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水災害から身を守る

第2回  できることを知って身を守る -水災害の避難時の危険性-

執筆者

石垣 泰輔
関西大学環境都市工学部 教授
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命に関わる水の力と動き

川や海の中を歩いていて、急に深くなったり、意外に流れが速かったりして、戸惑ったことは多くの人が経験していると思います。これは、水深の急激な変化、深さや流れの速さ(流速)の変化が原因で、体のバランスを崩すような力が働くためです。水による力は、水深で決まる「水圧」と、流速と水深に関係する「流体力」があります。水深が2倍になると「水圧」は4倍になり、流速が2倍になると「流体力」は4倍になります。このことは、水深や流速の少しの変化でも、働く力が大きく変わることを示しています。

では、水深はどのくらいの速さで変化するのでしょうか? 雨水がマンホールや道路の側溝からあふれる「内水災害」では、平均的に1分間に2cm程度の速さで浸水深が増えます。また、川があふれて浸水する場合は、1分間に3cm程度の速さで増えます。ゆっくり増えるように思えますが、20分~30分という短い時間で床上浸水になり、歩くことが困難となる50cmを超えます。海水があふれる高潮や津波の場合は、浸水直後の短時間で同様の状態になります。このように水深が変化するということは、水が流れて来ている状態ですから、その速度によっては歩行がさらに困難になります。

実際に、水深や流速を変化させて歩行する実験(写真1)を行った結果、浸水した状態での歩行の危険性を、水深と速度との関係で示したのが図1のグラフです。グラフの曲線より下の水深と流速の場合は、助けを借りずに歩行する安全避難が可能です。曲線を上回る状況では、助けがないと一人では歩行が困難となります。年齢や性別によっても違いますが、重要なことは、水深が浅くても流れが速ければ危険な状態になることです。人は、流れに逆らって進む時は、流れによる力に対してふんばることができますが、後ろから流れが来る場合には、足をすくわれて転倒し、流される危険性があります。命を守るためには、このような状態になる前に安全な場所に、早期に避難することが肝心です。

以上のように、水深と流速の僅かな差によって体にかかる力は大きく増加し、命に関わる事態を招くことがありますが、その危険性は、場所によっても異なります。一般に、建物内、地下空間(地下室、地下街、地下鉄など)、乗り物の中、キャンプ場、川や海の水辺の順に危険性が増します。以下では、外出中、車で移動中、在宅中に水災害に遭遇した場合の安全避難に必要な事柄について説明します。

外出中に浸水から避難するには?

川遊び、海水浴、キャンプ場などで浸水する可能性がある場所にいる場合、警察や消防の指示に従い、早期に避難することが重要です。1999年8月に神奈川県の玄倉川(くろくらがわ)で起きた水難事故では、川原でキャンプしていた人々が増水した川に流されました。増水前の警察などの退去指示に従わなかったことも事故原因ですが、「川原に草木が生えていない理由」にまで考えが及ばなかったことも要因です。

キャンプの時には草や木が生えていない川原を選びがちですが、草木が生えていないのは「増水時に、そこが流れに洗われるため」なのです。川原でキャンプをする時は、万一の場合を想定しておくことが大切です。
また、増水時には水だけではなく、土石や流木なども流れてくる可能性があるので、水辺から離れることが必要です。近年、林業従事者の減少により山林の手入れが十分にできないことから、洪水時に大量の流木が橋に引っ掛かって流れを阻害し、最悪の場合には橋が流失することもあります(写真2)。都会を流れる川でも、同様の水難事故が発生しています。

2008年7月に兵庫県神戸市の都賀川で、集中豪雨によって増水した川で小学生・保育園児を含む5名が流される水難事故が発生しました。急に雨が降ってきて橋の下で雨宿りをしていた時に、急激な増水が引き起こした事故です。「雨が降れば、早急に水辺から離れろ」という教訓を改めて思い起こさせました。

水辺から離れた低い場所でも、浸水に遭遇する可能性はあります。水は低きに流れるので、地下室、地下駐車場、地下街などの地下空間が浸水した場合の避難について考えておく必要があります。ビルの地下店舗などでドアのある場所にいる場合、浸水した水がドアの前に溜まって、水深に応じた水圧がドアに掛かります。では、どの程度の水深であればドアを開けることができるのでしょうか? 水圧は水深×水深に比例しますが、その大きさを実感することは難しいものです。水圧が掛かったドアを開ける体験装置(写真3)を作成し、10歳から80歳までの800名を超える人に試してもらいました。

体験前、男性は50cm、女性は30cmの水圧であれば、ドアを簡単に開けることができると思った人が多かったのですが、結果は違っていました(図2)。男性では4割以上、女性では2割以上の人が、予想した水深でドアを開けることができませんでした。小学生を含む全員が開けることのできる水深は、わずか10cmです。ちなみに一般的なドア(幅80cm)に掛かる水圧は、水深10cmで4kg、30cmで36kg、50cmでは100kgです。ドアを押せる力は、人によって違いますが、体重の3割~7割程度ですので、どの程度の水深までドアを開けることができるかが計算できます。床面積が1000平方メートル以下の比較的小規模なビル地下階の通路に浸水した場合など、数分で水深が30cmになりますので、避難可能な時間はごく短時間であることを知っておきましょう。

地下街や地下駐車場は、地下室に比べて規模が大きいので、フロアの浸水深よりも、出入口から階段や斜路への流れが避難を困難にします。地上からの浸水が出入口の高さを30cm程度超えて流れ込むと、階段や斜路上での流速は毎秒3m以上となり、流される可能性があります。したがって、水が流れ込んでいる出入口からの避難は避けるべきです。また、地下駅がある場合、より低いフロアに水は流れ落ちますので、駅構内で防災情報を受け取った時点で地上に避難することが重要です。1983年に東京、1999年と2003年に福岡、2000年に名古屋、2001年にソウル、2002年にヨーロッパ、2012年にニューヨークで地下鉄が浸水しています。鉄道の係員からの情報と指示に従い、早期に判断・行動することが、命を守る唯一の方法です。

車で移動中、もしも浸水してしまったら?

車での移動中に浸水に遭遇すると、水深が30cm程度でエンジンが停止し、水深と流速が増加すると流される場合があります。1982年7月の長崎豪雨では、氾濫流によって車が流され、乗車していた人が命を失うという事故が起きました。その後、鉄道や道路の下をくぐるアンダーパス(掘り下げ式の道路)で車が立ち往生するという事故も発生しています。車の模型を用いた実験では、水深が40cm、流速が1.5m以上になると流れ出すことが分かっています。

このような場合、窓ガラスを割って車の外に脱出しなければなりませんが、先のとがった特殊なハンマーが必要です。日本の車にはハンマーは常備されていないので、その代わりに座席のヘッドレストを抜いて、その金属部分をドアとガラスの隙間に差し込むとガラスが割れることが確認されています。ヘッドレストがない場合は、傘などのとがった金属部分でガラスを割ることも可能です。

ガラスを割るものが見つからない場合は、ドアを押し開ける必要があります。実際のセダン車を使った実験(写真4)では、道路面からの水深が60cm程度を超えると成人男性でも開けるのが困難になりました。また、ワゴン車のようなスライド式のドアの方が開けにくくなります。スライド式のドアの場合は、押して引くという二重の動作が必要なためです。車のドアを開けるには、水圧に打ち勝つ力が必要です。水圧の大きさはドアの面積に比例するので、小さなドアの方が同じ水深であれば開けやすく、運転席よりも後部座席のドアから脱出する方が成功しやすいと言えます。このような事態にならないように、エンジンが止まった時点(水深30cm程度)で、車から早く脱出することがリスクを回避する方法です。2004年の台風23号の際、京都府北部の由良川沿いの国道で増水のためバスが立ち往生し、乗客は翌日の朝に救助されましたが、浸水深はバスの天井を超えて、屋根の上に避難していた乗客の腰まで達し、間一髪の状態でした。早期に判断・行動が重要だという教訓です。

自宅で浸水から避難するには?

家屋の構造と周辺状況によって、対応すべき行動が異なります。木造の平屋は、浸水や土砂が流入する可能性があるので、早期の避難が必要です。木造2階建てでは、1階より2階の方が被災を免れる可能性は高いのですが、それは周辺の状況によります。川沿いや裏に崖がある場合には、やはり早期の避難が必要です。水深が2m以上、流速が毎秒2m以上になると、木造家屋が流される危険性があるといわれています。土石や流木を伴う流れでは、より低い水深や流速で被害が発生します。川沿いの家屋は、浸水だけでなく川岸の侵食による被害も発生します(写真5)。

木造以外の建物でも、地下室は危険です。1999年7月に東京都新宿区の個人住宅の地下室で逃げ遅れた人が犠牲になっています。また、玄関ドアの前に水がたまりやすい構造であれば、ドアを開けることができなくなる恐れがあります。集中豪雨時にマンホールなどからあふれ出した水による「内水氾濫」は、川の近くだけではなく、離れていても部分的に低い場所が浸水しますから、事前に道路の側溝からあふれるような場所を知っておくことが必要です。

これまで、「早期の避難が必要である」と述べてきました。その理由は、遅れると前述したような「避難途中に水深と流速が危険な状態となっている場所」を通ることになるからです。2009年8月に兵庫県佐用町で、避難途中の家族が犠牲になる悲惨な水難事故が起きています。この時は、避難命令に従って避難場所に行く途中の増水した川に流されました。避難命令の発令時期が遅れたことも要因ですが、道路上が歩行困難な状況にあったことが直接の要因と考えられます。

水深が浅くても流れが速ければ、歩行困難となり、転倒すれば流されてしまう危険性のあることを知っていれば、命を守ることができたのではないでしょうか? しかしながら、危険性を実感することは非常に難しいことです。一つの目安として、アウトドアの活動で、水深(m)と流速(m/s)を掛け合わせた値が1以上になる場合には、必ずライフジャケットを着用するという鉄則があります。これ以上の状態では命の危険性があるということです。

避難の場合は、高齢者や幼年者もいますので、掛け合わせた値が、0.3以上になると危険な状態であるという目安となります。もちろん、浸水する前に避難するのが安全避難の条件であることはいうまでもありません。現在、関西大学(石垣)と京都大学の都市水研究グループでは、より多くの人に、水の力と動きが命に関わることを知ってもらう体験活動をしています。

(2013年12月27日 更新)