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山田洋次監督(91)新作映画「こんにちは、母さん」で描く 幸せとはなにか

  • 2023年7月28日

吉永小百合さんや大泉洋さんが出演する映画「こんにちは、母さん」が9月1日から公開されます。映画「男はつらいよ」「幸福の黄色いハンカチ」などで知られる山田洋次監督(91歳)がメガホンをとりました。山田さんにとって90本目となる監督作。悩みが多い現代社会で、人の幸せとはなにかを問う作品となっています。

映画の撮影中には、「意欲はあっても体がついていけない。クランクアップの日まで無事に過ごすんだと、悲壮な気持ち」とスタッフに語ることもあった山田さん。老いと向き合い、体力の限界に挑みながら、製作に打ち込む原動力とは…

(聞き手:アナウンサー 合原明子、取材:首都圏局ディレクター 山根拓樹)

“大事なのは人間を描くこと”

映画「こんにちは、母さん」は、現代の東京・下町に生きる家族が織りなす人間模様を描いた作品です。

大企業で人事部長を務める神崎昭夫(大泉洋さん)は、社員を辞めさせるリストラを任され、常に神経をすり減らしています。さらに家では妻との離婚問題や、家出した娘との関係に悩んでいます。

ある日、昭夫は母・福江(吉永小百合さん)が暮らす実家を訪れ、母の様子が変化していることに気付きます。いつもかっぽう着を着ていた母は華やかなファッションに身を包み、恋愛もしている様子。

昭夫は、実家にも自分の居場所がなくなったと戸惑いますが、下町の住民や、これまでとは違う“母”と新たに出会い、見失っていたことに気付かされていくというストーリーです。

映画の中では葛藤する登場人物たちの心情が丹念に描かれます。

たとえば母の恋を受け止められずにいる昭夫が、布団でもがくシーン。そのはずみでハンガーラックからコートが落ちるタイミングや場所に、山田さんはこだわります。何度も撮り直し、ようやくOKを出しました。

山田洋次監督
「あの場面は、苦しみしかないなと僕も思ったね。おふくろが恋をして、再婚するかもしれないときに、息子は何を思うかってことだよね。

おやじが生きていればちょっと問題あるけど、おやじはとっくに死んじゃっていないんだから、お母さんは、本当に好きな人と愛し合って、結婚して一緒に暮らしたいという行動も自由だよな。だけど息子は素直に受け入れられない。 

何でなのか、僕もうまく説明できない。だから結局あそこはひっくり返って身もだえするしかない。彼は『おふくろ、そんなことやめろ』って言うべきじゃないっていう理性は持ってるんだよな。だけど喜んで『2人が一緒になればいい』なんて絶対言えない。そういう矛盾を抱えているわけだろ。それが芝居ってもんだね」

苦しみながらも生きる人間を丁寧に描くことは、映画製作において、特に力を入れていることの1つです。

山田監督
「大事なことは、人間を描くことなんだよ。それぞれの人間が、みんな、それぞれの場面で苦しみながら生きてるんだっていうこと。

それを観客が『本当にそういうことってあるな』『おれも体験したことあるな』『私もちょっと他人ごとじゃないわね』って身につまされるときにね、涙が出てきたり、あるいは逆にくすりと笑ったりする。 

それはね、観客が感じることなんで。そういう人間を正確にきちんと描くってことを一生懸命努力すれば、必ずそういう結果が生まれるということじゃないかな。

そういう事はね、計算してできるものじゃないですよ。ここで観客がくすりと笑うように、こういう芝居をしようなんてことは全く考えないね」

息苦しい世の中 “幸せ”とはなにか

今を生きる私たちにとって、幸せとはなにかを考えさせられるシーンもありました。

必死に努力して大企業に就職した昭夫。ところが任された仕事は、誰をリストラするか、それをどうやって本人に伝えるかといった、人に憎まれる内容でした。

そんな昭夫が、近所のせんべい屋が焼いたせんべいを食べながら、「こういったものは人間を慰めるためにあるんだな、腹の足しというか心の足し。人間を慰めるためにあるんだ。こういう仕事に就けばよかった。こういう仕事は裏切らないからな」と語り、目に涙をにじませます。

合原明子アナウンサー
「せんべいを焼く人の仕事は必ず誰かを喜ばせていると、昭夫はそのことに気付いて思わず自分の仕事と比べて感情がこみ上げるというシーンだと思います。何気ないシーンから、人にとって、幸せに生きるってどういうことなんだろうと、考えさせられました」

山田監督
「おせんべいって非常に分かりやすいよね。買った人が『うまいうまい』って食べる、そのために一生懸命作ってんだから。 

昭夫が苦しんでいるリストラの問題は、せんべいを焼く仕事とはずいぶん違うわな。近代社会だからいろんな複雑な問題がいっぱいあるから、そういう仕事と誠実に立ち向かわなきゃいけないんだけれど。

俺もこんな仕事すればよかったなっていう、あのときの大泉洋君の言い方の悲しさっていうかな。言ってみただけで、できるわけないんだよな。子どものころなんかは、むしろ『せんべい屋なんて』ってバカにしてるわけだろ。あの言葉は自分を批判してる言葉であるわけだな。 

下町の仕事から抜け出そうと思って、昭夫はいい大学を出て、いい会社に入った。そしていま、『俺は本当に人のためになる仕事をしているのだろうか』と悩んでいる」

合原アナ
「今の社会は、『人を喜ばせているのだろうか』『幸せって何だろう』、そういうふうに思っている方は結構いるかもしれませんね」

山田監督
「それは、いっぱいいるんじゃないかな。悩む人は、人間らしい感情の持ち主だと思いますよ。でも問題はね、そういうことに何も悩まずに、どんどんどんどん仕事を遂行している非人間的な人が世の中にいっぱいいるってこともあるわけ。そういう人のほうが出世したりするわけだよね。それが、いまの時代の悲劇ですね」

合原アナ
「そう考えると、悩むことは決して悪いことでもない?」

山田監督
「もちろんそう思いますよ。悩む人は正しいと思いますね」

合原アナ
「今の時代は、コロナがあってリモートワークなどが普及して、人と関係を結びやすいといえば結びやすいけれど、本当の意味でつながりが感じにくい世の中になっていると思うんですね。 

そういう社会の中で生きていくことに、息苦しさを感じる瞬間があるという方も少なくないと思うのですが、山田さんは今の社会をどのようにとらえていますか?」

山田監督
「息苦しいのが普通じゃないでしょうかね。就職できなかったらどうすればいいんだろう。子どもが生まれても、ちゃんと育てられるだろうか。体の弱い人は病気になったらどうしよう。僕は老人だけど、『この先体がきかなくなくなったら、どうしたらいいんだろう』と考えている。そういう不安だらけなんじゃないかな。 

そういう世の中で悩みながら生きていて、一緒に仕事している仲間でもいい、近所の人でもいい、家族同士でもいい、ふと人間らしい感情でお互いに笑っちゃったりする瞬間がある。この人と一緒にいるのは楽しいなと思う瞬間がある。そういう瞬間をたくさん持てるような生活が、人間的な生活ということなんじゃないかな。 

今回の映画でいえば、昭夫が『この家にいようと思っているから、おふくろ頼むよ』と言ったら、福江が張り切った顔をして、『私もうかうかしてられないね。頑張んなきゃいけないね』 ってうれしそうに言った。

年老いたおふくろのちょっと張り切った顔を見て、昭夫はふとおかしくなった。それはやっぱり幸福な瞬間ですよね。彼におけるね」

“観客の期待に応えることが 僕の使命”

91歳の山田さんにとって、50日近くにわたった映画の撮影は老いと向き合う日々でした。長時間の撮影や、屋外でのロケは体に大きな負担がかかります。山田さんがせき込み、撮影が中断する場面も。

「意欲はあっても体がついていけない。クランクアップの日まで無事に過ごすんだと、悲壮な気持ちでいます」と、山田さんがスタッフに不安を打ち明けることもありました。

それでも一切の妥協を許しませんでした。初日に撮影したシーンがどうしても納得できず、後日、俳優に撮り直しを頼むこともありました。

体力の限界に挑みながら映画の製作に打ち込む原動力は、どこから湧いてくるのでしょうか。

山田監督
「今から50年近く前、寅さん(映画「男はつらいよ」)を作ってるころ、お客さんはわいわい言いながら、みんな通路に座ってました。両側の壁のところにびっしり人がいて、うわ、うわって笑う、やじが飛ぶ。非常に騒々しいにぎやかな映画館だったけれども。 

それを見て、僕はこの人たちの期待に応えなきゃいけない、面白いぞ!って言われる映画を作んなきゃいけない。それは僕の使命だなって思ったんですね。

面白いって、ただケタケタ笑ったというだけじゃなくていろいろあるよ。例えば感動する、思わず涙が出たりすることを含めて楽しむってことはあるわけでしょ。お客さんは、そういうものを求めて映画を見に来てくれるだろうし、僕たちがそれに応えるべく、映画を作るわけさ」

山田さんが映画に向き合う姿勢は、映画「男はつらいよ」で主役を務めた“寅さん”こと渥美清さんが生前に語っていた、役者の仕事と重なる部分があるといいます。

山田監督
「その昔、渥美清さんは浅草の舞台で芝居をしていた人なんだけど、彼が言うには観客はみんな、手を伸ばして握手を求めているっていうんだね。 

『俺たち役者の仕事はね、そのひとりひとりと握手を交わしていくことなんだよ』という。つまり芝居をするとはそういうことなんだよ。握手を返す、その手の温もりが伝わったときにみんな満足する。そういう意味で俺たちの芝居がある。喜劇ですからね、みんな、うわーっと笑って喜ぶ、拍手喝采する。

僕の映画もそうだといつも思っている。みんなが、『こんなものを見たいんだよ』って言っている。それはこんなものであるはずですよと言って、僕が提供する、そういう関係がうまく重なったときに、とっても楽しい映画が出来るのね。 

それはとても難しいことでね。そう簡単に出来るもんじゃないし、逆に言えば、時々失敗したりなんかして。 失敗した映画もたくさんありますよ。あそこで、なんであんな撮り方しちゃったのかなって撮り終えてから分かるね」

合原アナ
「今回の映画を拝見して、希望とか夢とか活力を皆さん求めているのかな、映画にその力はあると私は感じた部分もあったんですが、その点はいかがですか」 

山田監督
「そういう映画ができれば理想的じゃないですか。人間的な気持ちになるということだな、一言で言えばね。優しい気持ちになる、なんか温かい気分になる。映画を見終わって、生きてるって、そんなに悪いことじゃないなと、ふと思う。あしたからまた頑張って生きていこうと思う」

山田さんにとって幸せとは…

「こんにちは、母さん」は去年(2022年)11月にクランクアップし、今月(7月)、宮崎県日向市で初めて観客の前で公開されました。映画館のない町で地元住民が中心となって30年続けてきた、山田さんの映画の上映会です。およそ1000人の観客が詰めかけました。

声を上げて笑ったり、時には涙ぐんだりする観客たち。「おせんべいの話が心にしみて。自分の人生を肯定してくれたように感じた」と話す人も。

会場に駆けつけ、観客と一緒に映画を見た山田さんは、自身の幸せについて語りました。

山田監督
「お客さんが笑って泣いて、バーッて拍手してくれて、監督としては幸せな瞬間だね。こういうとこで見ているとね、逆に『あーしまった』とあっちこっちで思うね。そういう後悔もいっぱいしますよ。だから観客と一緒に見て初めてわかるんだな、この映画をどう作ればいいのかって。かといって今から作り直すわけにはいかないしね」

山田さんの今後についても聞きました。

合原アナ
「新作映画のお話をうかがったばかりで恐縮ですけれど、一観客として次回作も期待していいでしょうか」

山田監督
「そうね。まだなかなか、そこまで考えてないけれど、でも作りたい映画ってのは、昔からいつも4本、5本もあるんですよね。特にこんな時代だと、軽やかでうんと笑えるような映画ができれば、どんなにいいかと思うね」

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