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震災・災害の減災知識

第1回  体験から学ぶ防災の知恵

執筆者

渥美 公秀
大阪大学大学院人間科学研究科 教授
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阪神・淡路大震災の体験

1995年1月17日朝5時46分。突き上げるような突然の揺れに、思わず布団を引き寄せながら、家族の名を呼びました。幸い全員無事でしたが、家具が今にも倒れてきそうな不気味な音を立て、棚から瀬戸物が盛大に落ち、ガラスの割れる音が聞こえました。ようやく揺れが収まって周囲を眺め回しましたが、暗くて何も見えません。それでも、いつも枕元に置いていた眼鏡を手にして、そっと立ち上がりました。懐中電灯をしまってある棚の前に行こうとしたのです。しかし、思わず足を引きました。そこには、よくは見えないけれど鋭く割れたコーヒーサーバーが光っていたからです。間一髪、踏まずに済みました。棚の前には家具が飛んできており、懐中電灯を取り出すことはできませんでした。停電の中、電池式のラジオは、次々と情報を伝えていました。しかし、被害の概要が分かるまでには、かなりの時間が必要でしたし、そもそも近所の情報などは流れてくるはずもありません。

同じ集合住宅に住む人々が大声で名前を呼び、安否を確認し合いました。日頃から子どもたちを通じた知り合いでした。狭い空間ですが、玄関にたどり着くにはいくつもの家具をどけねばならず、近隣の人の顔を見ることができたのは夜が明けてからのことです。私の家では、日頃から飲み物をダースや箱単位で買う習慣がありましたので、幸い飲み物に不足はありません。おにぎりを作るだけの米も炊飯ジャーに残っており、お菓子類も買い置きがありました。当面幼児たちが食べるには十分な量です。ただ、私自身は気が動転していて、そもそも食欲など感じませんでした。後に震度7と“認定”された、人口40万人を超える都市、兵庫県西宮市にある集合住宅での体験です。

体験から防災を学ぶ

阪神・淡路大震災直後の私の体験からは、次のようなことが学べると思います。

1)物を準備しておく
懐中電灯やラジオなど、あらかじめ用意できるものは必ず準備しましょう。予備の電池も必要です。また、家具はしっかりと壁に留めておくべきでした。さまざまな種類の留め具は、ホームセンターなどで販売されています。自分で留めるのが難しい場合には、近所の人にお願いしてみましょう。

2)習慣づける
私は近視で眼鏡がないと困ります。眼鏡をいつも同じ場所に置いて寝るように習慣づけておけば、いざというときに探す範囲が限られます。携帯電話も同じです。また、寝具の近くには、靴下や室内の履物を置くことを習慣づけておくべきでした。飛び散ったガラスで足を切るところだったからです。また、買い物にもちょっとした工夫を習慣づけておきましょう。例えば、ペットボトルの飲料はいつも予備を買っておくといったことです。

3)ご近所とのお付き合いを積極的に
揺れが収まって最初に声をかけてくれたのは、ご近所の人たちでした。中でも、子どもたちを通じて、日頃から親しくしている人は、何度も声をかけてくれ、心配してくれました。夜が明けて外に出たとき、互いに無事を確認し合ったのも、給水車が来る時間や場所を教えてくれたのもご近所の人たちでした。

現実的には、上記の1)と2)は、一人ひとりが、頑張るしかないと思います。でも、日頃から心掛けていれば、何とかなりそうです。逆に言えば、日頃から心掛けて準備しておかなければ、どうしようもないともいえます。意外と難しいのが3)ではないでしょうか? 実際、これを読み終えて、お隣のドアをノックし、「さあ、防災のためにご近所づきあいを始めましょう」などと誘うような風景は想像できません。では、どうすればよいでしょうか? 防災の工夫は、実はこの点にあります。ここでは、3)に注目した工夫を紹介していきます。

防災講座が苦手なのはなぜ?

防災への関心の高まりを受けて、各地でさまざまな防災講座が開かれています。確かに、地震からどう身を守るのか、水害の時にはどうすればいいのか、避難所はどこか、家屋の耐震工事は誰に頼めばいいのか、耐震工事に補助は出るのか、などなど、防災講座では、実に有用な情報が得られます。ぜひ、参加してもらいたいと思います。ただ現状は、参加者の顔ぶれがいつも一緒だったり、講座の内容が「地震の起こるメカニズム」といった、日々の防災には直接つながらないことだったりしがちです。

区域の防災訓練も大切です。実際に避難所まで歩いたり、災害時要援護者と呼ばれる高齢者や障がいを持つ人々と接したりしながら、いざというときの動きを実地に確認することは、災害から地域を守る上で何よりも大切なことです。しかし現実には、こちらも参加者の顔ぶれがいつも一緒だったりします。

どうして、防災講座や防災訓練に参加する人が少ないのでしょうか? ある日私は、防災に熱心な人たちが、眉間にしわを寄せながら「近頃の若い住民は、なっとらん! まったく防災訓練に出てこない。けしからん!」と体中から怒りを発散させて語り合っているところに出くわしたことがあります。これでは、仮に訓練に参加したくても、行く気などしないでしょう。確かに、防災は命に関わる重大な活動です。しかし「重大な活動であれば、人々は参加するはずだ」と考えるのは素朴に過ぎるでしょう。

そもそも私たちは、日々のくらしの中で、さまざまな重大な活動に参加しています。ある人は介護に忙しいでしょうし、子育てに一生懸命の人もたくさんいます。そんな当たり前の現実を前にして、防災講座や訓練には絶対参加すべきであると強く言うのは、人々の多様な暮らしを無視した姿勢ではないでしょうか? いくらいのちに関わる防災とはいえ、こうした考え方は、どこか、くらしの感覚からずれて現実味を欠いたものになっているのではないでしょうか?

阪神・淡路大震災以来、さすがに防災講座や防災訓練の見直しもある程度行われてきました。試行錯誤の中から、今では、さまざまな「参加しやすい」防災講座や防災訓練が行われています。専門家の話を「拝聴する」などというイメージではありません。ワークショップあり、クイズあり、現場観察ありと、さまざまに工夫されています。一度、地域で行われている講座や訓練についての情報を集めてみてください。「おもしろそうな」防災講座や訓練が見つかると思います。何か興味が湧きそうなテーマがあればそれで構いません。「防災」などと書いてなくてもいいでしょう。ちょっとだけ関心を持ち、「おもしろそう」と感じたら積極的に参加してみてください。実は、それが防災につながることをここで紹介していきます。

日常のすべてが防災に役立つ

講座や訓練に参加しなければ防災はできないものでしょうか?私たちのくらしにもっと素朴に目を向けてみましょう。振り返ってみれば、私たちの日々のくらしの中には、取り立てて防災、防災と声高に叫ばなくても、結果的に防災につながるような事柄がたくさんあります。阪神・淡路大震災を経験した人たちの声を集めたことがあります。なかでも「近所の方に挨拶している。それが防災でした」という言葉はとても印象的でした。

ご近所との挨拶が、実は防災になるのです。犬の散歩でも防災になります。子育てクラブの会合も防災になります。私は、このように、防災、防災と声高に叫ばずに行う防災活動を「防災と言わない防災」と呼んで推進してきました。それらは、一見、防災と関係ないことのように見えますが、命に関わる防災だからこそ、軽やかに、できるだけ多くの人々に知ってもらいたいと願って進めています。このシリーズでは、「防災と言わない防災」に関する考え方や取り組み事例を紹介していきます。

(2012年10月23日 更新)