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浸水・河川洪水

第1回  洪水、こうずい

執筆者

山田 正
中央大学都市環境学科教授 土木工学専攻教授 国際水環境理工学副専攻教授 公共政策大学院教授 
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洪水(こうずい)って何だろう

洪水の洪の字は漢和辞典によると、大量の水が集まっている様とか多くの水を集めた大きな流れということになっており、転じて大きいという意味になっています。古代中国の伝説上の聖天使である尭帝(ぎょうてい)と舜帝(しゅんてい)のうち、尭帝の言行を記した「書経(しょきょう)」の編名である「尭典」の中に洪水という言葉が出てくるといいます。また「禹抑洪水而天下泰平、禹(ウ)は洪水を抑(おさめ)て天下平らかなり」などと言って古代中国では洪水を治めることが政(まつりごと)の第一であったようです。ちなみに政治の治は「河川に人工を加えて流れをうまく調節する」という意味です(藤堂明保編、学研 漢和大辞典より)。

洪水の気象学的要因と水文学的要因

川に大量の大雨をもたらす気象要因には、低気圧、前線、台風などのほかに、近年ではゲリラ豪雨(局地的集中豪雨)や線状降水帯といった新しいタイプの気象学的要因も見出されています。雨が降り洪水がどのように発生するのかとか、1年間の雨の総量を人間がどのように生かして使うのかといったことを調べる学問分野を、宇宙や星のことを研究する天文学と同じような言葉遣いで水文学(すいもんがく=英語でHydrology<ハイドロロジー>、英語でHydroはもともと古典ギリシャ語、ラテン語で水を意味します)といって、日本ではなかなかなじまない言葉ですが、英語圏の国々ではよく使われる言葉です。

雨が降って川に流れ、海まで流れ下るその土地を流域といいます。また都市では雨を受ける土地全体を集水域と呼んでいます。英語では流域をBasinすなわち食べ物などを入れて運ぶ時のお盆です。集水域はcatchment areaと呼んでいます。例えば利根川流域はTone River Basinとなります。市街地の例えば神田川の集水域はThe catchment area of Kanda Riverとなります。

雨は1回当たり数ミリから50ミリ程度降ることはどの流域でもよく起きます。ですから東京あたりの大都市では1時間に50ミリ降っても都市が氾濫して水浸しにならないように都市計画をしています。具体的に古い都市では都市内の道路や屋根に降った雨は下水管を使って大きな川や海に流すようにしていますが、比較的新しい街や市では下水管に流さずにそれと並行して敷設してある雨水管を使って大きな川に流しています。ところがここ近年の15年ぐらいは1時間に100ミリや130ミリを超える激しい雨が日本中で頻発しています。これを通称ゲリラ豪雨と呼んでいます。

昔から集中豪雨と呼んでいましたが、ゲリラ豪雨は1、2kmの幅のところに1時間に100ミリ以上の激しい雨をもたらすものです。一方もっと大きな流域で考えると、大ざっぱにいって150ミリ程度以上の雨が降ると、流域内のどこかで崖崩れなど何らかの被害が出ます。よく山の方にドライブに行くと「この道路は累積降雨が150ミリ以上降ると閉鎖されます」などと書かれた看板が道路わきに立っているのを見かけると思いますが、多くの山地流域では150ミリ程度の雨が降ると大なり小なり道路脇の崖が崩れるなどの土砂災害が発生することが多くなります。

雨と流域の力比べ

 大雨が降って洪水となり、水が堤防からあふれて市街地や農地に氾濫すると、人々やその家々、そして農作物が流されたり、崖崩れを引き起こして多くの人命を奪う大災害となります。一般に洪水となって大災害を引き起こすか否かは雨の量や強さとそれを受ける流域の地形学的、水文学的耐力との相対的な力関係で決まります。雨の量は1日に何ミリ降ったとか、全部で何ミリ降ったとかミリメートル、mmで言います。雨の強さは1時間で何ミリとか10分間で何ミリ降ったとか言います。流域や集水域の面積は通常何平方kmのようにkm単位で言います。一般にアメリカやヨーロッパ大陸のように平らで川が長い流域では1回の洪水でたとえ160mm程度の雨しか降らなかったとしても流域の面積が非常に大きいため、その流域の下流部では流域全部に降った雨を通過させるために大流量となって堤防を越えてしまい、あたり一面に大氾濫が生じます。

日本の年間総降雨量よりも少なかったタイの大洪水

昨年のタイのチャオプラヤ川の大洪水と大氾濫は記憶に新しいと思います。500人以上のタイの人々の命を奪い、多くの日系企業が大被害を受けましたが、そこに降った雨は例年の2倍で、4月から11月までで1500ミリ程度ですが、意外なことに日本の年間総降雨量の1800ミリ程度よりも少ないぐらいです。チャオプラヤ川は日本の最大級の川である利根川の10倍ぐらいの流域面積を持つ川ですが、その流域面積の大きさが日本の感覚からするとそれほど大降雨でもないにもかかわらず大洪水をもたらしているのです。

日本ではその県内の一番長い比較的大きな流域面積を持つ川でも160mm程度の雨で洪水による氾濫は起きません。それは日本では川が短く、急流のため比較的早く海まで流れてしまうからです。日本の川では洪水は長いものでも一般に2泊3日と覚えておくといいでしょう(時には1週間ぐらい雨が降り続き、そのぐらいの期間川が洪水の水で一杯になることもありますが)。日本は南北に長いため九州や四国紀伊半島あたりの南西地方で一雨に降る雨の総量は大きく、東北や北海道の流域の雨の総量は比較的小さくなっています。

流域というのは人工の手が入る有史以後、われわれのご先祖は脈々と治水工事をしてきましたが、ご先祖たちはその流域に降る雨の大きさに応じて治水事業の規模を決めてきました。ですから北海の石狩川流域では一雨で200ミリ程度降っても石狩川が氾濫することはないのですが、それ以上降ると石狩川はあふれて大洪水となります。一方九州あたりでは300ミリ程度の雨では洪水氾濫はあまり起きませんが、400ミリ程度以上降ると大きな洪水災害が起きることになります(これらの数字はたとえ九州の中でも流域ごとにかなり違うことを覚えておいてください。降雨強度が極端に強いと話はまた違ってきます)。

先ほどもいいましたが洪水氾濫が起きるか起きないかはその流域に降る雨の強さとその流域の洪水に耐える川の強さとの相対的な強さで決まってきます。ですから長年九州に住んでいた人が北海道に行って雨に遭ったとき、250ミリ程度の雨だから安心だとはいえないのです。災害の観点から大雨とはその流域の洪水に耐える川の実力と比較していえるのです。

(2012年3月9日 更新)