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黄砂・PM2.5と人間の体

第1回  PM2.5、黄砂はなぜ体に悪いのか

執筆者

岸川 禮子
国立病院機構福岡病院アレルギー科 医長
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ヒトの呼吸に入りやすいPM2.5

2013年1月、中国・北京で、車の排気ガスや工場から排出されたPM2.5(大きさ2.5マイクロメートルの浮遊状粒子)の濃度が、一時、大気中1立方メートル当たり500マイクログラム以上と非常に高くなる現象が起こり、ヒトへの健康被害が大きなニュースとなりました。その影響が、風下にあり大陸に近い九州北部や中国・北陸地方・北海道の日本海側のみでなく、日本全体に及ぶことが予測されました。黄砂を含めた越境性PM2.5によって健康を害する恐れがあると心配されるとともに、人々は不安感を募らせました。急速にその対応策が講じられ、各自治体では中国から越境飛来してくるPM2.5の情報提供や、日常生活での行動指針等を発表するようになりました。

私は、大陸に近くPM2.5・黄砂の影響を受けやすい地域とされる、福岡市に在住、勤務している臨床医師です。当院のみならず基礎医学・生物・理工学分野の先生方と共同で、実際にヒトはどのように感じているのか、アレルギーを持っている人や呼吸器に問題がある人は、どのような変化があるのか、などについて研究や報告をしています。私たちも2008年ごろから調査をしており、それらの調査結果を交えて、2回にわたり「PM2.5と黄砂とヒトの健康に関する話題」を提供したいと思います。

PM2.5とは、大きさが2.5マイクロメートルほどのParticle Matter(粒子状物質)を意味しています。大気汚染物質の一つとして認識されている専門用語で、医療従事者でも普通に使用する用語ではありません。2.5マイクロメートルが一体どれくらいの大きさか分かりにくいですが、ヒトの髪の毛の断面積は、およそ70マイクロメートルといわれています(図1)。スギ樹木の開花で、山から煙のように風で運ばれるスギ花粉は空中では小さくて見えず、顕微鏡ではじめて見分けることができますが、このスギ花粉でさえ、約30マイクロメートルの大きさです。PM2.5は、スギ花粉の容積の1000分の1以下の大きさになります。電子顕微鏡で見分けることができる大きさで、非常に軽く、いつまでも空中に浮遊するか、他の浮遊する粒子物質に付着することもあります。(図2)に示すように、ヒトの呼吸器、すなわち鼻腔あるいは口から息を吸うときに容易に肺まで到達することが可能な大きさのため、PM2.5の濃度が高くなると、呼吸器症状が起こることがあります。また、皮膚にも付きやすく、眼の中にも入る可能性がある、いわば煙の粒子です。

このような専門用語が急に一般の人々の間で使用されるようになったのは、先に示した北京の、気象条件により排気ガスが都市の上空に停滞して多くの人に害をもたらしたことがきっかけです。健康に悪影響があるため、大気汚染物質で重要視されるのは、二酸化硫黄などの硫酸イオン、光化学オキシダントなどの硝酸イオン、ディーゼル自動車(主に大型トラック)などが排出する炭素粒子を主とする有害な排気ガスなどの成分です。その大きさが2.5マイクロメートル程度の粒子が主要な部分を占めていることから、大気汚染物質の中でも、特にPM2.5として指摘されています。

健康に影響を与えるPM2.5の数値

日本の歴史を振り返ってみると、現在の中国と同じように大気汚染が問題になった時代がありました。高度経済成長期の1960年代から、日本の代表的な工場地帯で大気汚染物質、まさにPM2.5による公害ぜんそくに苦しめられる人々が増加し、気管支ぜんそく患者が多発しました。その後、1970年から公害ぜんそくとして認定されました。国内の狭い地域で、大量のPM2.5にさらされていた状況が、多くの人々の努力と国の政策により、環境の整備や患者の救出が行われ、2013年9月現在では、ほとんど問題にならない程度にまで克服されています。日本の経済を支えてきた大工場地帯は生産を減らすことなく、排気ガスや廃棄物処理に設備投資を行う一方で、被害を受けた人々への治療・予防に尽力するなど国を挙げて対応した結果といえます。

このようにわが国はきれいな空気を取り戻したのですが、これらの大気汚染物質が、経済発展の最中である中国の工場地帯から偏西風にのって風下の日本の一部に運ばれてくることが、大きな問題になっています。2013年9月現在、福岡ではPM2.5予報が行われ、濃度の基準が設定されて、多い、やや多い、少ないなどの情報活動が、マスコミを通して行われています。その濃度が高いとき、私たちは注意しなければならないことがあります。今用いられている濃度の基準は、米国の研究結果によるもので、健康なヒトで影響を受けるのは、1立方メートルあたり70マイクログラムといわれています。この濃度になると、健康なヒトでも何らかの症状が起こってくると考えられています。

しかし、呼吸器や循環器に慢性の病気を持っている大人や、病気を持たなくても小さな子供などの弱い立場のヒトにとっては、35マイクログラム以上になると何らかの症状が出てくるという報告があり、わが国でも2009年からこの基準が取り入れられました。(表1)のような35、70という基準数値はそこから来ています。県別に設定されている現状では、おのおの基準数値が異なっていますが、大幅に違っていることはないようです。国内のこの基準数値と比べると、北京の500マイクログラム以上の濃度は、わが国では到底ありえない濃度だということが分かるでしょう。想像しただけでのどがいがらっぽくなり、せきが出てきそうです。

昔からあった黄砂に、現代は微生物が付着

PM2.5は人為的なものの代表ですが、一方、黄砂は辞書にも載っているほど日本では昔からなじみのある言葉です。「1:中国大陸北西部で黄色の砂塵(さじん=すなぼこり)が天空を覆い、下降する現象。3~5月ごろに多い。日本にまで及ぶこともある。2:黄土(おうど)に同じ。3:砂漠(出典:広辞苑)」と解説されています。黄砂は、中国内陸部やモンゴルを発生源とする現象で、古代から自然現象としてありました。近年その発生地が拡大傾向にあり、発生源から風下側に位置する韓国や日本でも、黄砂現象の発現日数が年々増加傾向を示しています。黄砂はシリカが主成分といわれていますが、その他多くの種類の元素も含まれていて、アルミニウムや鉄の成分などもあるそうです。いわゆる小さな砂粒が大陸から自然現象で偏西風によって運ばれてきているのです。

その黄砂に細菌(バイキン)や真菌(カビ)などの微生物の一部が付着したり、PM2.5が付着して汚染された黄砂が運ばれてきて、アレルギー疾患や呼吸器疾患をもたらすなどの健康への悪影響が危惧されています。黄砂とPM2.5は一見別の物のようですが、黄砂にもPM2.5のような小さな粒子が含まれています。日本に運ばれて来る黄砂は、2~6マイクロメートルの大きさで、約4マイクロメートルのところにピークがあります。2.5マイクロメートルの大きさの黄砂も、中国大陸からの大気汚染物質PM2.5も一緒に運ばれてきて、ヒトの呼吸器に容易に吸入されて影響を及ぼす可能性が強いため、問題になっています。実際には黄砂に混じって大気汚染物質がやってきたり、どちらか一方が別々にやってきたりします。

アジア各国で報告されている黄砂の影響

黄砂については、アジア地域でヒトに与える影響について報告が出ているので、簡単に紹介します。通常黄砂は例年のことであり、地元では黄砂が降る季節はそれなりの準備をして外出をしているようです。雨や雪を避けるのと同様に考えると分かりやすいでしょう。しかし、ヒトの体に悪影響を及ぼしている報告があります。

中国では2005年春、小学生845人と成人1,635人にアンケート調査を行ったところ、SPM(空中を浮遊する大きさ10マイクロメートル以下の粒子状物質で、黄砂を代表としています)濃度と、鼻、のどなどの上気道症状に関係があるのではないかという結果が出ています。台湾では、1996年から2001年の6年間に、54回の黄砂現象において黄砂日前後の7日間を調査したところ、毎日の慢性心不全患者の入院と関係があり、黄砂現象にさらに注意が必要と呼びかけています。また、慢性閉塞性肺疾患(主に肺気腫、慢性気管支炎)が急に悪化して入院するヒトも黄砂現象の3日後に明らかに増加していて、肺炎の入院患者が黄砂日の1日後に増加したことも報告されています。韓国では、気管支ぜんそくをもつ小児や成人のピークフロー値(簡単な呼吸機能を測定する装置を用いた測定値)が低下したという報告があります。

一方で、ソウル市の小学生を対象に黄砂日の入った期間中に測定したところ、黄砂の影響を受けて呼吸機能が低下するなどの明らかな結果が得られなかったという報告もあります。このように一部否定的な報告もありますが、総体的に見て黄砂現象はヒトの健康や疾患の悪化に影響を及ぼすことは確かです。次回は、国内ではどのような調査が行われ、結果が出ているのかをご紹介します。

参考文献
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(2013年9月11日 更新)