖れることはありません。

(2013年12月27日 更新)