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台風の基礎知識

第2回  予報改善を目指す、台風のツボ観測

執筆者

中澤 哲夫
WMO(世界気象機関)世界気象研究計画課長
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台風予報の専門家として

前回、コラムを読んだ方から以下のようなご指摘がありました。

「私たちが暮らす地域は、毎年のように台風の脅威に襲われています。一度台風が起きれば、人命が失われたり、生活に大きな打撃を受けることもあります。あなたは、そのあたりのところを理解されているのでしょうか?」日々、台風の脅威と向き合い生活しておられる方々の気持ちに立ってみれば、確かに前回の内容はあまりに研究者目線のものであったかと深く反省しています。

今年もまた6月に発生した台風6号が各地に甚大な被害をもたらしました。
気象学の専門家は、失われたものの大きさを重く受け止め理解するまなざしを研究の原点としてしっかり心に留めておく必要があると考えています。私たち専門家の研究は、実際のみなさんの生活にすぐに役立てるかどうかは難しい面もありますが、常にそういう方々の切実な思いを念頭において台風予報改善の研究を進めていくことが肝心であると考えています。

体のツボと観測のツボ

今回のメインは、第1回目にお伝えしたように台風観測のツボについてのお話です。みなさんよくご存じの通り、人間の体には東洋医学で言うところの「ツボ」(指圧点)が全身くまなくあります。鍼灸(しんきゅう)や整体でツボを押してもらうと疲れが取れたり、体の調子が良くなったりします。しかし、「ツボ」から外れたところを押さえてもらっても、何の効果もないばかりか、かえって具合が悪くなってしまうこともあります。

「ツボを押さえる」とは、話や物事の要所、急所をしっかりと押さえるという意味ですが、「そこ」を押さえることが重要なわけです。近年の研究から、台風観測にもそうした人体のツボと同様に押さえるべきツボがあることが分かってきました。ある特定の場所で観測を行うことで、観測のツボを押さえれば、予報の誤差を改善できるというわけです。言い替えれば、予報を改善するために、どこで観測を行えばいいのか、数値モデルを走らせることで計算できるようになってきました。

観測のツボの理論的な研究は1990年代に始まり、90年代後半からは、欧米などを中心に、冬に急発達して大雪や強風などをもたらす爆弾低気圧の予報改善を目指す実証実験が行われています。

予報改善を目指す国際共同観測プロジェクト「T-PARC」

予報改善を目指す世界的な取り組みとして、2008年に日本や韓国、欧米などさまざまな国の気象機関や大学が協力し、台風に対する観測のツボが台風予報の改善に有効かどうか確かめる国際共同観測プロジェクト「T-PARC」が実施されました。
詳しくは、気象庁ホームページ
http://www.jma.go.jp/jma/press/0810/16a/tparc.html
※NHKサイトを離れます

「T-PARC」の頭文字の「T」とは、英語のTHORPEX(ソーペックス)の頭文字のTから取ったものです。THORPEXとは、世界気象機関(WMO)の世界天気研究計画の一プログラムで、日本の気象庁も参加しています。日本語訳は、「観測システム研究・予測可能性実験」(気象庁)です。1日から2週間先までの私たちの社会に影響を与える気象の予測改善を目指すものです。

「T-PARC」の研究プロジェクトでは、観測のツボにジェット機からドロップゾンデと呼ばれる観測器を投下し(写真1・2)、予報が改善されるかどうかを調べました。その結果、「ツボ観測」によって予報が改善されるケースと、あまり改善が見られないケースがあることが分かりました。

前者は分かりやすいのですが、後者は「ツボ観測」を取り入れなくても予報が比較的よく当たっている場合だったため、あまり予報の改善に効かなかったのです。実は、これは当然といえば当然のことだといえるでしょう。本来、この台風の「ツボ観測」は、もしそれが確実に有効であるならば、台風周辺でくまなく、さまざまな観測ポイントに投下している測器の数を節約することができるばかりか、ジェット機の効率的な運用や安全確保にもつながるメリットの大きい方法です。

後者のように、観測を行わなくても的中率が高い場合でも、予報が良い結果を生むかどうかは観測を行った後でなければ分かりません。観測を行う前に「予報に良い結果」をもたらすかどうか、効果があるかないかは分からないわけで、その意味では、どちらの場合でも結局今のところは測器を投下せざるを得ないのです。

ただ、台風予報改善の鍵は、どこに測器を投下すればよいのか、その場所を事前に知ることができるようになったことです。そうした観測のツボが分かるようになったことは、近年の気象予報の世界での大きな技術的進歩の一つといえるでしょう。"

台風予測のこれから

今日の台風の進路予測は5日先まで出せるようになり、着実に改善してきているのは事実です。しかしながら、それでも3日先の進路予測に300キロほどの誤差があるわけですから、決して満足できるものではありません。

問題は、大きく予報が“外れてしまう”ケースがあることです。このような場合にこそ、台風の「ツボ観測」を取り入れる大きなメリットがあると考えられます。しかし、観測には人手も飛行機も燃料も、そして観測機材も必要です。台湾が民間ジェット機を使って台風の観測を2003年から行ってきていますが、年間の必要経費は1億円余りといわれています。

アメリカ合衆国では、すでにハリケーンに対しての継続的な観測が行われており、予報改善に大きな成果が上がっています。台風に関しても、日本主導による観測予報の改善が実現されることを期待したいと思います。

(2012年9月1日 更新)