ことし4月でデビュー10年を迎えた、神奈川県出身の絵本作家・ヨシタケシンスケさん(49)。デビュー作「りんごかもしれない」のほか、「もう ぬげない」「つまんない つまんない」など、その独特な視点と親しみやすいイラストで描く絵本は、子どもだけでなく大人をも魅了してきました。
最新作「ぼくはいったい どこにいるんだ」のテーマは「地図」。氾濫する情報に飲み込まれてしまいそうになるこの時代、自分を見失わずに生きるヒントをうかがいました。
(聞き手 井田香菜子アナウンサー)
会社員とイラストレーターを経て、40歳の時に絵本作家になったヨシタケシンスケさん。絵本「りんごかもしれない」でデビューしました。ひとつのりんごから、“中身はぶどうゼリーかもしれない” “りんご型のメカかもしれない”とさまざまに想像を膨らます作品です。
それから10年。絵本の累計発行部数は600万部を超え、国内外の賞を受賞するなどベストセラー作家として活躍しています。
そんなヨシタケさんが絵本を描き続ける上で大切にしているのは、“子どもの頃の自分”だといいます。
絵本作家 ヨシタケシンスケさん
「この10年、僕が絵本を描いてきたことの一番の理由っていうのが、子どもの頃の自分に向けて描いているっていうのが正直なところで。小さい時、僕好きな絵本がいっぱいありましたし、嫌いな絵本もいっぱいあったんですね。
自分が絵本を描く側になってみて、子どもの頃の自分が知りたかったことの答えになっているかどうか、子どもの頃の自分だったらちゃんと次のページめくってあげてもいいって思ってくれるかどうかっていうことをひとつの基準にしながらずっと絵本作りしてきて、幸いにも『僕もそう思う』って言ってくださるお子さんが全国にたくさんいてくれたおかげで、10年続けてこられたので」
先月(3月)出版された最新作の絵本「ぼくはいったい どこにいるんだ」は、「地図」がテーマになっています。
主人公の「ぼく」は、お母さんにおつかいを頼まれ、手書きの地図を手渡されます。
地図について思いを巡らすうち、「なにかのいちや しくみや かんがえかたを わかりやすくしたものが ちずだ」と考えたぼく。物理的な位置を示したものだけでなく、クラスの人間関係を表した図や、気持ちの動きを示した図を、「地図」として思い描いていきます。
そもそもなぜ今、「地図」をテーマにした絵本を描いたのでしょうか。
「この10年ってちょうど僕が最初の絵本を描く前に震災が起きたりとか、そのあとでコロナになったりとか、戦争が起きたりとか。何か本当にこの10年すごく世界中がびっくりするような出来事ばかりだったんですね。今われわれは何時代にいるんだろうかみたいな出来事ばかりだなと思っていたんですね。
その時にやっぱりその『地図』っていうものが、1つキーワードというか、今自分たちがどこにいて、どこに向かおうとしているのかというのが、日常生活で一番形になっているのが1つ、地形を絵にしたもの。その『地図』をキーワードに、いろんなことを図にすることで、物事を客観視するとか、ふかんしてものを見ることのきっかけになればと。
こういうふうにするとわかりやすいよね、自分で作ることもできるよねと、読んでくれた人が自分にとっての好きなことだったり、やりたいことだったりを客観視できるような、1つのきっかけになってくれるといいなと思って作った本です」
自分を客観視することは、どうして大切なんでしょうか。
「やっぱり生きていくと、いろんなこと決めなきゃいけないんですね。どこに就職しようかとか、今晩何食べようかとか。この人と一緒にいていいんだろうかとか。
そうやって決めなきゃいけないことがたくさんある中で、その時に最終的にその決定するのは本人の好みだとか、考え方ですよね。それが大事なんですけど、意外とそういうものを自分でわかってないと、決められない。
僕自身もやっぱり意外と自我がはっきりするのが遅かったので、僕は一体何がしたかったんだろう、何がしたいんだろう、何が好きなんだろうっていうことがわからなくて悩んだ時期が結構長いんですね。そういう時に、こうやってコレクションをしておくと、こういうのが好きなんだなって、こういうものがかっこいいと思っているんだなということが自分でわかっていると、ものを決める時にやっぱり楽というか早いというか。
その人の価値観ですよね。それを自分でわかっているかどうかというのはすごく大きいし、今これからの世の中、どっちに向かうべきなのかとか、すごく役に立つと僕は思うんですね」
主人公のぼくが思い描いた「きょうのきもちのちず」には、日々の生活の中で抱く“きもち”を、シンプルに独特のタッチで描きながら、自分をふかんして見ることの大切さを伝えています。
「男の子が家に帰ってきたら急にお母さんにひどいこと言われて気持ちが落ち込む。そこから立ち直るまでの気持ちの流れをグラフにしてみたいな地図を、男の子が自分で描くんですけど。
この地図のすごいところは、自分はすごく気持ちが落ち込んで嫌な気持ちになっているけど、そのあとにごはんを食べたり、お風呂に入ったりして、気持ちがまた上向きになることをこの子はわかっていて、自分をふかんして見ている。嫌な気持ちがずっと続くわけじゃないことをこの子自身が知っている。
気持ちを上向きにするためには何をすれば自分は喜ぶんだ、自分はまた楽しい気持ちに戻れるんだってことを、自分でちゃんと把握しようとしているってことの地図なんですよね。
気持ちよくなったり、また悪くなったり、そういうことの繰り返し。だから、楽しい時に楽しんどかなきゃいけないし、悲しいことが起きた時にいろいろ手を尽くして元通りに自分をさせなきゃいけない。1つの地図にすることで、自分をやっぱりふかんするきっかけになってくれるんじゃないか。何か最終的に自分を救う手段を作るきっかけになってくれたら」
ヨシタケさんが特に思いを込めたのが、主人公が自分の未来をイメージした「ぼくのみらいのちず」です。
「いま、ここ」にいる主人公がうまくいったり、ひどい目にあったり…何本にも枝分かれした道を通りながら「おとなのぼく」にたどり着きます。
どんなコースになるかは わからないけれど、どのコースを とおっても、
ぼくは ぼくらしく なっていくんだとおもう。
どのコースにも、それぞれ たからものが かくれているはずだ。
(ヨシタケシンスケ「ぼくはいったい どこにいるんだ」より)
「普通、未来の地図って考えると、今からたくさんの道があってゴールがいっぱいあって、行きたいところがもしあったとしても1個道を間違えるともうそこに行けない、っていうイメージにつながっちゃうような気がしていて、そのためには道を間違えちゃいけない、失敗しちゃいけないっていうふうに思えてしまうのであれば、それはあまりいい地図だとは思えないと僕は思っていて。
この「ぼくのみらいのちず」も、現在地から道はこうたくさん枝分かれするんですが、それが未来の自分にまた1つに集まっていくという図なんですね。これは、この先何があるかわかんないし、その都度自分が選ぶことが正しいかどうかわからないけれども、結局自分は自分にできることを選んでいくしかないというか、自分は自分らしくなるしかないというか。
だからたくさん選択肢はあるんだけど結局同じところに向かうから、いろんな回り道をしても、1回選択を間違えても、大丈夫なんだと。もっとどんどん失敗したりとかチャレンジしたりとかしていく中で、どこを通ってもちゃんと君らしくなるんだよって、どこの道を通っても宝物がちゃんとあるんだよっていう、そういう未来の考え方があっちゃダメなわけじゃないし、そういうイメージも1つ提案できれば。
僕がやっぱり子どものころに知りたかった未来の形というかイメージみたいなことを、何かこの本の中で表現できればいいなと思って描いたのがこの未来の地図なんですね」
お話を聞いて、私も自分の未来の地図を描いてみたいと思いつつ、何から始めたらいいのかがわかりません。そういう人はどうしたらいいですか。
「描いてみたいなって思ってもらえればそれで十分なんですよ。本当にそんなに壮大なものを描く必要はなくて、今日何食べよっかな、この3つの中だったらどれがいいかな、こないだあれ食べたしな、みたいな、そんなことでいいんですよ。
そういうことの繰り返しで、大きく、仕事をことし辞めたほうがいいかな、みたいな大事な決断も、そういうきょう何食べようかなっていうのと同じ地平上にあるはずなんですよね。
だからそういう小さいことでも、自分がじゃあ今、きょうなんでこんなにバタバタしてるんだろう、何が忙しいんだろう、何をしなきゃいけないんだろうと書き出すと、結構3つしかなかったり、とか。
すごく悩んでいるけど書き出してみると意外と普通のことだなとか、そんなに思い詰めるほどのことのことでもなかったなとかっていうのが自分でわかったり、ちょっと気が楽になったりする」
絵本作家 ヨシタケシンスケさん
「個人個人がちゃんと自分のことわかっていて、自分を幸せにできているかどうかということがやっぱり大事なはずで、やっぱり自分をちゃんとわかっていて、自分にとって何がうれしいのか、何が幸せなのかっていうことがわからないと、人の幸せにまでたどりつかないというのは、やっぱりこの年まで生きてきて痛感したことでもあるので。
周りの人のためにも、世の中のためにも、自分を大事にする術、その方法っていうものを、何かちっちゃいところから提案していくとか、やり方の選択肢を増やしていきたいですね」