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猛暑について

第3回  コンピューターによる天気の長期予報

執筆者

木本 昌秀
東京大学大気海洋研究所 教授、副所長、気候システム研究系系長
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予報官の勘と経験からコンピューター予測へ

これまで2回のコラムでは、猛暑や天候変動の実態と、それらをもたらす気象学的な要因についてご説明してきました。今回は、長期予報をより正確にするために期待されているコンピューター予測のお話をしたいと思います。

皆さんが日頃接している天気予報は、数時間先の雨の予測(*)など一部を除いて、ほとんどすべてコンピューターが計算した数値に基づいて発表されています。人間の予報官の最も大きな役割は、災害が予測される事態を注意報や警報の形で一般の人々に知らせることです。

(*)「レーダー・ナウキャスト」とか「降水短時間予報」と呼ばれ、インターネットなどで見ることができます。ゲリラ豪雨などの強い雨が頭の上に来そうかどうかがすぐに分かるので、スマートフォンなどを持っている人は、いつでも見られるように設定しておくことをお勧めします。

あす、あさっての予報や週間予報は、30年以上前からコンピューター予測が主役でしたが、数週間より先の長期予報では、依然として予報官の勘と経験がものをいってきました。それが今、変わりつつあります。いよいよ長期予報でもコンピューター予測が主役の座を奪いつつあります。

半年以上先のエルニーニョ現象の予測が可能に

そもそも天気に限らず、どんな予測でも先へいくほど精度は下がるものです。気象の予測は、きょうの大気の状態(風とか気温・気圧の全地球的な分布)を知った上で、それが将来どう変化するかを流体力学や熱力学などの物理法則に従って時々刻々先へ計算して求めます。世界中のすべての場所(と高さ)の気象要素を全部計算しようというわけですから、そのプロセスはとても複雑なものになります。

一方で、どれほど一生懸命観測しても、きょうの地球上の気象要素を完璧に、正確に把握することは不可能です。したがって、予報の初期値に誤差を含むことは避けられません。ちょっと前にはやった「カオス理論」でもいうとおり、気象のように複雑な(正確には、非線形性のある)方程式では、初期値の誤差が時間とともにどんどん増幅してしまう性質がありますので、2週間以上先のある日の東京の天気を正確に予報することは原理的に不可能であるとされています。しかし、時間的、地域的に平均した天候の変動なら、ある程度は予測可能ではないかと考えて長期予報は発表されているわけです。

このような原理的困難があるため、長期予報は長い間、過去の統計や予報官の勘と経験といった「非科学的」な手法に頼らざるを得ませんでした。しかし、コンピューター技術とともに気象の予測プログラムも進化し、また天候変動を理解する科学も進展してきたため、近年では長期予報の最も重要な参考資料としてコンピューター予測が使われるようになってきたのです。1985年から10年間、世界中の気象、海洋学者が参加して行われたエルニーニョの研究プロジェクトのおかげで、半年以上先のエルニーニョ現象の予測が可能になったこともこれを後押ししています。

ともあれ、現在では世界の主要気象機関の多くがコンピューターによる長期予報を行っています。日本の気象庁も、1996年から世界に先駆けて1カ月予報にコンピューター予測を採用し、最近では、3カ月予報やエルニーニョ予報もコンピューター予測を中核に行っています。

解決できない長期予報の原理的な難しさ

しかしながら、長期予報の原理的な困難は依然として存在します。第2回で解説したような天候変動の要因もすべて完全に分かっているわけではありませんので、コンピューターによる長期予報は、まだたくさんの課題を抱えています。気象庁だけでなく、学界も研究開発に貢献しなくてはいけません。

上で触れたとおり、コンピューターによる気象予測は、物理法則をコンピューターに解かせて求めます。課題の第一は物理法則が微分方程式で表されているのに、コンピューターは微分が計算できないことです。プログラムで教えてあげないと足し算と引き算しかできません。ですから、方程式に微分が現れたら隣の計算点同士の引き算に直して計算させます。コンピューターは計算点の間がどうなっているのかは知りません。コンピューターの能力に応じて、計算点の間隔は決まります。この計算を翌日の天気予報に間に合わせるためには、現状では大体数10km以上になってしまいます。計算の精度を上げるためにはできるだけ高速・大容量の計算機が必要とされます。そして、実際の大気は計算点の間でも複雑な気象現象が生じています。

例えば、横浜で雨が降っていても、東京では降っていないことはしょっちゅうですね。計算機で扱えない細かい気象現象の効果を取り入れるように、計算プログラムをこしらえる必要があります。小スケール現象がより大きなスケールにどのような影響を及ぼすのか、これは気象学での大きな科学的課題です。

コンピューターによる長期予報は進化中

長期予報では、海水温や陸面の状態(地面が湿っているかどうか、雪に覆われているかどうかなど)など、ゆっくり変化する要素に大気運動がどう影響されるかを計算する必要があります。短期の天気予報で必要な風や気温といった大気の変数だけでなく、海や陸そして海氷など地球の気候システムのいろいろな変数も計算する必要が出てきます。これらについてはまだよく分かっていないことも多いのです。さらに予報ですから、初期値を正確に把握しなくてはいけません。

大気以外の気候要素も含めなければなりません。衛星で何でも見えるのではないのか、と思われるかもしれませんが、衛星観測は地球を一望できる反面、限られた波長帯の電磁波を測っているだけなので、予報に必要な物理量のすべてを必要な精度でカバーすることができません。たくさんの測器を積むわけにもいきませんので、気象衛星や地球観測衛星は大体、用途ごとに複数打ち上げられます。

このようにコンピューターによる長期予報は、現在進化中なのです。「コンピューターを使っても長期予報は当たらないじゃないか」と言われる人も多いかと思いますが、温かい目で見てもらいたいと思います。気象庁は、通常の予報以外にも随時、異常天候早期警戒情報などを出して警戒を喚起したりするようになりました。長期予報のコンピューターモデルは地球温暖化の予測にも活躍していますし、一般の人が目にする予報には現れませんが、天候リスクを踏まえて事業計画を立てる必要のある人々にとっては、コンピューターによる情報は貴重なものとなりつつあります。

気象界の世界的な動きとして、少しは使えるようになってきた(とわれわれが思う)気象・気候情報をユーザによりよく、また定量的に利用してもらう取り組みも始めています。

〈例〉
http://www.jma.go.jp/jma/press/1202/27a/bunkakai120227.html
※NHKサイトを離れます

(2012年11月29日 更新)