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水災害の基礎知識

第1回  大雨が洪水になるまでの通り道

執筆者

立川 康人
京都大学大学院工学研究科社会基盤工学専攻 准教授
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雨水が河川に到達するまでに通る道

雨が降ると、雨水はさまざまな経路を通って河川に流れ出ます。大雨が降ればたくさんの雨水が河川に集まり、流すことができる水量を超える雨水が河川に集まると、河川があふれて洪水氾濫を引き起こします。雨が降れば雨水は河川に流出しますが、どれくらいの雨水がどのタイミングで河川に集まるかは、雨水の通り道である流域の地形、地質、土地利用に大きく影響されます。

例えば流域の都市化が進んで、従来、山地や農地であったところが市街地化されてアスファルトで覆われ、下水道が整備されるようになると、雨水はアスファルト表面や下水道を通って、より早く河川に流出するようになります。そのため、河川を流れる水の量(河川流量)は、市街化が進む前よりも急激に変化するようになります。

(図1)は山地流域で雨水が河川へと流れる様子を模式的に示したものです。山地に降った雨水は、その一部が樹木によって遮られ、残りが地表面に達します。地表面に達した雨水は、大部分が表土層に浸透し、斜面表層に沿うゆっくりとした流れや地下水流となって、いずれ河川に流出します。そのため、弱い雨では河川流量はあまり変化しません。一方、豪雨時には斜面表層に沿った流れが大きくなり、表層付近の大きな隙間を高速で流れるパイプ流が現れます。

また、斜面下部では斜面表層が飽和して地表面を雨水が流れるようになり、河川流量は大きく変化します。つまり、弱い雨と強い雨では雨水の通り道が異なり、強い雨ほど、より早く大量の雨水が河川に流出することになります。こうした表土壌を持つ地表面が市街地に変化すると、雨水の大半は表土層に浸透せず、アスファルト表面や下水道を通って河川に流出します。そのため、弱い雨でも雨水が河川に流出し、豪雨時にはより大量の雨水が短時間に河川に流出するようになります。

河川流量を推定するコンピューター・シミュレーションモデル

河川に設置される治水施設を設計したり、リアルタイムで河川流量や水位(ある地点を基準として測った河川の水かさ)を予測したりするためには、降雨量から河川の流量や水位を求める必要があります。そこで、地上に達した雨水が河川に流出するまでの経路情報を反映させた、コンピューター・シミュレーションモデルが威力を発揮します。このコンピューター・シミュレーションモデルを「流出モデル」といいます。

雨水の流れは地形、地質、土地利用に大きく依存します。コンピューターで地形を表現するためには、地表面を一定間隔の格子で覆って、その格子点上の標高データで地形を表す方法がよく用いられます。わが国では50m間隔の格子で全国を覆った標高データがあります。都市域では5m間隔のデータが整備されています。世界中の陸域も約90m間隔の標高データが公開されています。これらの標高データを用い、ある格子点に着目してそれに隣接する周り8点の格子点の中で、最も勾配が急に下る方向に雨水が流下すると仮定すると、流れ方向マップを作成することができます。(図2)はこのように作成した流れ方向マップの模式図です。

標高データから流れ方向を定めたら、この流れ方向に沿って斜面が多数、接続すると考えます。次に、地質や土地利用に応じて、斜面での雨水の浸透のしやすさや流れの速さを設定してシミュレーションモデルを構築します。降雨レーダなどによって測定された時間・空間的に変化する降雨情報を、このシミュレーションモデルに与えれば、流域の地形や地質、土地利用に応じて、雨水が流域を流れる状況を推定することができます。

神戸市都賀川での集中豪雨による急激な出水の再現

阪神地区では昭和13年の阪神大水害や昭和42年の大水害などをはじめとして、しばしば集中豪雨による被害が発生し、河川改修が進められてきました。その中で、平成7年に起こった阪神・淡路大震災では、神戸市灘区を流れる都賀川の河川水が消火用水や生活用水の水源となり、都市河川の多様な機能が再認識されました。そのため治水機能を向上させるだけでなく、水に親しむ空間や地震時の水利用、避難経路としての機能が考慮され、河川がより身近な生活空間となるように河川改修が進められました(写真1)。こうして構築された河川空間で、2008年7月28日の集中豪雨によって水位が急上昇し(写真2)、河道内にいた人々が流されて、5名の人命が失われました。この急激な水位上昇がどのようにもたらされたかを再現した例を以下に示します。

都賀川流域およびその周辺で最も降雨量の大きかった鶴甲観測所での観測データによれば、最大10分雨量は24mm、最大60分雨量は44mmでした。(表1)は、これらの値を長期間の雨量データが測定されている近隣の神戸気象台の観測データと比べたものです。10分雨量は神戸気象台のデータで第4位に相当し、極めて大きな強さであったことが分かります。ただし、1時間雨量では10位に遠く及びません。確率・統計的な手法で計算すると、このときの最大1時間雨量は、平均的に5年から10年に1回発生する程度の強さでした。今回の豪雨は、10分という短時間の雨量が極めて大きかったことが分かります。

(図3)は、50m格子の標高データを用いて作成した都賀川流域(8.57km2)の流れ方向マップです。紺色の太線は河川を表し、河川の接続状況に応じて部分流域を九つ設定しました。このうち、部分流域1、2、3、4は住宅域であり、流域の3割弱を占め下水道網が整備されています。残りの部分流域は山地域です。(図2)のように、流域は流れ方向マップに沿う長方形の斜面が相互につながって河川に接続すると考えます。流れ方向に従って、すべての斜面の雨水の流れを上流から順に計算し、次に、河道での流れを計算して河川流量を求めます。住宅域はアスファルトで覆われ下水道網が整備されていますので、雨水は表土層に浸透しないと考えます。また、山地は表土層に覆われていますので、ある厚さの土層が斜面表層に存在すると考えて、流れのシミュレーションモデルを構成します。詳しくは参考文献をご覧ください。

(図4)は、急激な出水を引き起こした2008年7月28日の豪雨を2分30秒ごとに示した流域平均雨量です。この雨量強度は、神戸市の降雨レーダによる測定値を、地上雨量で補正して得た値です。降雨強度の最大値は100mm/時を超えています。図5はこのレーダ雨量データを与えて計算した河川流量です。甲橋上流の水位観測地点(図3の部分流域2の下端)での河川流量の計算値を赤色で示しています。このときの河川流量は、別の解析により30から50立方メートル/秒程度と推定されており、計算結果は妥当な値と考えられます。(図5)は各部分流域からの流出量を推定した結果も併せて示しています。住宅域である部分流域4からの流出が支配的であり、山地域からの流出はほとんどないという結果でした。都賀川流域では河川流や土石流をモニターするために、国土交通省六甲砂防事務所による監視ビデオカメラが山地域の3か所に設置されています。このビデオ画像によると、上流の山地からの流出は小さく、シミュレーション結果はこの測定結果と適合しています。今回の豪雨では、急激な水位上昇をもたらした流出は、住宅域からの流出が主な要因であると推定されます。

集中豪雨の事故防止のための予測技術の向上

観測データの分析と流出シミュレーションの結果、流域の約7割以上を占める六甲山地からの流出はほとんどなく、急激な水位上昇をもたらしたのは、アスファルト表面や下水道を通って短時間に集中して河川に流出した住宅地からの雨水流出であると推定されました。こうした分析は、降雨や雨水の流れを観測するさまざまな測定データと地形、地質、土地利用に応じて雨水の流れを解析する、シミュレーションモデルの両方があって、初めて可能となります。

都賀川で事故を引き起こした集中豪雨は、総雨量では46mmでした。これと同じ量の雨が山地で降ったとしても、河川流量はあまり変化しません。しかし、市街地で狭い地域に短時間に集中して降ると、急激な出水を引き起こします。また、より大量の雨が集中して降ると、山地域でも土砂災害を引き起こす可能性があります。集中豪雨をピンポイントで予測し河川の水位や流量を予測する技術を向上させることが、水災害の軽減や防止に必要なのです。

参考文献
(1) 立川康人, 江崎俊介, 椎葉充晴, 市川 温: 2008年7月都賀川増水における局地的大雨の頻度解析・流出解析と事故防止に向けた技術的課題について, 京都大学防災研究所年報, 第52号B, pp. 1-8, 2009.

(2) 椎葉充晴, 立川康人, 市川 温 : 水文学・水工計画学, 京都大学学術出版会, 2013.

(2013年9月11日 更新)