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台風の基礎知識

第3回  台風の進路予測・アンサンブル予報

執筆者

中澤 哲夫
WMO(世界気象機関)世界気象研究計画課長
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アンサンブル予報とは?

第1回のコラムで、台風予報の話をしました。そのとき数値モデルを走らせて予報を行うときに、初期値の不完全性、不確実性に触れたことを覚えておられますか? 第2回では、観測のツボについて触れました。ある特定の場所で観測すると予報の精度が上がるということは、逆にいえば、その場所では初期値の不確実性が高いともいえます。

そこで、ある一つの初期値からだけ数値モデルを走らせて予報をするのではなく、少しずつ初期値に幅を持たせ、変化した初期値からいくつもの予報を一そろいまとめて行うこと。これがアンサンブル予報と呼ばれるものです。今回は、このアンサンブル予報について説明していきます。

一般に「アンサンブル」とは、「全体的効果」「調和の取れた婦人服の組み合わせ」とか「合奏、合唱」「演奏の調和」などの意味がありますが、ここでアンサンブル予報という時のアンサンブルとは、“ひと揃いの集合”というような意味合いで使われます。また一つ一つの予報を、メンバーと呼びます。一つの初期値からだけの予報が決定論的予報と呼ばれるのに対し、アンサンブル予報は確率予報の一つです。実は、第2回目で触れたTHORPEXという世界気象機関のプログラムの中で、日本の気象庁を含む10の予報センターによるアンサンブル予報データが作成、共有され、世界の研究者に利用されています。

TIGGE(ティギー)と呼ばれるこのデータベースは、ヨーロッパ、米国、中国にアーカイブセンターが置かれ、初期時刻より2日遅れのデータを研究目的に利用できるようになっています。それでは具体的に、このデータを使って台風の進路についてアンサンブル予報の例を見てみましょう。

予報の確かさ、不確かな程度を知る

(図1)は、昨年、紀伊半島に大きな被害をもたらした平成23年台風第12号(タラス)の進路予報の例です。一つ一つの色付きの線は、気象庁の台風アンサンブル予報の他、中国、カナダ、ヨーロッパ、米国、英国の6つの予報センターのアンサンブル予報結果で、4日先までの経路を示しています。線の色は、赤、緑、紫、青が、それぞれ0~1日、1~2日、2~3日そして3~4日の経路です。全メンバー数(全部の線の数)は、この時刻の場合、179に上ります。黒い線が実際の台風の経路です。

さて、この図から何が分かるでしょうか? それは、昔であれば1回の予報だったものが、今では少しずつ初期値を変えて予報を行うことができるようになったため、予報の確かさ、あるいは逆に不確かな程度、すなわち、予報のばらつき具合、予報が取りうる幅といったようなものが分かるようになってきた、ということです。ですから、昔の1回の予報でも、どの程度の予報の幅がありそうかということは、経験的に予報円で示されていましたが、アンサンブル予報によって、もっとはっきりと予報のふらつき具合を計算することができるようになりました。

ほぼ予報通りに経過した、台風12号

一つ一つの予報結果を見ることができるこのような図も便利なのですが、図2の別の表現で見ると、より分かりやすいかもしれません。
図2は、4日先までの間に台風が120キロ以内にいる存在確率を示したものです。これを見ると、この台風が遠州灘にもっとも近づくメンバーが多い(黄色の領域が遠州灘に向かって伸びている)こと、そして四国東岸から、房総半島までの広い範囲に上陸する可能性のある予報となっていることが分かります。アンサンブル予報によって、最も起こりやすいシナリオだけでなく、これくらいの予報の幅がある、ということが分かるようになりました。

この台風12号の被害についてはニュースなどでご存じのことと思いますが、この台風は9月3日に四国に上陸し、その東側にあたる紀伊半島に記録的な大雨をもたらし、そのために大きな犠牲者を出してしまいました。上陸5日前のこの時点では、実際の経路よりもやや東寄りに進む予報となっていたことが分かります。

では、1日ごとにこの予報がどのように変化していくか、見てみましょう。

転向しやすい台風にこそ、「ツボ観測」が有効

図3は、30日(左)と31日(右)初期値の予報です。30日の予報では台風は紀伊半島に最も高い確率で上陸する予報となっていますから、実況よりもまだ東寄りですが、31日の予報では、ほぼ実況に近い予報となっていることが分かります。

この台風第12号は、経路に関しては、比較的“素直な”台風だったといえるかもしれませんが、中には、難しい判断を迫られる事例に出合うときもあります。例えば、半分近いメンバーは転向せずに中国に向かう予報なのに対して、残りの半分は、転向して日本に向かう予報になっている、といった場合です。実際に、過去の例では、平成16年台風第23号(トカゲ)がそのように二股に分かれた予報になっていました。

もっと極端な例では、ほとんどのメンバーが転向しない予報なのに、ほんの少しのメンバーだけが転向する予報を出しており、実際の経路も転向した場合です。これは、平成18年台風第7号(マリア)などが当てはまります。

このような時こそ、第2回目の「ツボ」での観測を実施することにより、予報改善効果が高くなる、有効になってくると考えられます。

(2012年10月23日 更新)