地域にいる「外部コーチ」を招き入れることで、全国中学校サッカー大会ベスト16の輝かしい実績と教員の働き方改革を両立している公立中学校が神奈川県藤沢市にあります。
「強さのは秘けつは?」「生徒と外部コーチの関係は?」
疑問に思い、現場を取材しました。
(横浜放送局 カメラマン 鳥越佑馬)
神奈川県藤沢市は湘南エリアで最も多い44万人余り(2023年3月1日時点)が暮らしています。
JR藤沢駅からほど近いところに中学サッカーの強豪校として知られる市立鵠沼(くげぬま)中学校があります。
2022年の「全国中学校サッカー大会」でベスト16入りを果たしました。
サッカー部は、入学後に競技を始める部員など、初心者の入部も少なくない一般的な公立の中学校の部活動です。
近年、関東大会や全国大会に出場するなどめざましい成果を上げています。
1年生から3年生までの生徒はあわせて872人と藤沢市内で一番多い中学校ですが、グラウンドは狭く、野球部や陸上部などほかの部活動と共用です。
ほかの部活動との兼ね合いもあり、練習中にゴールを移動させることもしばしばです。
練習環境に制約がありますが、2016年度に神奈川県大会を制して以降、これまでに全国大会への出場を3度果たすなど輝かしい実績を上げているほか、「日本高校サッカー選抜」に選ばれた鵠沼中出身の選手もいます。
<主な成績>
2016年度・・・神奈川県大会初優勝
2017年度・・・全国大会ベスト16
2019年度・・・全国大会出場
2022年度・・・全国大会ベスト16
取材した3月下旬の平日の午後、1年生と2年生あわせておよそ40人の部員が練習していました。
指導していたのは、サッカー部の3人の顧問ではなく、5人の外部コーチでした。
顧問は学校の教諭で、この日は新年度に向けた会議のため、練習の冒頭は不在でした。
なぜ外部コーチがいるのか?
中村京平監督によると、顧問が多忙のため、かつては選手だけでグラウンドに立ち、練習することが少なくありませんでした。
そこで中村監督は、教員だけでは補いきれない部分をカバーする存在として12年前から外部コーチを招くことにしました。
中村監督(保健体育教諭)
「教職員は会議やいろんな学校のことがあってグラウンドに立てない日があるのが現状ですが、私としては、グラウンドで選手だけでトレーニングするのはできるだけなくしていきたいという思いで、外部コーチをお願いするようになりました。教員だけでは補いきれない部分や私たちと選手との間に若いコーチが入ってくれることで、私たちには言えないことや悩みとか、いろんな部分をフォローしてくれる」
中村監督
「若い学生のコーチが、生徒と接していく中で『こういうふうに考えていたんだ』『こういうことを思っていたんだ』ということを聞いて、こちらに共有してくれることは、すごくメリットだと思います。少人数の目で見るよりも、多い人数の目で選手を見ていくということは、1つの価値観にとらわれずにやる上で、すごく大事なことだと思います」
コーチは、ふだんはそれぞれ大学生や自営業、サッカースクールのコーチなどの本業があります。
そのかたわら、平日の夕方や休日に生徒の指導をしたり試合の引率をサポートしたりしています。
6人の外部コーチは、部活動外部指導者として藤沢市や学校に登録されていますが、賃金は支払われないボランティアです。
(2023年3月現在 外部コーチは合計6人)
サッカー部は、1年生から3年生まで多いときには90人近い部員が在籍します。
3人の顧問と6人の外部コーチの合わせて9人の指導者がいることで、基礎から実戦形式まで、それぞれの競技レベルにあわせて、きめ細やかな練習ができるということです。
週末には3つのチームに分かれて練習試合を組むなど、それぞれの生徒がサッカーを楽しみながら、技術的にも人間的にも成長していくのがチームの指導方針です。
きめ細やかな練習の1つとして、生徒から好評なのがポジション別の指導です。
中村監督は、公立の部活動ながらフォワードやディフェンスに加え、ゴールキーパーなどポジション別の多彩な指導を行うことができるのは、外部コーチ6人を含む9人の指導者がいることの強みだとしています。
外部コーチは年も近い人たちが多くて、何でも話せます。自主練でもひとりひとりに向き合ってくれます。本当にサッカーにのめり込める環境になっています。指導者が多いので1人の意見だけではなく、いろんな意見、いろんな評価をしてもらえるのがうれしいです。
キーパーを本格的に始めたのは中学校に入ってからで、初めは簡単なゴロも止められませんでした。キーパーコーチは、すごい細かな動き、例えばキーパーの手の動きであったり、ダイビングセーブのやり方であったり、細かい技術を指導してくれます。おかげで少しずつ失点を防げるようになりました。
全国的に外部の指導者のなり手が不足しているとされるなか、なぜ外部コーチを引き受けるのか?
2人のコーチに理由を聞いたところ、指導者としての成長とやりがいにつながることだと教えてくれました。
来年から神奈川県内の小学校の教員になりますが、教育実習は授業がメインで、生徒と深く関わることは難しいです。しかし、部活のコーチとして日々接するなかで、子どもへの関わり方、たとえば、声かけ一つとっても、アプローチの仕方一つとっても、この子にはこうしたほうがいいとか、逆にこうすべきかなっていうのを学ぶことができる。ものすごくメリットだと思います。
高校で引退したあともサッカーにずっと携わっていきたいなと思い、コーチの道を選びました。ことしで8年目ですが、ずっとチームの中での役割を与えてもらい、ポジション別の経験もさせてもらいました。弱かった時期もありましたが、自分自身が人間としても、子どもたちと一緒に成長できました。来年からは横浜のクラブチームで指導を行うので、ここでの経験を生かしたいです。
私自身が、大事にしていることは、指導してくれる外部コーチを大事にすること。特に気持ちの部分で、甘えてしまったり、当たり前になったりしないように「助かっているよ、感謝しているよ」というのをできるだけ伝えています。
将来、教員やコーチになる外部コーチもいるので、役割を与えて、自覚ややりがいを持ってやってもらっています。
ただお手伝いで来るんだったら、続かないかなと思うので、コーチたちにチームやトレーニングを任せています。
コーチたちにもいろんなパーソナリティを持った人たちがいるので、生徒に合わせて適材適所でやってもらえるように心がけています。
サッカー部の練習は週5日です。
中村監督によりますと、平日と土日を含め週2日の休みを取るようにしていますが、天候や大会などで思うように休みを取れないときもあるということです。
また、顧問は、学校の授業や行事など教員としての仕事をしながら、生徒の指導や大会の引率、審判など多岐にわたる部活動の仕事も抱えています。
中村監督は、常に複数の外部コーチがいることで、3人の顧問の教諭が休みを取りやすくなるなど働き方改革にもつながっていると実感しています。
中村監督
「私自身、子どもが2人いますが、正直、若いころは学校の仕事やサッカーの指導が中心でした。以前、娘に『普通のお父さんが良かった』と言われたこともあります。今は外部コーチのおかげで、子供の学校行事にも参加することができています。
家庭のあるほかの教員もいますし、いろんな部分でどうしても部活動に参加できないときもあります。また、部員が多く、複数の場所で活動することも多いので、外部コーチが多い分、助けてもらっています。
顧問も『休日の午前中に参加したら、じゃあ午後は休もう』『午前中に休んだ人は午後に参加しよう』というように、余暇を作れるようになりました。気持ちがフレッシュな状態で生徒に向かい合えるようになって、お互いメリットがあるのではないかと感じています」
学校の部活動をめぐっては「地域移行」という言葉を最近よく耳にしませんか?
公立中学校の休日の部活動を学校の先生ではなく、地域のスポーツクラブなどが担う取り組みです。
部活動と長時間労働の是正など教員の働き方改革を両立させる狙いで、国は新年度から地域の実情に合わせ、可能な限り早く実現する方針を打ち出しています。
一方で、「指導員の確保」「予算の捻出」などが課題だと指摘されています。
鵠沼中学校のケースでは、外部コーチがそれぞれ役割を与えられ、自らの成長とやりがいを感じながら指導にあたっていて、無報酬であっても指導者の確保につながっているのだと感じました。
部活動の地域移行には課題が多くあると指摘されていますが、鵠沼中のケースが何かヒントになるかもしれません。
引き続き取材を進めていきたいと思います。