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高波・高潮

第5回  沿岸の水害とその備え

執筆者

佐藤 慎司
東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻教授
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堤防の設計に用いる高波

海岸の堤防に打ち上げる波は、その周期が長い波ほど高くなります。したがって海岸堤防の高さは、不規則な波の特性を考慮し、最も危険な条件を踏まえた設定・設計が必要です。海岸の潮位は、満潮と干潮、大潮と小潮で変動しますので、海水が沿岸の陸地へ侵入してくる現象に対しては、大潮の満潮時が最も厳しい条件となります。そのため堤防の設計では、まず大潮の満潮時を想定し、この条件で高潮や高波が来襲することを想定します。地域によっては、津波も考慮する必要があります。

高潮による水位上昇は、これまでの高潮発生時、実際に記録された潮位から天文潮位を差し引き、これが最大となる条件を設定します。高波の条件は、周辺の波浪観測地点で記録された波の高さや周期を用います。第1回のコラムで説明した通り、波の高さや周期は不規則ですので、堤防設計には有義波高や有義波周期を用います。近くに波浪観測地点が無い場合には、やや離れた地点で観測された波高を基に、海底地形による波の変形を考慮した計算や、風の場からの計算(波浪推算)によって設定します。波浪の観測データが長い期間にわたって蓄積されている地域では、統計的な分析で設計波浪の諸元を決めることができます。堤防や防波堤の設計波は、これらの施設の耐用年数などを考慮して、30年に一度程度の頻度で発生する高波を対象に決められることが多いようです。

堤防の高さは有義波高を用いて決定されるため、必ずしも最大の波の高さに対して設計されるものではありません。個々の波の高さを見ると、8波に1波程度は有義波高を越える波が必ず来襲します。このような高波が海岸堤防に打ち上げる際には、打ち上げ高が堤防の高さより高くなり、堤防を波が越えることになります(図1)。

海の波は不規則で変動が大きいので、設計波を極端に高く設定して全ての波が堤防を越えないよう設計すると巨大な堤防が必要になります。それよりは、堤防の高さを有義波に対応する高さに設定しておいて、これを超える波に対しては別途対策を検討する方が合理的な設計ができます。海岸堤防はこのような考え方で設計されており、設計条件を超える波がある確率で存在することを想定して、堤防を越える波があっても堤防が壊れないように、堤防の陸側斜面までコンクリート被覆する頑丈な構造となっています。高波が堤防を乗り越えても、堤防が破壊されないように、波に対する粘り強さを備えているといえます。これに対し、河川の堤防では、波の作用を考慮する必要がないので、コンクリートで被覆しない土堤のままの構造が標準になります。一方、洪水の継続時間は高波の作用時間より長いので、長い時間の洪水に対して堤防内に水が浸透して破壊されることがないように、堤防の幅が広く、水を浸透させにくい土で築造します。

世界的に頻発する、近年の浸水災害

近年、国内外ともに巨大な沿岸災害が頻発しています。国内では、2011年東北地方太平洋沖津波はもちろん、2004年台風23号による高知県菜生(なばえ)での堤防破壊、2008年日本海高波による佐渡島・富山湾の海岸災害、2007年台風9号による神奈川県西湘海岸で西湘バイパスの崩落を引き起こした高波災害など、非常に大きな浸水災害が発生しました。海外では、2004年のスマトラ津波、2005年米国のハリケーン・カトリーナによる高潮、2007年バングラデシュ、2008年ミャンマーのサイクロンによる高潮などが挙げられます。

これらいくつかの水害は、堤防が破壊され、壊滅的な被害をもたらしました。(写真1) 水害の挙動は、場所によって大きく異なる上、水位計などの計測器は限られた地点にしか配置されていないため、水害対策を検討する際のベースとなる科学的な記録を取得するためには、水害直後の現地調査が重要となります。

水害対策を推進する、国際共同調査

水害被災直後の現場では、物流・交通網が途絶えた不便な状況下、迅速な救援・復旧活動が進められます。水害の痕跡は急速に消失しますので、その調査は、被害を受けた地域を効率的にカバーするよう速やかに実施する必要があります。そのため、複数の調査チームを組織し、共通の調査手法と統一フォーマットでのデータ蓄積をベースに、情報を共有した調査が有効となります。

また、大規模な水害では、被害を受けた国の研究者などは、被害調査以外にも対応すべき事案が多く発生するため、調査に通じた研究者が協力し、国際的なネットワークのもと共同調査を実施することが有効となります。2004年インド洋津波などでも、国際的な情報共有が津波のふかん的な特性把握に極めて有効に機能しました。(写真2)

2011年東北津波では、津波発生の翌日に複数の学会が合同で情報を共有する場が設けられ、国際的な情報共有のもと、効率的な調査が実施されました。震災直後の混乱した状況下、余震や原発事故の情報に注意しつつ、被災者の救援活動の障害とならないことを最優先しながら、津波挙動と被害の全容解明という共通した目標のもと自律的な調査が進められたのです。これにより、今後の津波対策を検討する上で貴重な記録を残すことができたといえます。こうした津波調査の全容は、インターネットで確認できます。
http://www.coastal.jp/ttjt/
※NHKサイトを離れます

減災の要は、ハザードマップと情報提供

海岸の堤防はあるレベルの高波や津波・高潮を対象として設計されますが、これを超える規模の自然現象も有限の確率で起こります。堤防に守られている地域でも、堤防の能力を超える規模の自然現象を想定し、適切な情報提供と早期避難を中心とする総合的な防災・減災を心がけることが重要です。水害による浸水に対しては、堤防などの構造物で被害の防止に対応しますが、浸水の程度をあらかじめ予測し、適切な情報提供に基づく避難により被害を最小化する必要があります。(写真3)

水害時の浸水域をあらかじめ予測して地図上に表示したものをハザードマップといいます。大きな河川の洪水に対してはハザードマップが整備され、自治体のホームページなどで公開されています。
河川の洪水だけでなく高潮や津波に対しても、堤防で浸水を防ぎきれない規模の自然現象に対しては、ハザードマップの整備やリアルタイムな情報提供など、堤防の整備などのハード面と併せて、ソフト面での減災対策が重要だといえるでしょう。

(2013年3月29日 更新)