去年、神奈川県横須賀市にあるアメリカ海軍の基地の排水から、有害性が指摘されている有機フッ素化合物=PFASの一種が国の指針値を超えて検出され、海に流出していた可能性があることが発覚しました。
基地周辺は漁場になっていて海産物への影響を心配する声もあがっています。
今回、NHKでは漁業者と研究者と共同で、基地周辺の海産物などのPFASを独自に調べました。
PFASについてはこちらをご覧ください。
横浜放送局 古市悠記者
去年6月、横須賀市にあるアメリカ海軍横須賀基地の排水から、有機フッ素化合物=PFASの一種で、有害性が指摘され、製造や使用が禁止されている、PFOSとPFOAが、国の指針値を超えて検出されました。
発覚したのはアメリカ側の通報からでした。
(国の指針値:PFOSとPFOAの合計で1リットルあたり50ナノグラム)
検出された場所は基地の排水が集まる排水処理施設です。
排水は海に放出されるため、PFOSやPFOAも海に流出した可能性があるということです。
その後も指針値を上回る値で検出が続き、去年9月には最大で指針値の258倍の値が検出されました。
在日アメリカ海軍の指令官が横須賀市に謝罪する事態となり、アメリカ側は去年11月、PFASを吸着する効果があるフィルターを設置しました。
これまでのところフィルターを通った排水から、指針値を超える値が検出されたという報告はありません。
しかし、フィルターを通る前の排水からは国の指針値を上回る値が続いています。
排水に漏れ出た原因や漏れ出た期間について、アメリカ側は究明中としています。
基地周辺は漁場になっています。
PFOSやPFOAが海に流出した場合、懸念されるのが海産物への影響です。
横須賀市は去年9月から毎月、基地周辺の海水を採取しPFOSとPFOAの濃度を調べていて、これまでのところ国の指針値を超える値は確認されていません。
小松原和弘さんは親子3代にわたり、基地周辺で潜水漁を営んでいます。
採るのは海底に生息するミル貝やナマコなどです。
進入が禁止されている基地から50ヤード(約46メートル)のすぐ外で漁をすることもあります。
小松原さんは海水だけでなく、海底の砂泥や海産物そのものを調べないと安心できないと言います。
5年、10年、15年たったときに知らないで食べていた人にどんな影響が出てくるのかわからないじゃないですか。わからないのが一番いけないと思うよ。
NHKは海底の砂泥や海産物のPFASを、京都大学の原田浩二准教授と共同で調べることにしました。
調査したのは基地周辺の3か所です。
基地の排水処理施設から▽北におよそ700メートル離れた地点(地点1)。
▽北東におよそ700メートル離れた地点(地点2)。
▽北東におよそ100メートル離れた地点(地点3)です。
ことし3月、各地点で小松原さんに海水と海底の砂泥、さらにミル貝やナマコなどの海産物を採ってもらい、原田准教授の指示された方法で京都大学に郵送し、PFASの濃度を計測してもらいました。
ことし4月、分析の途中結果が出ました。
海水については3地点いずれもPFOSとPFOAの合計で、1リットルあたり3ナノグラム前後と横須賀市の調査と同様、国の指針値を超える値は検出されませんでした。
海水(ng/L) |
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|
PFOS | PFOA | PFOS+PFOA |
地点1 |
0.45 | 2.50 | 2.95 |
地点2 |
0.63 | 2.41 | 3.04 |
地点3 |
0.61 | 2.75 | 3.36 |
横須賀市調査※ |
1.9 | ||
※地点1~3に最も近い地点のことし3月のデータ |
海底の砂泥については最も高い地点でPFOSは1キログラムあたり557.9ナノグラム、PFOAは1キログラムあたり250.4ナノグラムでした。
砂泥のPFASについて国の基準値や指針値はないため、環境省が毎年度、全国の河口や港などで行っている化学物質環境実態調査と比較します。
環境省の直近の調査(2020年)では、PFOSが平均で40ナノグラム、PFOAが平均で21ナノグラム、最も高い地点でPFOSが1キログラムあたり450ナノグラム、PFOAが1キログラムあたり190ナノグラムでした。
基地周辺ではPFOS、PFOAとも濃度が高い傾向があることがわかりました。
海底の砂泥(ng/kg) |
|||
|
PFOS |
PFOA |
PFOS+PFOA |
地点1 |
557.9 |
215.3 |
773.2 |
地点2 |
343.0 |
250.4 |
593.4 |
地点3 |
173.6 |
72.8 |
246.4 |
※環境省調査平均 |
40 |
21 |
|
※環境省調査最大 |
450 |
190 |
|
※2020年度環境省化学物質環境実態調査の底質のPFOSとPFOA濃度 |
そして海産物についてです。
海産物などの食品についても国の基準値などはまだなく、砂泥と同様に環境省の化学物質環境実態調査の結果と比較しました。
今回の調査でナマコのこのわたやくちこなどから、一定量のPFOSやPFOAが検出されましたが、原田准教授によりますと、環境省の調査と比べても特段高い値ではなく、今回の結果に限っていうと食べても問題ないということです。
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ナマコ(ng/kg) |
ミル貝(ng/kg) |
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このわた※1 |
くちこ※1 |
身※2 |
身※2 |
||||
PFOS |
PFOA |
PFOS |
PFOA |
PFOS |
PFOA |
PFOS |
PFOA |
|
地点1 |
21.56 |
38.08 |
未分析 |
未分析 |
5.80 |
14.16 |
※3 |
9.56 |
地点2 |
採取できず |
※3 |
9.24 |
|||||
地点3 |
12.13 |
20.73 |
17.57 |
72.18 |
※3 |
7.94 |
採取できず |
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※1:1個体を分析 ※2:複数個体の平均値 ※3:定量限界値未満 |
2020年度環境省化学物質環境実態調査 |
||||
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貝類(ng/kg)※ |
魚類(ng/kg)※ |
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|
PFOS |
PFOA |
PFOS |
PFOA |
平均値 |
16 |
6 |
76 |
定量限界値未満 |
最大値 |
130 |
14 |
3000 |
45 |
※貝類は3個体の平均値、魚類は18個体の平均値 |
京都大学 原田浩二准教授
砂泥にはほかにも様々な動物がいて、さらにそれを餌にする魚がいるという流れで、ほかの生物にPFASが濃縮されることはあり得ることなので、砂泥から高い値のPFASが検出された以上は調査を充実させる必要がある。
私たちは水だけでなく食品からもPFASを摂取しているが、食品についてはまだまだ調査はされていない。食品も含めた生活全体の中でPFASをとらえるべきで、行政が調査を行っていくべきだ。
さらに原田准教授は一部のナマコのくちこから検出された「6:2FTS」というPFASの一種に注目しました。
6:2FTSは製造や使用が禁止されたPFOSの代わりに、泡消火剤に使われるようなったとされる物質です。
原田准教授は泡消火剤の成分が基地から海に流出していることを示すものの1つとなるのではないかと指摘しています。
分析結果を小松原さんに伝えました。
ミル貝やナマコから高い値のPFASが検出されなかったことに安心しつつも、国や行政が責任を持って調査をして欲しいと言います。
小松原和弘さん
結果を見て少し安心しましたが、今後も経過をみることは必要だと思います。私たちは海を守っていきたいというだけです。国も行政もちゃんと調査してもらって、安全であればそれを訴えてもらいたいです。
ことし3月、私はPFAS汚染が深刻な問題となっているアメリカ・ミシガン州とメーン州を取材しました。2つの州では食用の魚についてPFASのガイドラインを設けていました。ミシガン州では、州政府が川や湖に生息する魚のPFASを定期的に調べて、1か月あたりどの魚をどのくらいの量食べても健康上問題ないのか、地域ごとにガイドラインを作って公表しています。
日本では政府の食品安全委員会で検討が始まったばかりです。
私たちが行った調査は調査地点や個体数は少なく、分析結果を科学的に評価することはできません。しかし、PFASは自然に分解されることはほとんどないので、海の底の砂泥から検出されたPFASの値をどう評価するのか、海産物に本当に影響はないのか、原田准教授が指摘したように、調査をさらに充実させる必要があると思います。