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地震の揺れと長周期地震動

第5回  揺れの予測の落とし穴

執筆者

纐纈 一起
東京大学地震研究所教授 理学博士
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揺れの予測

日本は地震国ですから、多くの自治体で地震防災計画を立てています。防災計画を立てるためにまず行われるのは、将来の地震による揺れや津波を予測すること、次にその予測に基づいて災害(被害)を想定することです。

なぜなら将来の災害を防ぐ、つまり防災を行うためには、それがどんな災害か予測しなければ、「計画の立てようがない」からです。したがって、地震防災計画の大本には、揺れの予測や津波の予測があるわけです。ここでは話を揺れに限りますが、正しい防災計画を立てるためには、正しい揺れの予測が行われなければなりません。さらには、揺れは地震が生み出すものですから、地震とその震源モデルが正しく予測されなければなりません。

例えば、2012年4月に東京都防災会議は「首都直下地震等による東京の被害想定」を公表しました。そこでは最初に、将来に発生する地震として東京湾北部地震、多摩直下地震、元禄型関東地震、立川断層帯地震の四つを選定しています。次にそれぞれの震源モデルを作りましたが、立川断層帯地震だけは、二つの震源モデルが作られたので、合計で五つの震源モデルを用いて揺れの予測が行われました。(図1)はこれらの予測の結果を示しています。

シナリオ地震動予測

東京都防災会議が行った揺れの予測の方法は「シナリオ地震動予測」と呼ばれています。「シナリオ(脚本)」という言葉を使うことは、恐らく経営学などの手法の一つである「シナリオプランニング」に由来していると思いますが、東京都に災害を及ぼすと思われる地震とその震源モデルが多数ある中で、比較的少数の地震と震源モデルをシナリオとして選び出し、それらのシナリオに沿って揺れ(地震動)の予測を行うことを意味しています。

震源付近の岩盤の中には断層または断層帯と呼ばれる弱い面があって、両側の岩盤がその面に沿って急激にずれ動く(あるいは「すべる」ともいう)ときに地震が起こると考えられています。

4番目と5番目のシナリオでは、立川断層帯に沿って断層すべりが起こるわけですが、広い断層面の全体が一挙にすべるわけではなく、「破壊開始点」と呼ばれる一点から始まって秒速2から3km程度の速さで広がっていくということが、過去の地震の解析から分かっています。4番目のシナリオでは、この「破壊開始点」が断層面上の南側に置かれているのに対して、5番目のシナリオでは北側に置かれました。

「破壊開始点」をどこに置かなければいけない、というような科学の法則があるわけではなく、揺れの予測を行う人が、脚本家が頭の中で芝居の筋書きを考えるのと同じように、主観的に決めるので、「シナリオ」という言葉が使われるのでしょう。しかし、(図1)右側の二つの予測結果を比べれば、こうして主観的に決めたシナリオの違いが、結果に大きく影響していることが分かります。

シナリオ予測の落とし穴

「破壊開始点」の位置だけではありません、四つの地震の選択も強い科学的な根拠があるわけではないですし、元禄型関東地震を除いて、過去の前例があるわけでもありません。東京に災害をもたらすであろう将来の地震に関しては、非常に多数の可能性があります。

国の中央防災会議(2005)は、首都直下地震対策専門調査会報告で、18例ものシナリオを提示していますが、これでもすべてを網羅したとは言い難いのです。ましてや、東京都防災会議(2012)の5例では著しく不足していると言わざるをえません。ところが、(図1)が新聞やテレビで報道されると、多くの読者や視聴者が、将来この5例の地震しか起きないのだと思ってしまいました。これがシナリオ予測の落とし穴です。

(図1)で練馬区(埼玉側都県境のツノ状部分の東に広がる広い区)は大部分が黄色または緑色ですから、5例しか起きないとすれば最大でも震度6弱の揺れに備えておけば十分ということになってしまいます。ところが、中央防災会議(2005)では採用され東京都防災会議(2012)では採用されなかった都心東部直下地震と都心西部直下地震の揺れの予測(図2)を見ると、練馬区はかなりの部分が震度6強のオレンジ色で覆われています。

したがって、もし将来に都心東部直下地震や都心西部直下地震が発生したら(その可能性を科学的に否定することはできません)、東京都防災会議(2012)の結果(図1)は練馬区民にとって「危険な安全情報」だったということになってしまいます。また、図1に基づいて練馬区が地震防災計画を立てていたとしたら、都心東部直下地震や都心西部直下地震が発生したときには役に立たないものになるでしょう。

こうしたシナリオ予測の落とし穴に陥らないためには、次のように考えてください。「マグニチュード7程度の地震は日本中どこでもいつかは起こり、震度6強や震度7の揺れに日本中どこでもいつかは見舞われます」。これらに備えることが地震対策の基本です。

(参考文献)
東京都防災会議 (2012),「首都直下地震等による東京の被害想定報告書」,
http://www.bousai.metro.tokyo.jp/japanese/tmg/assumption.html
※NHKサイトを離れます
中央防災会議 (2005), 「首都直下地震対策専門調査会報告」, 92ページ.

(2013年5月8日 更新)