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土砂災害

第2回  毎年6月は土砂災害防止月間です!

執筆者

池谷 浩
政策研究大学院大学 特任教授
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30年前、長崎を襲った大雨と同時多発型土砂災害

ちょうど今から30年前、1982年7月23日。長崎市周辺は梅雨前線の影響を受けて、記録的な豪雨に見舞われました。長崎海洋気象台の観測によると、長崎市では23日19~22時の3時間に315mmという滝のようにすさまじい雨に見舞われ、隣町の長与町役場では23日の19~20時の1時間に187mmという大雨を記録しました。長与町役場での雨量は現在でもわが国での1時間降水量の日本記録となっています。

このような記録的な豪雨により、死者・行方不明者299名、全・半壊家屋1539戸という悲惨な被害が発生しました。特に土砂による災害が顕著で、長崎県の調査では同時多発的に4457か所で土砂災害が発生し、被害の点でも死者・行方不明者のうち実に262名が、また全・半壊家屋のほとんどが土砂災害によるものでした。

局地的な同時多発災害では、救助活動にも限界がある

このように多くの犠牲者を出した長崎災害ですが、その後の取材からさらに悲惨な実態が明らかになりました。それは長崎市消防局が受けた119番の交信記録を基に災害被害の真相を追求したNHKドキュメンタリー「長崎集中豪雨・119番」というラジオ番組が物語っています。

交信記録には、自宅の裏山が崩れる恐怖と危険に見舞われた人が、とにかくこの場から逃げたい一心で、「助けてくれ。家が流れている。何とかして」と助けを求める声が記録されており、危機にひんしたときの切迫した心理状況が胸に迫ります。

しかし、仮にもしその時、消防隊員が駆けつければ助かっていたのか、助けるすべはあったのか。電話をかけた方は、後にその時の心中を振り返りこう答えています。

「後になって冷静に考えれば、その場に消防隊員が来られても、どうしようもなかったと理解できるのですが、あの時はただもう必死で電話をかけ続けました」

この方と同様にせっぱ詰まった状況に陥った住民から長崎市消防局が受けた119番は、23日夜から24日未明にかけて1140件、ダイヤルを回した人は恐らくその数倍に上るであろうと番組は締めくくっています。
長崎災害では、119番通報により消防隊が出動し、救助した人は225名に上ります。しかし、局地的な大雨によって、ある地域に同時多発的に土砂災害が集中発生している状況下では、被害を受けているのは自分のところだけでなく、近隣の地域でもまた同じような被害が起きているため人手が足りない、道路寸断などで救助に入ることが出来ないなど、地元消防による救助活動には限界があることを住民一人一人が知っておくべきでしょう。

いざという時には119番に頼るだけではなく、何よりもまず、「自分の命は自分で守る」意識が防災の鉄則です。長崎災害は土砂災害から命を守るために「私たちが何をすべきか」を教えてくれているのです。

土砂災害防止月間「ノーモア ナガサキ」の祈りを込めて

わが国のような土砂災害の多発国では、構造物によるハード対策を計画的に実施して、少しずつでも安全な生活の場所を創出していくことが防災対策の基本といえます。特に災害発生の予知・予測が難しく、また対応にも専門的技術力が必要であることから、土砂災害の防止や対策は、国と都道府県が主にハード対策を実施しています。

しかし1982年の長崎災害はそれまでの対策の在り方に一石を投じました。それはハード対策だけでは防災対策として限界があり、実際に発生する土砂災害に十分対応しきれない場合があるという事実でした。そこで、住民一人一人の適切な避難行動により、身の安全を確保することのソフト対策の重要性が認識されるようになったのです。

国は梅雨期を目前にした毎年6月1日から30日の間を「土砂災害防止月間」と定め、住民が自分の命を守るべく、防災知識の普及や避難訓練などの催しを実施し、土砂災害から人命や財産を守る運動をしています。これは前述の長崎災害を契機として定められたものなのです。1983年6月に第1回の土砂災害防止月間全国大会が長崎市で行われました。大会では前年の災害で亡くなられた方々のご冥福を祈るとともに、今後の土砂災害防止に全力を挙げて取り組むことを誓い、土砂災害についても「ノーモア ナガサキ」の願いを込めた決議文が読み上げられました。

この長崎災害を契機に、土石流危険渓流の周知や警戒避難体制の確立、人命・財産を土石流から守るための住宅移転等の対策が打ち出されました。しかし、これらの対策は強制力を持つ法律に基づいたものではなく、あくまで行政的な指導という形にとどまっていたのです。

悲惨な被害を繰り返さない「土砂災害防止法」の制定

1999年6月末、広島市や呉市を中心に豪雨による土砂災害が多発し、死者24名、全半壊家屋138戸という被害が発生しました。長崎災害以後、ハード面の対策工事に加えソフト対策も実施されていたにもかかわらず、悲惨な被害が繰り返されてしまったのです。

こうした土砂災害を防止し被害の拡大を食い止めるためには、何が必要なのでしょうか。警戒避難体制の充実や建物の安全性の強化、そして開発行為の制限などいわゆるソフト対策の充実とともに、それを徹底させる「法の整備」が必要不可欠となったのです。そこで制定されたのが土砂災害防止法(正式名称:土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律)です。

現在ではこの法律に基づき、土砂災害の恐れのある区域(土砂災害警戒区域)と土砂災害により建物が破壊されて住民に著しい危害が生じる恐れのある区域(土砂災害特別警戒区域)を指定し、住民の生命を守る対策がなされています。具体的には、警戒区域では土砂災害発生の危険な状況になったら必ず避難する、特別警戒区域では新築住宅の建設を規制するなどの対応がとられています。

このように土砂災害を防ぐための対策は徐々に整備されてきました。しかし日本全国には現在、土砂災害の危険な箇所が約52万か所もあるのです。都道府県のホームページには土砂災害警戒区域などの情報が表示されるようになっています。6月の土砂災害防止月間、みなさんも自分の家が安全かどうかを確かめ、災害に対する心構えを今一度見つめ直してみてはいかがでしょうか。

(2012年5月29日 更新)