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猛暑について

第2回  猛暑を引き起こす要因

執筆者

木本 昌秀
東京大学大気海洋研究所 教授、副所長、気候システム研究系系長
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異常気象は自然のゆらぎの一部

前回は、近年暑い夏が多く感じられる背景には、地球温暖化や都市化の影響もあるというお話をしました。しかし、ある年の猛暑をこのような長期的な要因だけで説明することはできません。猛暑に限らず、冷夏や干ばつ、また、繰り返す大雨のような異常天候は、地球上の大気の流れが普段とは異なる形態で1週間以上にわたって続くことから生じています。大気の循環は日々(にちにち)から数カ月、数年、あるいは数十年以上のいろいろな時間スケールで変動しており、このように変動すること自体は「異常」なことではありません。

地球の中緯度の上空には偏西風と呼ばれる西からの風が常時吹いていますが、風の通り道が明確に決まっているというわけではなく、偏西風は日々その蛇行の姿を変え、またその強さもゆらいでいます。日々の天気変化をもたらす移動性の高気圧や低気圧も偏西風の細かい蛇行に伴って生じています。異常気象や異常天候と呼ばれる現象は、現れる頻度が低いだけのことで、このような自然のゆらぎの一部なのです。

しかし、あまり経験したことのない珍しい現象は、われわれの生活に大きな影響を与え、また災害をもたらすことも多いので、いつどのようにして異常天候が現れるのか、何とか予測はできないか、と努力が続けられています。予測のことは次回に詳しくお話しすることにして、今回は、猛暑などの異常天候を引き起こす気象学的な要因について、模式図(図1)を見ながら少しご説明したいと思います。

事情が分かったとしても猛暑が来なくなるわけではありません。しかし、予測の精度を上げて、少しでも自然災害に対処できるようにするためには、まず、現象がどのようにして生じているのか分からないことには始まりません。少し我慢してお付き合いください。

偏西風とその蛇行

異常天候は、大気の流れの形態―気圧配置と考えてもらって結構です―が普段と大きく異なる状態に伴って起こると述べました。日本付近は上空の偏西風の支配下にありますので、これは偏西風の蛇行の形態が普段とは異なることと一致しています。偏西風は、地球上で、低緯度の暖かい空気と高緯度の冷たい空気の温度差によって生じ、これら二つの気団の境目で強くなっています。

偏西風の特に強いところを指して「ジェット気流」と呼ぶこともあります。ジェット気流の風速は冬半球で特に強く、毎時400kmを超えることも珍しくはありません。偏西風やジェット気流は、南の暖かい気団と北の冷たい気団の境目を示していますので、その経路がずれると普段と異なる暑さ、寒さを経験することになります。偏西風の経路は地表や上空の気圧配置と不可分に関係しています。

夏の猛暑の場合は、日本付近で偏西風が北寄りに蛇行し、南海上に勢力の中心を持つ亜熱帯高気圧が北方にまで勢力を拡大することによってもたらされます。夏の亜熱帯高気圧は、広く北太平洋全体を覆っているのですが、日本付近では小笠原諸島の辺りに地表の高気圧の中心があることが多いので、小笠原高気圧とも呼ばれます。

異常天候は予測不能?

このように、偏西風の蛇行や、それに伴う気圧配置の変化が1週間以上にわたって持続すると異常天候となります。では、偏西風の蛇行は何によってもたらされるのでしょうか? 一番率直な答えは「よく分からない」です。

がっかりさせたかもしれませんが、特に理由なくゆらいでいるのが普通なので、「ときには珍しいことも起こるさ」ということです。枯れ葉が木の枝からハラハラと落ちる様子を克明に予測するのが難しいのと同じで、ある日ある場所の天気予報には限界があります。偏西風の蛇行も、このように複雑な大気運動の一環として生じているので、いちいち「あれがこうなったから、ああなった」といった説明は無理、とする立場です。

大気の長周期変動とテレコネクション

残念ながら、基本は今言ったようなことなのですが、私を含め多くの気象学者は、「そうは言ったってよく見たら何かありそうだ。日々地点ごとの天気予報は無理でも、天候の傾向を地域的に説明したり予測したりは、ある程度できそうだよ」と考えています。

例えば、異常天候をもたらすような持続性のある偏西風の蛇行は、その場所だけで生じているのでなく、世界中のいろいろな場所で起こっていることとリンクしているように見えます(テレコネクション)。大気運動に生じる波動が、遠く離れた現象のシグナルを伝えることができることが理論的にも分かっています。

日本の猛暑でいうと、台風がよく生まれる南海上フィリピン付近の大量の積乱雲の活動が活発になると、気流の変化を通して小笠原高気圧の勢力を増すことが知られています。これは日本人研究者が発見したもので、PJ(Pacific-Japan)パターンと呼ばれています。そして、フィリピン付近の雲は、その近辺や、遠く離れたペルー沖でエルニーニョ現象に伴って生じる海水温の高低に大きく左右されています(実際はラニーニャの時に日本は猛暑になりやすく、エルニーニョのときは反対に冷夏傾向になりやすい)。

また、夏に日本上空を走る偏西風は、ヒマラヤを越えて中東付近まで遡ることができますが、2004年や2010年の猛暑時にも見られたように、この亜熱帯ジェット気流の上を北向き、南向きの数千kmスケールの蛇行の波が伝わって日本付近の高気圧の強化をもたらすことがあり、これを「シルクロードテレコネクション」と呼ぶ人もいます。

日本の夏、特に梅雨前線の動向には南の小笠原高気圧とともに北のオホーツク海高気圧の影響も重要な要素です。これには、ユーラシア大陸と北極海の温度差で生じる極前線ジェットとその蛇行が重要な役割を果たしています。極前線ジェットは亜熱帯ジェットに比べて、いつもはっきりしているわけではありませんが、ヨーロッパの天候異常がこの経路を通して東アジアにまで伝わることも珍しくありません(2003年冷夏の例など)。

異常天候のメカニズムは研究のホットトピックであり、日本の天候に影響を及ぼすさまざまな要因が次々と解明されつつあります。特に、大気運動に比べてゆっくりと変化する海水温や陸面の状態(雪の多さや、土壌の湿り具合、海氷など)の影響が、持続性のある異常天候の重要な要因と考えられています。しかし、ある年のイベントは、これら複数の要因が重なり合って、時にはお互いに影響を与え合いながら生じています。このことが要因分析や予測を困難にしています。

一つ一つのメカニズムはある程度分かってきたけれど、さてこの夏、それらが互いにどの程度の強さで影響し合うのか? 気象庁では、30年に1回以下の低頻度の現象を異常気象と呼ぶことにしていますが、異常気象の解明に不可欠な上空の観測データは、たかだか50年分しかそろっていません。昔の長期予報では「勘と経験」がものを言ったといいますが、実際、データに基づいた「経験」は圧倒的に不足しています。これに代わって理屈に基づいた「勘」を与えてくれるのが数値シミュレーションです。次回は、数値シミュレーションに基づいた長期予報の可能性についてお話ししたいと思います。

(2012年9月24日 更新)