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土砂災害

第7回  都会でも起こる土砂災害

執筆者

池谷 浩
政策研究大学院大学 特任教授
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大都市と土砂災害

「東京23区では土砂災害は発生しませんよね」とよく聞かれます。実は東京23区内にも土砂災害の危険な箇所は約600箇所もあり、大雨などでしばしば斜面が崩れる土砂災害が起こっています。23区内で最も土砂災害の危険箇所が多いところは港区です。特に崖崩れの危険箇所が118箇所も存在しています。

都市部では一般的に土砂による災害はあまり発生しないと思われがちですが、わが国の主要な都市の大部分は土砂災害と背中合わせの生活を余儀なくされています。

例えば、全国の県庁所在地には、約5万4,000箇所も土砂災害危険箇所があります。特に危険箇所の多い3都市は(表1)のようです。中でも土砂災害危険箇所が最も多く存在する広島市では、土石流の危険渓流2,402渓流、地滑り危険箇所4箇所、そして崖崩れの危険箇所が3,634箇所もあるのです。

1999(平成11)年6月29日、梅雨前線の活発化により、広島市およびその周辺地域では連続雨量255mm、時間最大雨量63mmという集中豪雨に見舞われました。そして広島市、呉市などで土石流や崖崩れなどの土砂災害が325件発生し、死者24名、全・半壊家屋138棟という悲惨な土砂災害となったのです。この広島災害を契機として、砂防えん堤などの構造物による土砂災害防止対策の実施とともに、抜本的には土砂災害の危険な場所を指定して公表し、特に危険な区域内での新たな開発を制限する、通称「土砂災害防止法」が制定されました。

都市部では人口の集中に伴い土砂災害の危険のある場所へ開発が進みました。これに警告を発し、危険なところには住まないようにすることが法律として明文化されたのです。

六甲山と神戸市

神戸市は六甲山の麓に開けた都市で、平地部の面積が少ないことから、人口の増加に伴って住宅等の開発が、まさに天に至るように山地へと上がっていきました(図1参照)。その結果、六甲山の斜面での居住地開発は1936(昭和11)年ごろは標高40m程度でしたが、1985(昭和60)年ごろには標高340mにまで至っています。都市への人口集中とそれに伴う開発によって、土砂災害の危険のある区域も拡大したのです。

1938(昭和13)年7月、日雨量約270mmという豪雨により、六甲山は至るところで崩壊が発生し、その数は2,727箇所にも上りました。そして崩壊した土砂により土石流が多発しました。その様子は、谷崎潤一郎の小説「細雪」に記述されています。この災害では死者505名、浸水被害を含めた家屋被害は約13万戸になりました。そのため、災害対策として六甲山系の土砂災害防止対策が急務となり、同年から国の直轄砂防事業が開始されました。

約30年を経た1967(昭和42)年7月、六甲山周辺では再び日雨量333mmという豪雨に見舞われました。昭和13年の災害を上回る豪雨により2,549箇所で崩壊が発生しましたが、砂防事業の効果で流出した土砂量は昭和13年の災害の約1/2にとどまり、死者92名、被害家屋3万8,000戸、被害額は1/12という値になりました(池谷浩「砂防入門」)。

現在、六甲山では土砂災害の防止や都市のスプロール化(無秩序に宅地が拡大する現象)の防止、良好な都市環境・風致景観と生態系および種の多様性の保全・育成、健全なレクリエーションの場を提供するといった目的で、新たな森づくりが国や県の手によって実施されています。“六甲山系グリーンベルト整備事業”と呼ばれるこの取り組みは市民や企業の参加を得て、行政・住民協働で森づくりを行おうとするもので、土砂災害対策としてもその成果が期待されているところです。

横浜市と多様な土砂災害

今年は関東大震災から90年に当たることから、改めてその被害の内容に注目が集まっています。1923(大正12)年9月1日に発生した大地震では、家屋の倒壊や火災などにより東京府、神奈川県、千葉県を中心に関東・甲信地方で死者約10万5,000人、全壊家屋約11万棟という悲惨な被害が生じました。

この地震により横浜でも崩壊や崖崩れによる土砂災害が27箇所で発生し、79戸以上の家屋の倒壊と70名を超す死者が出ています。特に横浜市磯子町字新地(旧町名)では、高さ120mの崖が幅約200mにわたって崩れ落ち、偕楽園の建物7棟が完全に土砂に埋没し、4棟が半壊埋没、21名が圧死するという悲劇が起こったのです(中央防災会議、1923関東大震災報告書、第1編)。

横浜市内では火山災害による被害もありました。横浜市で火山災害というと意外と思う方が多いかも知れませんが、1707(宝永4)年の富士山噴火に伴い横浜市周辺では約10cmにも及ぶ火山灰が降り注ぎました。そして、その後の降雨で火山灰が流れ出し、現在の保土ヶ谷区などを流れる帷子川(かたびらがわ)や中区、南区などを流れる大岡川で土砂災害が発生したという記録が残っています(中央防災会議、1707富士山宝永噴火報告書)。今でいう土石流災害と考えてよいでしょう(図2参照)。

火山災害は火山の周辺だけで起こるのではなく、噴火の規模によっては広域にわたって被害が発生します。横浜市では2009(平成21)年2月にも浅間山の噴火に伴う火山灰がうっすらと観測されました。この時の火山噴火は小規模でしたが、風向きによってはこのような火山灰の降下が生じるのです。火山から遠く離れた都市でも火山災害に備えた事前の対策が大切であることを示唆しています。このような状況のもと、横浜市は富士山噴火時の降灰に備え、市の防災計画に火山災害対策を盛り込むことを決め、市民からの意見を聞いた後、運用を始めることとしています。

神奈川県の調査による横浜市内の土砂災害危険箇所は、土石流危険渓流3渓流、崖崩れ危険箇所1,445箇所の計1,448箇所となっています。特に急傾斜地を多く抱える横浜市では豪雨による崖崩れが発生し、被害が生じています。

そこで、豪雨による土砂災害を調べてみると、2003(平成15)年~2012(平成24)年までの10年間に崖崩れ災害が220件発生し、その被害は家屋の半壊または一部破損が34戸(神奈川県資料)という状況になっています。このように横浜市内で豪雨により年平均22件もの土砂災害が発生していることはあまり知られていません。

都市での土砂災害を防ぐために

わが国の都市の特徴の一つに、河川の下流域に主要都市が発達している例が多いことが挙げられます。河川の下流に位置しているということは、その流域内で発生する現象の影響を受けやすいということにもつながります。

例えば1858(安政5)年の飛越地震により、富山県を流れる常願寺川の水源部の鳶山(とんびやま)で大規模な崩壊が起こりました。その規模は1億3,000万立方メートルともいわれています。この崩壊土砂により常願寺川の上流域には天然ダムが形成され、地震から14日後と59日後にその天然ダムが決壊して大規模な土石流が発生したのです。土石流は常願寺川を流れ下り、下流の富山市を含む富山平野で氾濫し、死者140人、家屋被害1,610戸余という大きな被害を生じさせました(中央防災会議、1858飛越地震報告書)。

流域という一つの運命共同体では、このように上流で発生した土砂の移動現象により下流域の都市で被害を受けることがあります。また豪雨により土砂が下流に運搬されて河川の河床に堆積し、洪水氾濫を引き起こす災害もしばしば起こっています。下流に位置する都市では流域内での事象に留意する必要があるのです。

土砂災害は時として流域を超えて発生することがあります。大規模な崩壊は流域境の尾根を乗り越えて別の流域に流れ下ることが、1984(昭和59年)9月長野県西部地震による御嶽山(おんたけさん)の大規模崩壊で示されています。また最近では、桜島の噴火により対岸の鹿児島市で火山灰の降下が観測されています。火山灰が多量に降下すると、全く別の流域でも土砂災害の危険が生じるのです。

豪雨、地震、火山噴火など多様な原因により発生する土砂災害、特に都市部では人口が多くインフラやライフラインなど重要な施設が集中しているため、災害が起こると被害は大きくなります。一方で、都市部では人口の集中などによる新たな開発や住民同士の連携の弱さなど防災上の弱点もあることから、行政、住民のみんなで平時から土砂災害に備えておく必要があります。そのためには、土砂災害の危険な場所を知ること、原因となる豪雨などで出される土砂災害警戒情報、緊急地震情報そして火山噴火警戒レベルなどの防災情報に注意を傾け、いざという時には早めの避難をすることが大切です。

土砂災害は山地部だけで起こるのではありません。多くの人々が住んでいる大都市でも起こりうることに留意していただきたいと思います。

(2013年10月31日 更新)