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震災・災害の減災知識

第3回  「すこやかネット」活用の勧め

執筆者

渥美 公秀
大阪大学大学院人間科学研究科 教授
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避難所としての学校

災害が発生した場合、身の安全を確保した上で、あらかじめ指定された避難所へ向かうことになります。指定避難所の多くは学校です。学校には、食料や救援物資が届けられます。さまざまな情報も集まります。ボランティアやNPOが避難所の運営を助けてくれることもあります。大規模災害の場合、仮設住宅などが準備されるまで、避難所となった学校で一定期間を過ごすことになります。

指定避難所となる学校は、災害の発生から、とりあえず落ち着きを取り戻すまでの期間、地域の人々を支えることになるので、学校そのものが災害に遭わないように対策を取らなければなりません。校舎の耐震工事はその一つです。ただ東日本大震災では、指定避難所となっていた学校でさえ津波を受け多くの人命が失われました。これから先、学校の位置や校舎の高さなども考慮して、避難所の指定について見直しが図られることでしょう。

地域の防災訓練では、地域の学校が指定避難所になっていることを学び、実際に学校への避難ルートを歩いてみたりします。自力で移動するのが困難な住民への手助けをどうするかなど、重大な事柄が話し合われたりもします。前回まで、こうした訓練が重要であること、しかし参加する人が偏っていたりすること、そのためには参加しやすくなるさまざまな工夫が必要であることなどを述べてきました。今回は、こうした訓練の“一歩先”について考えてみたいと思います。

学校へ避難してみたものの

地域の防災訓練を通して、避難所としての学校への避難ルートを点検し、災害時要援護者のことも確認できたとして、それで十分でしょうか? 学校へ避難することができても、そこにじっとしているだけというわけにはいきません。次々に到着する住民が互いに協力しながら、避難所生活を作り出して行かなければならないからです。阪神・淡路大震災後の私自身の経験から、少し紹介してみましょう。

震災から数日後、私は西宮市にある小学校の避難所で、ボランティアとして活動していました。最初の仕事は、「おにぎりを捨てに行く」ことでした。あまりに意外なことだったので、今も鮮明に覚えています。実は、北陸地方から数日かけて届けられたおにぎりでした。西宮の被災者を思い、一つ一つ丁寧に握られたおにぎりですが、真冬とはいえ、時間がたちすぎていました。避難所の代表者は、食中毒の危険を回避するために、涙をのんで廃棄を決定したのです。

避難してから数日は、どの教室に誰が入っているのか分かりませんでした。しかし、避難していた中高生も情報収集に加わって、教室ごとの避難者の名簿が作られました。さまざまな事情を抱えた人々が避難しており、避難所を去って行く人もいれば、新しく入ってくる人もいました。また、学校再開に伴って必要となる教室もありました。

そこで、避難者が教室間で移動した方が互いに過ごしやすいという場面が出てきました。避難所の代表たちの周到なプランのもと円滑に移動が実現しました。避難者や地域の立場から発言する教師がいる一方で、児童の教育(の進度)にだけ関心を払う教師もいました。卒業式や入学式といった学校行事をいつどこで、どのように実施するかという場面では、避難者、地域住民、子どもたちに配慮した校長先生の強いリーダーシップも求められました。

避難してから2週間後、体育館に避難者全員が集まりました。校長先生と避難所代表となった地域住民が壇上に立ち、「これまで、先生方や避難されている方々の中から出て下さった有志の皆さん、そして子どもたち、さらには、ボランティアに助けてもらって、避難所を運営してきた。そろそろ、より多くの避難者が関わって、みんなで運営していく体制にしていきたい。お風呂をたいてくれる人はいませんか? 救援物資を受け付けてくれる人は? 自宅の見回りに参加してくれる人は?」と問いかけました。会場の中から一人また一人と手が挙がりました。こうして活動ごとに班が形成されて、災害の発生から半年間、避難所としての学校が運営され、7月に避難所が閉鎖されるまで続きました。

学校を知る・地域を知る

学校に避難したことを思い描いてください。誰が、届けられたおにぎりを廃棄する判断を下せるでしょうか? どうすれば、教室間の移動を円滑に進められるでしょうか? どうすれば気持ちよく学校行事に協力することができるでしょうか? そもそも校長はじめ学校の先生たちを何人知っているでしょうか? 地域の防災活動で、指定避難所となる学校までのルートを確認するだけでは明らかに不十分だと思います。

では、どうすればその学校のことを知ることができるでしょうか? 地域の学校に通う学齢期の子どもがいる家庭は、さまざまな行事を通じて学校と関わる機会があると思います。しかし子どもが地域外の学校に通っている場合、学齢期の子どもがいない場合、あるいは、その地域に移ってきて日が浅い場合など、学校と関わりの薄い住民が圧倒的多数ではないかと思います。こうした住民が突然学校を訪れて、先生たちと話し合っても十分な対応が生まれるとは考えられません。

また、どうすれば住民の中から避難者のために奔走してくれそうな避難所代表を選ぶことができるでしょうか? 地域の自治会や自主防災組織の代表がその任に当たることが決められていたとしても、避難所代表を務めてくれそうな人が常に地元組織の代表に選ばれているかというと、必ずしもそうではないように思います。

すこやかネット

そこで、学校を知ることができて、しかも地元でリーダーシップのある人々と出会い親しくなれる場として、大阪府教育委員会が推進してきた「すこやかネット」を紹介します。大阪府教育委員会では、平成11年の大阪府社会教育委員会議の提言「家庭・地域社会の教育力向上に向けて~教育コミュニティーづくりの勧め~」を受け、平成12年度から平成14年度にかけて、政令指定都市を除く府下334中学校区に「地域教育協議会(通称、すこやかネット)」を設置しました。

各校区で学校と地域と家庭が“協働”して、地域の子どもの教育に当たることを目的として運営されています。平成13年度から5年間をかけて「地域コーディネーター」も養成され、研修を終えた1000人以上の地域住民が「すこやかネット」の運営に当たってきました。現在では、教育コミュニティーづくり推進事業として、文部科学省の事業と連動し、地域全体で学校教育を支援するというコンセプトのもとに継続されています。

「すこやかネット」は、さまざまな地域活動に関わりますが、各中学校区で、「○○フェスタ」といった地域のイベントを開催する場合が多いようです。例えばフェスタ会場となった中学校では、PTAによる「おやじの焼きそば」、在日外国人の皆さんによる「エスニック料理」といった屋台が出たりします。舞台に目を移すと吹奏楽部の演奏会が繰り広げられるといった風景です。地域の人々が楽しみながら参加している姿は、フェスタの継続につながっていきます。

こうしたフェスタを目にした私は「これは避難所訓練になる」と直感しました。まず、避難所指定を受けている地元の学校の中に入る機会となります。さらにフェスタ当日、誰がどのように動いているかを目の当たりにできます。先生たちの協力体制も見えてきます。少し話をすれば、準備にどれだけ力を注いだか、当日の運営で注意している点は何かなども話してくれるでしょう。

フェスタ以外にも、地域の見守りや運動会・マラソン大会への協力など、さまざまな活動が展開されていることを知ることもできます。フェスタをきっかけにメンバーに加われば、学校のことをさらに詳しく知ることになるでしょうし、地域のリーダーシップを持つ人たちや、それを応援している人たちとの親交も深まります。そして、指定避難所でしかなかった学校が、人々のつながりと重なって見えてくることでしょう。

経緯や規模は異なるかもしれませんが、皆さんの地域にも「すこやかネット」のような仕組みがあるのではないでしょうか? 一昔前なら、そう名乗らなくても多くの地域と学校がこのように連携していたのかもしれません。また、そんな連携が今も色濃く残っている地域があると思います。地域と学校との連携をあらためて見直し、地域の防災活動を、避難所での生活までを視野に入れたところへと一歩進めてみてはどうでしょうか?

(参考サイト)
大阪府教育委員会
http://www.pref.osaka.jp/chikikyoiku/sukoyakanet/index.html
※NHKサイトを離れます

大阪府教育コミュニティづくり情報ページ
http://www.pref.osaka.jp/chikikyoiku/information/index.html
※NHKサイトを離れます

(2013年1月30日 更新)