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うつ病でも精神科が見つからない・適切な治療が受けられない…増える外国人の心の病

  • 2023年2月3日

「腰を痛めたことを会社に伝えたところ退職を求められた」
このことがきっかけでうつ病の症状に悩まされているという女性がいます。ところが、治療を受けられる精神科の病院はなかなか見つかりませんでした。
女性はブラジル出身で、複雑な心の症状を日本語で説明することが難しかったからです。
私たちの生活や日本の経済に欠かせない存在となっている外国人。ところが、その心を支援する体制は十分に整っていないことがわかってきました。
(首都圏情報ネタドリ! 取材チーム)

精神科が見つからない…バスで8時間かけて通院も

7年前にブラジルからやってきて、その後、日本国籍を取得したソフィアさん(仮名)です。関西地方にある工場で派遣社員として働いていました。

生産ラインを担当し、やりがいを持って働いていたといいます。ところが3年前、思わぬことが起こりました。腰を痛めたことを会社に伝えたところ、退職するよう求められたというのです。

勤務時間を2時間カットされたこともあるというソフィアさん。不眠の症状が出始め、ポルトガル語に対応できる精神科を探しましたが、地元では見つかりませんでした。

ソフィアさん
「寝たいのに悪夢を見て汗をかいて起きる。働かないといけないのに寝られない」

次第に悪化する症状。ブラジル領事館に助けを求めたところ、外国人を積極的に受け入れている東京の精神科クリニックを紹介してもらいました。ソフィアさんは月に一回、夜行バスで8時間かけて通院することになりました。

ソフィアさんの治療を引き受けた、精神科医の阿部裕さんです。年間約450人の外国人患者を診ており、その数は、この10年あまりで5倍になりました。

左からソフィアさん・通訳・阿部医師

阿部さんはスペイン語を話せて、それ以外の言語も通訳を介して対応しています。

阿部医師

食欲なんかはあるかな?

通訳

食欲はどう?

ソフィア
さん

食事をつくるのも、お風呂に入るのも、何もやる気が起きません。食欲がないので薬を飲むためにビスケットを食べていました。

 

元気が出るお薬を出すので、飲んでください。

ソフィアさんの診断はうつ病。服薬や通院で、症状は少しずつ改善しています。

ソフィアさん
「私たちはモノじゃない。先生は、私たちのことを人間と見てくれるから。だから私、東京まで行っています。生きるために来ているのです。そうしないと眠れません。どうしても必要なのです」

通訳がいても診療が難しいケースも

人の心を診る精神医療。仮に通訳がいても、診療が難しいケースもあります。

スペイン人のサンチェスさんは、阿部医師のクリニックでうつ状態とそう状態を繰り返す、双極性障害と診断されました。

阿部医師とサンチェスさん

阿部医師

感情は上がったり下がったりしている?

サンチェスさん

午前中やお昼は下がっていて、夜は少し上がっています。

 

サンチェスさんは当初、通訳を伴い別の精神科を受診しましたが、診断は“うつ病”でした。本来、双極性障害の患者には注意が必要な抗うつ薬を処方され、症状が悪化したといいます。

サンチェスさん
「抗うつ薬を飲み始めたら、元気になり過ぎてしまいました。あらゆることにイライラして、気に入らないことは声に出して怒りました」

なぜこうした事態が起きてしまったのか。サンチェスさんは、自らの心の状態を伝えるのは通訳を介しても難しいといいます。

サンチェスさん
「例えば、手が痛いときはわかりやすい。『ここが痛い』と言えばいい。(一方で心の病に関しては)ことばが出てこない。他の人と会いたくない、外に出ていきたくない、いろいろなことがあるけれど、ひとつじゃないので難しい。本当の気持ちはちゃんとわからないので、通訳の人も伝えることができません」

阿部医師は、単にことばを理解するだけでなく、その国の文化や国民性も踏まえて、心の状態を捉えることが必要だと考えています。

阿部裕医師
「もともとの元気さが、例えばラテンアメリカとかラテン系の人と、日本人だと、平均水準が違うと思うんです。文化・社会的な背景や、家族的な背景が重要だと思いますね」

病院の負担が重く受け皿が広がらない

外国人患者の対応に悩む医療機関は少なくありません。精神医療に関わる医師などが合同で全国の精神医療機関に行ったアンケート(1018機関が回答)では、外国人の受診・相談があった病院のうち「困った経験がある」と回答した病院が4割近くにのぼりました。

外国人の精神医療を考える「多文化間精神医学会」で代表も務めていた阿部医師は、病院の負担が大きいことが要因ではないかと考えています。

阿部裕医師
「外国人の心の支援や治療を積極的にやっているクリニックは、都内でもほとんどありません。医師の負担が大きいからです。

外国人の診療は、会話に通常より時間もかかるので、診療報酬を考えるとコストパフォーマンスが高くありません。通訳を入れるのにも手間とお金がかかります。体制面も金銭面も病院の負担になることが多く、外国人患者の受け入れはなかなか広がっていません」

こうした状況について、上述の全国アンケートを行った医師たちが、厚生労働省に対して「地域ごとの通訳システムの整備」や「医療機関への公的負担」の必要性を訴える報告書を提出しています。

外国人を適切な治療に結びつけようという取り組みも

阿部医師は、診療現場で外国人を支援できる「通訳」の育成にも力を入れています。

去年12月、さまざまな言語の通訳や専門家などおよそ80人が集まり、話し合いが行われました。

阿部医師が目指しているのは、患者が、複雑な心の内を話しやすいよう、その国の文化や国民性、精神疾患に対する考え方などを、通訳に学んでもらうことです。こうした通訳を増やし、各地の医療機関に派遣しようとしているのです。

 

アメリカでカウンセラーをしていた女性
私がアメリカでカウンセリングをしていたときは、精神医療に関わる人たちは、なるべく、その人たちの身近で使われている言葉を選んで話すということを心がけていました。

阿部医師

患者さんの気持ちを先生に伝える。先生の治療方針とか、サポートのしかたを患者さんに優しく伝える。そういう通訳者であってほしいなと思いますね。

 

医療につながりにくい外国人を見つけ、適切な支援に結びつけようという取り組みも始まっています。大学の研究者が、ベトナム人の支援を行うNPOや医師と進めているのが、アプリの開発です。

開発中のアプリ

このアプリでは、まず当事者の心の状態を確認するため、気分の落ち込みはないか、食欲はどうかなど質問に答えてもらいます。

抑うつ傾向がある人がいれば、NPOが連絡し相談に乗ります。そして必要に応じて、ベトナム語に対応する医療機関などにつなげる仕組みです。4月からの運用を予定しています。

チーム代表 神戸市看護大学 山下正講師
「言語的にすごくハンディキャップを持っている在住外国人の方を対象に、このアプリケーションを広げていきたいと考えています」

外国人のための相談窓口

心の病に悩む外国人を支援するためには、周囲の人たちの姿勢も重要です。
NHKでは、心の病や生活の問題に悩んでいる外国人のための相談窓口をまとめました。やさしい日本語と英語で読むことができます。
もし、あなたのまわりで困っている外国人がいたら、ぜひ支援に役立ててください。

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