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台風の基礎知識

第2回  台風の移動の仕組みと風雨構造

執筆者

上野 充
電気通信大学講師、横浜国立大学講師 理学博士
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降雨構造の特徴

ここでは台風に伴う雨の分布の特徴について見てみます。(図1)の左側の画像は天気予報などでよく目にする気象衛星ひまわりの雲写真(可視画像)です。台風中心の雲の少ない領域(台風の眼)の周りを雲が隙間なく取り囲んでいる様子が写し出されています。雲が成長することで雨粒が生じるわけですから、この写真を見る限り台風の雲の下では中心以外どこでも強い雨が降っていてもよさそうな気になります。しかし実際はこの雲写真から想像するよりは雨雲はもっとメリハリのある分布をしています。

(図1)の右側の画像をご覧ください。これは地球観測衛星アクアに搭載されたマイクロ波放射計による画像(マイクロ波画像)で、雲写真とほぼ同時刻に捉えられたものです。マイクロ波は気象衛星ひまわりで使われる可視光や赤外線より波長の長い電磁波で、降雨強度など雲の下の情報を得ることができます。マイクロ波画像の暖色系の領域(特に赤色で表示された部分)は、降雨強度が大きい場所に相当します。可視画像では一様にべったりと白い雲に覆われていても、降雨の強い箇所と弱い箇所がはっきり分かれて存在することが分かります。降雨の強い箇所の中で特に目につくのが台風の眼(青色の円形領域)を取り囲む円弧状の降雨域です。これが前回言及した「アイウォール」です。

マイクロ波画像ではこのほか、アイウォールから枝分かれして北西方向に弓なりに伸びる降雨帯や、アイウォールとは別に台風中心の北側から東側を通って枝分かれしながら南東方向に伸びる降雨帯もとらえられています。これらは「スパイラル・レインバンド(らせん状降雨帯)」と呼ばれているものです。アイウォールの外側の降雨域は一般にこのようにらせん状を呈する傾向がありますが、これは台風域内では地上付近の空気が回転風とインフローの組み合わせ(第1回コラムの図3および関連記事参照)により、らせん状に台風中心に近づいて行くことと密接な関係があると考えられています。

雨をもたらすのは雲であり、雲は上昇流によって生成されます。したがって台風域内のどこに上昇流が出来るかで降雨域が決まります。地表面(海面)近くの空気が周囲から一斉に台風の中心部に集まり上昇流となった所がアイウォールです。もし台風中心部に向かう空気の流れが、途中で何らかの障害物(例えば、雨滴の蒸発により生成された冷たく重い空気など)に遭遇すると、それが上昇流に転じることで降雨域が形成される可能性があります。そのようにして生じた降雨帯がスパイラル・レインバンドだと考えられています。

風構造の特徴

次に、台風に伴う風の分布の特徴を見てみましょう。(図2)は2004年の8月に台風17号が石垣島を通過した際に、石垣島で観測された気圧と風速の時系列です。風速については、10分平均風速(青色)と10分間内の最大瞬間風速(赤色)の2通りを示してあります。毎時20km前後の速さで北西進していた台風は、石垣島を暴風域に巻き込みながら次第にスピードを落とし、8月24日未明に石垣島付近を通過しました。通過後はさらにスピードを落として向きを西向きに変え、毎時10数kmの速さで石垣島から遠ざかっていきました。(図2)を見ると台風の中心が接近するにつれ次第に風が強まり、中心が300km以内に近づいたあたりから平均風速で15m/s、瞬間風速で25m/sを超えるようになり、ピーク時には瞬間風速で50m/sに近い風が観測されています。風速がピークに達した後は急速に風が弱まっていますが、これは観測地点が台風の眼の中に入ったためです。眼を抜け出すと風は再び強くなっています。これは「吹き返しの風」と呼ばれるもので、眼に入る前と眼から出た後では風向きが逆になります。

気圧も台風中心の通過に伴って特徴的な変化をしています。前回、台風の中心部には暖気核があり、台風の中心に近づくと急速に気圧が低下するという話をしました。(図2)に示された気圧の時系列はまさにその一例といえます。気圧変化が大きい所では、気圧の高い方から低い方に向かって空気を動かそうとする力が強く、その分風速も大きくなる傾向があります。眼に入る直前や眼から出た直後は気圧変化、風速ともに非常に大きくなっていますが、これはアイウォールに対応しています。アイウォールで風速が最大となるのはそれなりの訳があります。地表面(海面)付近では空気はらせん状に回転しながら外側からアイウォールに近づいてきます。その際、フィギュアスケートの選手が伸ばしていた腕や脚を縮めることでスピンが増すのと同じようなことが起こります。つまり、アイウォールに近づくにつれ空気の回転速度が増し、アイウォールでピークに達するのです。

ここまでは台風の中心からの距離による風速の違いに着目して話を進めてきましたが、台風の風の分布は台風の移動速度の影響も受けることを知っておく必要があります。一般に移動方向の右側では左側に比べて風が強い傾向があります。これは台風の回転風に台風の移動速度が重なるためです。特に、移動速度が速い台風の場合、台風中心から見て強風域が移動方向の右側に大きく広がった状態になりますので注意が必要です。

台風移動の仕組み

台風は平均すると年に26個ほど発生しますが、主な発生域である熱帯の海洋上では偏東風が吹いており、発生後しばらくは西に向かって進む傾向があります。太平洋高気圧の勢力が強く日本の南海上を広く覆っているときは、台風はそのまま西進を続け中国大陸や南シナ海に向かいます。しかし、太平洋高気圧の西への張り出しが弱いときには、高気圧の西のへりを回るようにして北上し、日本付近にやってきます。日本近海に達すると台風は中緯度を吹く偏西風の影響を受けるようになり次第に東寄りに進路を変えて加速します。このようなよく知られた観測事実から台風は少なくとも第一近似としては台風を取り巻く大規模な風(台風自体の風と区別するために「環境風」と呼ぶことにします)に流されて移動すると考えてよさそうです。

しかしここで一つ疑問が生じます。前回も触れましたが、一般に環境風は高度によっても異なっています。台風は一体どの高度の環境風に流されて移動するのでしょうか。観測データから得られた空気の流れ(風)の中に仮想的な浮遊物を置き、それをコンピューター上で時間を追って追跡すれば、浮遊物が風によってどのように流されるかが分かるはずです。(図3)は、台風中心に置いた浮遊物の7日間にわたる軌跡と実際の台風(2004年の台風16号)の移動経路を比較して示したものです。台風の移動経路は対流圏全体の平均的な環境風で流された浮遊物の軌跡と最もよく一致しており、台風が対流圏全体の環境風の影響を受けて移動することを示唆しています。

さて、ここまでの話だけだと、対流圏全体にわたって環境風がゼロだと台風は同じ場所に停止したままになってしまいそうですが、実はそうではありません。現実の大気で環境風を操作することはできませんが、コンピューターを用いた数値シミュレーションなら可能です。とても不思議なことですが、最初に環境風がゼロの状態でも次第に台風を北向きに流す風が生じ、台風は北に向かって移動を開始します。これは「ベータドリフト」と呼ばれている現象です。ベータドリフトはコリオリ係数(第1回コラム「台風が発生するための条件」参照)が緯度によって異なることに起因する現象です。強風域の広がりが大きな台風ほど大きなベータドリフトが生じることが知られており、場合によっては毎時10kmほどにもなります。環境風が弱いときには、ベータドリフトが台風の移動を左右する可能性もあるのです。

環境風の鉛直シアーの風雨構造への影響

(図3)の場合もそうですが、一般に環境風は高度によって異なっています。この環境風の高度による違いのことを「環境風の鉛直シアー」といいます(第1回コラム「台風の温度分布の特徴」参照)。例えば対流圏下層では風速5m/sの南風が吹いていても、対流圏上層では風速10m/sの西風だったりするわけです。したがってもし台風の下部と上部がそれぞれこのような対流圏下層および上層の風に流されたとすれば、台風の上部と下部は1日で1,000km近くも離れてしまいます。でも実際の台風では通常このようなことは起こりません。高度によって異なる環境風の影響を受けながら、台風はどうしてばらばらにならずに鉛直に一体性を保って移動することができるのでしょうか。詳細は省きますが、鉛直方向の一体化には台風の持つ二つの性質が重要な役割を果たしています。一つは台風が空気の渦巻きであるということ、もう一つは台風の中は雲が生成されやすい状況にあるということです。この二つの性質があるために、台風は環境風の鉛直シアーに対して驚くほど強い耐性を発揮します。

ここで話を少し戻します。(図1)のマイクロ波画像をよく見ると、アイウォールの降雨強度は均一ではなく、台風中心の南西側から東側にかけてのように降雨強度が大きい部分もあれば、北西側のように比較的小さい部分もあります。こういった降雨強度の偏りをもたらしているのは、実は環境風の鉛直シアーなのです。鉛直シアーの大きさや向きによって降雨強度の偏りの程度や位置も変化します。鉛直シアーの大きさや向きには緯度帯ごとにある程度特徴があります。その結果、例えば台風が低緯度を西進している時は(図1)の事例のようにアイウォールの降雨強度は台風中心の南側で大きいことが多く、台風が日本付近にやってくると北東側で大きくなる傾向があります。鉛直シアーの影響は降雨分布だけにとどまりません。降雨分布の偏りを介して地上風(海上風)の分布にも影響を及ぼします。一般的に降雨の強い所やその周辺では強い風が出現しやすく、注意が必要です。

(2013年10月1日 更新)