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土砂災害

第1回  土砂災害ハザードマップで人命を守ろう

執筆者

池谷 浩
政策研究大学院大学 特任教授
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土砂災害ハザードマップとは

一般的にハザードマップ(Hazard Map)とは、危険な状況や破壊を引き起こす可能性のある現象を図に示したものをいいます。ここでは特に、土砂災害危険区域(土砂の移動に伴い災害の危険が生ずる区域)に防災情報(避難場所や避難路など)を加えたものを含めた総称として、土砂災害ハザードマップという言葉を用い説明したいと思います。

土砂災害ハザードマップの作成には、発生する土砂移動現象の危険範囲を科学的かつ定量的に評価できなければならないのです。すなわち、ある土砂移動現象について、一定レベルまでの学術的な研究が進まないと基本となる危険区域の特定ができません。土砂災害をもたらす現象は多様で、しかも発生の予知・予測が難しいため、ハザードマップの作成が困難でしたが、近年、科学的研究の進歩からハザードマップの作成が可能なレベルになり、その成果が表れるようになりました。

また、一口にハザードマップといってもいろいろな種類があります。以前は過去の災害実績を示す実績図がハザードマップとして使われていましたが、その後、自然現象の規模などの条件を与えて地形をもとに現象の到達範囲を示すマップが作られるようになり、現在では、数値シミュレーションによって予測した区域図が作られています(図1)。そしてこれらの土砂災害の危険区域を示したハザードマップに、防災情報を加えたマップも作られるようになりました。

最近では防災業務用マップ(主に行政の防災担当者用)や住民配布用マップ(住民に分かりやすく図示したもの)、観光客用マップ(日本語表記だけではなく外国語の表記を加えたもの)など、ハザードマップを活用する対象者ごとにさまざまなマップが作成されています。使用目的によって最も効果的なマップを使うことが大切です。

ハザードマップだけでは人の命は救えない -アルメロの悲劇-

1985年11月13日、南米コロンビア共和国のネバドデルルイス(Nevado del Ruiz)火山(5,389m)が噴火し、火砕流などの熱によって山頂部の雪や氷が溶けて火山泥流が発生しました。火山泥流は火山を水源とする4つの河川を流れ下ってふもとの街々を襲い、約2万5000名の死者を出す大災害となりました。特にアルメロ市では街のほとんどが壊滅的な被害を受けたため、人々は元の場所での復興を諦め、同市は別の場所に移り、かつてアルメロ市であった場所は今では聖地となっています。

いわば、たった一回の火山泥流災害で多くの人命が失われ、一つの都市がこつ然と地上から消えてしまったのです。このような痛ましい悲劇を未然に防ぐ方法はなかったのでしょうか。

災害直後にコロンビアに入った筆者らを迎えてくれたのは、国立地質鉱山研究所の研究員でした。彼はわれわれに次のような話を語ってくれました。

この悲惨な災害が発生する前に国立地質鉱山研究所は、ネバドデルルイス火山のハザードマップ(図2)を作っていたのです。国立地質鉱山研究所は単にハザードマップを作っただけではありません。1980年のアメリカのセントヘレンズ火山の災害実態から、ルイス火山でもいざという時には住民の避難が必要であると考えていました。そこで彼もハザードマップとセントヘレンズ火山災害のスライドを持って、アルメロ市を含むルイス火山山麓(さんろく)にある20の町を回り、火山災害の恐ろしさとその危険区域について住民たちに説明しました。すると多くの町の人々からは、「いつ噴火するのか?」という質問が投げかけられ、彼は「何時何分とは答えられない」と率直に答えました。「だったら避難しようがないじゃないか」「これまでも被害を受けていないのだから大丈夫だ」というのが、大方の反応だったそうです。それから1か月も経たないうちに火山泥流が発生し、避難しなかった人々は犠牲となったのです。

災害後の航空写真から火山泥流の氾濫区域を分析したところ、国立地質鉱山研究所の作ったハザードマップとほとんど同じ範囲(図3)であったことが分かりました。ハザードマップがあり、その説明もなされ、実際に予測通りの災害が発生しましたが、2万5000人の命を守ることはできなかったのです。

アルメロからの伝言「自分の命は自分で守る」

アルメロ市は約1000年前にも火山災害により死者1000名という被害を出していたといいます。国立地質鉱山研究所では、これら過去の災害の状況と現在の地形条件とを考慮して、ハザードマップを作ったとのことでした。すなわち、過去の災害履歴を生かそうとした試みもなされていたのです。

しかし現実にはハザードマップでは人の命を救うことができませんでした。
ここでアルメロからわれわれにもたらされた伝言をあらためて考えてみましょう。一般にハザードマップがあれば、また避難命令を出すことができれば、少なくとも人の命は守ることができると考えられています。しかしアルメロでは悲劇が起こってしまいました。それはなぜなのでしょうか。答えは災害の危険性のある所に住んでいる人々の心構えにあります。

すなわち、自分の命は自分で守るということ、つまり自分の住んでいる所をハザードマップで確認して、危険な状況になった時や避難情報が出されたら、それがたとえ空振りに終わろうとも安全な所に避難する、移動する勇気を持つことといえるでしょう。アルメロの悲劇を二度と繰り返さないためにも、いざという時には「逃げる勇気」を持ちたいものですね。

2011.3.11東日本大震災から考えること

3.11津波災害ではハザードマップで安全となっていた所も被災しました。そのためハザードマップは信じるなという人もいます。しかしハザードマップで示された危険区域はある条件によって設定された区域なのです。ですから、ハザードマップに示された条件より大きな自然現象が発生すると安全と思われた所でも被災するのです。

だからといって、ハザードマップをすべて信じないというのは科学的な考え方とはいえません。それは過去の実績から発生が予測される災害や今後発生が予想される規模の災害に対しては十分、その役割を果たすものだからです。

もし設定された災害より大きな現象が発生しそうな時、または発生した時には、その旨を行政が迅速に住民に伝えるシステムを作り、ハザードマップをもとに確実に避難行動をとることが防災という点では最も現実的であると考えます。

(2012年3月9日 更新)