「生きる意味も見いだせない。もうこの世からなくなってしまいたい」
コロナ禍のおととし、長年連れ添った夫を病気で亡くした女性。
1人でふさぎ込み、心身の状態も悪化していきました。
強い孤独感を和らげてくれたのは、川崎市の街なかにある"保健室"でした。
都内で1人暮らしをしている、岡本ゆりこさん(仮名)(50代)です。
長年がんの闘病をしていた夫をおととし亡くしました。
子どもはおらず、近くに住む親戚もいなかった岡本さん。
心配して連絡をくれる友人もいましたが、『泣いていると旦那さんも悲しむよ』などと慰められると、かえって心が苦しくなることもあったといいます。
孤独感から気持ちの落ち込みはひどく、精神科にも通いましたが、症状は悪化していきました。
さらにコロナ禍で人との交流が減ったことも追い打ちになり、つらい気持ちを1人で抱え込む日々が続いたといいます。
岡本ゆりこさん
「自分の半分をなくしてしまったみたいな状態になっていた。全てのことに対して怖くなってしまい、もうこの世からなくなってしまいたいな、生きてる意味も見いだせないなと思っていました」
そんな岡本さんが、いま支えにしているのが、川崎市にある「暮らしの保健室」です。
スタッフは全員、医師や看護師などの専門職が務めています。1回400円で誰でも気軽に立ち寄って、何気ない雑談から心や体の不調まで、さまざまな話をすることができます。
岡本さんもここに通って、看病中の苦労や治療法で悩んだ経験などを聞いてもらっています。
“とにかく頑張って放射線治療に行こう”って主人を連れ出して、処置をしたんですけれども、それが主人にとってプラスだったのか、ずっとずっと気になっていた。自分で自分のことを責めてしまう。
スタッフは岡本さんの話にじっくりと耳を傾けて、無理に何かを聞き出すようなことは決してありません。岡本さんは専門職の人たちがそうした話しやすい環境をつくってくれていることがありがたかったといいます。
岡本ゆりこさん
「時間をかけて、私のペースに合わせて、話したいことを話したい時に、聞いてくれる人がいる。待っててくれる人がいる。自由な安心感がありました。暮らしの保健室に行くことがお出かけをする理由になって、外出したり、人と話すのも怖くなくなっていきました」
この保健室の代表者、西智弘さんです。
川崎市の病院で、がんの緩和ケアの医師として勤務する傍ら、仲間の看護師らとともに6年前からこの取り組みを開始。ことし5月からは今の場所に新たな拠点を設け、取り組みを本格化させました。運営費は寄付や会費などでまかなっています。
「暮らしの保険室」という取り組みは、東京・新宿区を発祥に各地で行われていて、西さんも先行事例を参考にしました。
臨床の現場で重い病気の患者と日々向き合ってきた西さんが目の当たりにしてきたこと。
それは、たとえ患者の痛みを取り除いても、病気の影響で仕事を失ったり、友人や家族など人間関係が変わったりして“つながり”を絶たれると、「生きる気力」を失ってしまう患者の姿だったといいます。
一般社団法人プラスケア代表 西智弘さん
「孤独や孤立というのは、人の生きる力を奪っていくんです。自分がこの世からいなくなったとしても誰も気にしないし見向きもしてくれないとなれば、“自分はもういいや”と考えるようになる。こうした問題は『この薬を飲んでください』という話にはならないですから、病院の中だけではなかなか対応が難しい。何かできることはないかと考えました」
西さんたちの「暮らしの保険室」の特徴です。
まず、訪れる人の話に耳を傾け、心や体の不調の背景にある孤立や孤独、人間関係などの問題に目を向けます。必要があれば、サークル活動やボランティアなど、その人の個性に合った社会とのつながりをつくり回復を目指します。
こうした取り組みは「社会的処方」と呼ばれていて、国が掲げる孤独や孤立への対策にも盛り込まれるなど、いま注目されています。
西さんたちは、夫を亡くした岡本さんには、グリーフケアの集まりを紹介しました。
岡本さんはこの集まりに2年近く通い、同じ境遇の人たちに心境を打ち明ける中で、少しずつ心が軽くなり、体調も回復していったといいます。
岡本ゆりこさん
「自分は1人じゃないんだなあ、みんな同じ思いを抱えているんなだなあと、孤独を感じることが少しずつ減っていったかなという感じです。最近大切な人を亡くし、どうしたらいいかわからないという方に『私もそうだったよ、 今はこうやって笑って話すことができているよ』と伝えることもできました。自分の居場所ができたと感じました」
西さんたちは今、地域の中に“つながり先”を増やす取り組みも行っています。
この日、訪れたのは、近くにあるアトリエです。
活動内容を聞き取ると、ワークショップを行っていることや、イベントなどにも出店していることを教えてくれました。
西さんは、このアトリエを“暮らしの保健室”を訪れる人たちにも紹介したいと伝えました。
アートとつながった方が自分が表現したいことができるんじゃないかなっていうケースがあれば、ぜひつながせていただきたい。
アートというのは癒しがあると思うので、自己表現ができたりとか、もしかしたら医療の手助けにもなる気がしています。
読書会やスポーツチームなど、西さんたちが訪ねた地域の活動は、これまでにおよそ20件にのぼります。孤独感をやわらげ、人を元気にするつながりの輪が地域に広がりつつあります。
西智弘さん
「私たちは“あなたのことを見ています”という場所を作っています。この町で自分は決してひとりぼっちじゃない。見てくれる人が周りにいるんだと気づけることが、本人の生きる力を取り戻していくことにつながります。1人で苦しまなくてもいい社会になったらいいなと思っています」
「暮らしの保健室」という取り組みは各地で行われていますが、川崎市の“保健室”は医師である西さんや看護師などの専門職がかわるがわる常駐し、「社会的処方」を行うのが大きな特徴です。
開催場所は曜日によって変わり、詳しくはホームページに掲載されています。
https://www.kosugipluscare.com/
西さんは「予約なしで誰でも利用できます。コーヒーを飲むだけでも雑談でも構わないので気軽に立ち寄ってほしい」と話しています。