おととし、まだ上手におしゃべりできない息子が、園に行くのを嫌がるようになりました。園に何度も問い合わせ市に訴えても、何が起きたかわからないままでした。訴え始めてから1年半。横浜市はようやく、この施設で「不適切保育があった」と認定しました。保護者はいまでも、自分の子どもに何が起きたのか事実を知りたいと訴えています。
保護者が子どもを通わせていたのは、横浜市内にある認定こども園です。おととし8月、保育士の1人が、園児に不適切な保育を行っていたとして、横浜市から行政指導を受けました。
行政指導のきっかけとなったのは、不適切保育の様子を映した1本の動画でした。そこには、泣きじゃくる、1人の子どもの姿が映っていました。1人の保育士が、その子どもの左肩をつかみ、自分の方を向けようとしました。
ほかの子どもたちが集まり見つめる中、保育士は泣きじゃくる子どもに、「誰が悪いの?」「悪い子だあれ?」などと言いながら顎や顔を手でつかみ、繰り返し自分の方に向けようとしていました。
最初の通報はおととし10月。市に、この園で保育士の1人が、園児を虐待している疑いがあるという通報が、複数の保護者から寄せられました。
市は調査を行い、翌11月、人員配置などを改善するよう園に指導しました。ただ、不適切保育については認定まではできず「疑いがある」として懸案事項として園に伝えていました。
さらにおととし12月、市は不適切保育の様子が映し出された動画とその内容を確認。しかし、それでも不適切保育を改善するための行政指導は行いませんでした。
当時、園の中で虐待を目撃したという保育士2人がNHKの取材に応じました。
遊びの時間に、子どもの大きな泣き声が聞こえたので目を向けると、その保育士が、遊び半分なのか足首をつかんで子どもを逆さづりにして、「見てみて」と言いながら私の方に来ました。子どもは普通の泣き声とかではなくて「きゃー」っていう叫び声をあげて泣いていて、すぐに助けに行きました
怒るときに頬をぐいっとつかんで、強めにこっちを向かせようとしたり、違う方を見ている子どもの腕をパンって叩いて、子どもはすごく泣いて、ママ、ママって叫んでいる状態でした。子ども達は、その人が入ってくるとピリッとしてほかの先生の陰に隠れたり、泣きだしたり、その先生が見えるだけで怖い怖いとおびえたりしていて、給食中に入ってくると吐いてしまう子もいました
保育士の1人が上司に報告し、加害行為を行ったという保育士は、事務職に配置換えされました。しかしその後も、保育現場に顔を出しては、不適切な行為を繰り返したと言います。やむなく、保育士は市に訴えました。しかし市でも、対応が十分に行われとは感じなかったと言います。
話せば市の人が助けてくれると思ったのですが、市は今指導しているからというばかりで、何を指導されているかも私たちには分からなかったし、何か変わったかというと、何も変わらなかったです
一方、こうした園や市の対応は、当時、子どもを通わせていた保護者にも、強い不安を感じさせていました。
当時、子どもを通わせていた父親は、おととしの秋ごろに、子どもが登園を嫌がるようになったと言います。様子がおかしいと感じたため、何があったのか、さまざまな関係者に確認したところ、保育士の1人が自分の子どもを激しく叱ったり、逆さづりにしたりしていたという情報が寄せられました。
最初は100%信頼があって子どもを預けているわけですから、思いもよらぬところでそういった話が出てきて、そこにさらされる親の気持ちというのは、不安以外のなにものでもないです
子どもに何が起きたのか知りたい。父親が園に説明を求め、保護者向けの説明会が開かれましたが、逆さづりについては遊びの一環だったと説明されました。さらに、加害行為をした保育士は、休職中で聞き取りができないと言われました。園内に設置された監視カメラの映像を確認するよう求めましたが、保存期間が過ぎてしまい確認できないと説明を受けたといいます。このため、父親も市に何度も働きかけましたが結局事実は分からないままでした。父親はやむなく、子どもを転園させることにしました。
公共の保育として横浜市を経由して預けているわけで、安全が担保されてしかるべきだと思います。保育園が預けたら最後、本当に密室になっていて、今回のようにことが起きてもう2年目ですけれども、そこに至ってもきちんと説明がついていないし 調べがついていないっていうこと自体、やっぱり、根本的な問題があると思います
虐待の通報からおよそ1年4ヶ月後のことし2月。横浜市はおととしに市の担当者が確認したのと同じ不適切保育の様子を映した動画の内容を確認しました。市は今回は不適切保育を認定。園に改善を求める行政指導を行いました。また、過去のほかの不適切保育についても、事実確認を行うよう指導しました。
行政指導を受けた園はNHKの取材に対し、「市の指導に応じて今後、改善していきたい。保育士はすでに辞めている。不適切保育の内容など詳しくは、市から保育士への聞き取りが終わってからお話したい」と話しています。
なぜ、最初に動画を確認してから不適切保育の行政指導までに1年以上かかったのか。横浜市は、おととしの時点で行為の様子を動画で把握しながら、部局内で十分にその内容が共有されなかったなど、初動の対応で足りない部分があったとしています。
こういう案件でしたらやはりもっと上の方まで報告すべきだったと考えています。動画を見ていましたので、見た時点で『あったという疑い』ではなくて『不適切行為があった』ということで強い文書指導に移るべきだったと、いま振り返れば反省点だと思っています
市では4月に、市内の保育施設で不適切保育や虐待が疑われる行為があった際、保護者などの相談に迅速に対応する専用窓口を設置する方針です。専用窓口の運営には、市の職員だけでなく法律や子どもの人権に詳しい専門家などの第三者にも関わってもらう予定だとしています。
また、市では不適切保育の疑いがあった際、適切に対応するため、通報を受けてからどのような手続きを踏んでいくかといった事案ごとの対応方法や、どのレベルまで情報を伝達し組織としての意思決定をはかるかという部局内での情報共有の方法についても、新たな基準を設ける方針です。
何とか園を改善したいと思ってくださった方からも信頼を損ねてしまったことがあるかもしれません。そういった声は真摯に受け止めて、今後こういったことが二度とないように、市としてもしっかりと新しい取り組みを含め、改善していきたい
一方、横浜市の山中竹春市長も、3月8日に開かれた記者会見で、不適切保育をめぐる市の対応について陳謝しました。
「当事者であるお子様、そして保護者の方にこの間適切な対応ができなかったことを大変申し訳なく思っています。先月(2月)所管局から本件について報告を受けました。その際に今後、同様のことを繰り返さないよう、今後の対応方法について早急に対応するよう、厳しく指導しました。昨日、不適切保育が疑われる行為に対する専用の窓口相談を4月1日に設置することを公表しました。今後、相談や通報を受けたあと、窓口の設置は手段ですから、窓口を設置したうえで、速やかに対応方法の手順や情報共有のルールに関するマニュアルづくりを進めたいと思います。」
その後、市の調査で、この認定こども園では、保育士が食事を完食させるため、子どもの口に強制的に食べ物を押し込むなどの不適切な保育をしていたことが新たに分かりました。行政指導後も十分な改善が見られなかったとして、市が3月14日から特別指導監査を行い、施設の関係者の聞き取り調査などを進めました。その結果、保育士が食事を完食させるため、子どもの口に強制的に食べ物を押し込んだり、子どもをさかさづりに近い形で持ち上げたりするなど、不適切な保育にあたる13の行為があったことが新たに分かりました。市が認定したのは保育士による次のような行為です。
①午後の睡眠時間に、寝られない子どもや目が覚めてしまった子どもに布団から出ないよう言葉で強要する。寝られないことを責める言葉がけをする。
②午後の睡眠の時間に、寝られない子どもを押さえつけるなど、無理やり寝かせようとする。
③食事を完食させるため強制的に口に押し込む。完食することを強要する。
④言うことを聞かないなど、思い通りの行動をとらない子どもに、〇〇になるよなどの脅迫的な言葉がけをする。または強い口調で注意する。
⑤思い通りの行動をとらない子どもを、別室に連れて行き叱責したり、暗い部屋に閉じ込めたりする。
⑥ほかの子どもたちがいる前で叱責する。
⑦子どもの注意を強制的に引き付ける。または威嚇する意図をもって、壁を強く叩く。
⑧子どもの足を掴み、逆さづりに近いような形で持ち上げる。
⑨子どもの手や襟元を引っ張って引きずる。
⑩子どもに注意をする際に子どもの顎を掴み、または子どもの顔に手をあて子どもの意思に反して顔を自分のほうに何度も向けさせる。
⑪子どもを寝かしつける際に、腹部を優しくトントンすべきところをその力加減が強い。
⑫子どもに対して、強い調子で注意や叱責を行う。
⑬子どもの年齢に応じた保育が徹底されていない。遊びの選択などが、子どもの年齢や発達に応じたものになっていない。
市は5月16日、認定こども園に対し、再発防止などを求める改善勧告を行いました。また施設に対して外部人材の登用など、現在の執行体制の見直しを行うよう勧告しました。今後、勧告に従わなかった場合は改善命令や事業停止命令などの措置をとる場合があるとしています。
全国で相次いで確認された不適切な保育。保育施設の中で虐待を疑わせる行為があっても、行政による事実確認や行政指導が迅速に行われない状況があることが分かりました。取材した保護者の中には、子どもに何が起きたのかは分からないが、園に通わせていたときに子どもがパニックを起こすようになり、いまでもその影響が続いていると訴える人もいました。保育士たちの多くは、子どもたちに愛情をもって接し保育を通じて、働く保護者たちに安心感を与え、社会を支えていると思います。それでももしわが子に不適切保育や虐待の疑い行為があるのではと不安を感じたとき、親はどうすれば良いのか?まだうまくことばを話せない子どもたちの安全を守るための仕組みを、行政を含め社会全体で作っていく必要があると強く感じました。