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埼玉・川口が舞台 映画「車線変更」苦難を乗り越え公開へ

  • 2022年12月27日

埼玉県川口市を舞台にした映画「車線変更 -キューポラを見上げて-」が12月末に公開されます。
オートレーサーの青年の挫折と再生を描いたこの映画。3年前にほとんどのシーンを撮り終えながらも、新型コロナウイルスの影響を受け制作が中断していました。
俳優・岡江久美子さんの遺作でもあり、「埋もれさせてはいけない」と制作再開の推進力となったのは、川口市の市民たちでした。その熱意とは。そして、映画に込められたメッセージとは…。
(映像センター/カメラマン 早川きよ)

川口市が舞台 映画「車線変更」とは

映画「車線変更」のストーリーは、オートバイレースの事故で足に障害を負った主人公が、一時は生きる希望を失うものの、義足のアスリートとの出会いを機に自転車競技のパラアスリートをめざして立ち上がるというものです。

撮影は、ほとんどが川口市内で行われ、映画の随所に川口市ならではの設定がなされています。
主人公の幸助(役・平田雄也さん)は、川口オートレース場のトップ選手。川口を代表する産業、鋳物の工場を経営する父(役・村上弘明さん)と母(役・岡江久美子さん)を持つという設定です。

映画のタイトルにある「キューポラ」は、鋳物工場の屋根から突き出た溶解炉の煙突のこと。映画は、そんな川口のシンボル・キューポラを見上げる街で繰り広げられる、夢と家族の物語を描いています。

“「障がい者と健常者」 互いの心の壁を取り払いたい”

映画の中で、主人公・幸助は、さまざまな葛藤を抱きながらも、パラアスリートという夢に向かい力強く生きていきます。
映画のエグゼクティブプロデュ-サー・国枝秀美さんは、この映画を通して、「障がい者と健常者のお互いの中にある心の壁を取り払いたい」と話します。

エグゼクティブプロデュ-サー 国枝秀美さん

国枝さんは、15年前から知的障害がある人たちだけが所属する俳優養成所を運営し、映画や舞台で起用しています。誰もが社会で輝けることを示したいとの思いからです。

今回の映画にも、歩行が困難になった主人公が働く福祉施設のメンバーとして、知的障害がある人たちが出演しています。

「車線変更」エグゼクティブプロデュ-サー 国枝秀美さん
「障害を特性として考えて捉えていただくためにはどうするべきか。私ができる事は映画の中に入れて、しかも興味のない人たちにどうやって見てもらうか。見ていろいろ考えていただき、家族で話しあっていただけるような作品にしたいなと思いました」

国枝さんがもうひとつこだわったのは、映画の中で主人公を指導する義足のアスリートは本物のパラアスリートに演じてもらうことでした。

出演を依頼したのは、陸上の走り幅跳びなどで東京パラリンピックの出場をめざしていた村上清加さんです。

村上さんは25歳のとき事故で右足の大たい部を切断し、映画のストーリーと同じく人生に絶望した時期があったといいます。しかしスポーツとの出会い、それから家族の支えがあって新しい人生を切り開くことができています。

これまでに世界選手権日本代表としてロンドン大会やドバイ大会などに出場。現在は現役を引退し、2人の子どもの母親でもあります。

村上さんが出演する映画の一場面

事故で障害を負った当時、村上さんはどんな気持ちでいたのか。
国枝さんは、あらためて当事者としての思いを村上さんに聞きました。

村上清加
さん

当時、絶対私の気持ちは理解してもらえないし、この体で生きていかないといけないのは私だしと思っていました。何を生きがいにして生きていけばいいのか分からなかったし、自分が生きているのかどうかも分からなかった。

国枝秀美
さん

気持ちがまだ乗れていない人に対して、どういうメッセージを?

 

 

落ち込んでいる時に、まわりに『こうしたらいいよ』『あの人はできるんだから、あなたにもできるよ』と言われても全く耳に入ってこないというか。『うるさい』っていうふうにしか聞こえないと思うんですけど。難しいんですが、『1人で悩まないで』ということで、近くにいるだけでも励みになるんです。

 

村上さんご自身はどういうふうに思って活動をされているの?

 

スポーツをやり始めて目標ができて、自分のやりたいようにやっていたら、それが『勇気をもらいました』とか『何か悩んでいたんですけど、義足で頑張っているのを見たら自分も頑張ろうと思いました』という声をかけられるようになった。
はじめはちょっと不思議な感じがしていたんですけど、人に元気やパワーをあげることが、もしかしたら自分にできるんじゃないかなと思うようになりました。
やっぱり義足になっても笑顔でいろんな事ができるし、自分も目標を持ってやる権利があると思うので、いろんな事にチャレンジしていきたいな。

 

国枝秀美さん
「おそらく、一般の方は、義足の方が前から歩いてくると『見ちゃいけない』と思うんですね。これ、どの障害に対してもそうですけど直視しちゃいけないとか。リアルな義足の方の姿を見ていただいて、彼女の役割を知ってほしいなと思います」

公開までには苦難も…新型コロナで制作中断

さまざまな思いがつまった映画「車線変更」。しかし、その制作途中には大きな苦難もありました。

当初映画は東京オリンピック・パラリンピックに合わせて公開される予定でした。
ところが新型コロナの影響で、それまで支援してくれていた企業や団体などから資金が集められなくなり、映画の制作は中断を余儀なくされたのです。

国枝秀美さん
「資金調達の問題ではコロナ禍ということで人に会うことができない。『いま映画どころじゃないだろう』という状況で、人に『応援してください。支援してください』とお願いして、『いやいや、あんたを助けてる状況じゃないだろ俺たち』って。そういうふうに言葉ではおっしゃらないですけども、それはもう肌感覚で分かりますから。家の中でもんもんとしているのはつらかったです」

“埋もれさせてはいけない” 岡江久美子さんへの思い

そうした中飛び込んできたのが、岡江久美子さんの訃報。映画の撮影終了後に、母親役の岡江さんが新型コロナによる肺炎で亡くなったのです。国枝さんは突然の知らせに衝撃を受けました。

さらに、東京オリンピック・パラリンピックの延期で、映画のストーリーは修正が必要となる場面も発生しました。しかし資金調達が滞るなか、なすすべなく2年近くが過ぎていきました。

国枝秀美さん
「こんなにいいお芝居をしていらっしゃって、こんなにいいお母さんを演じてらっしゃるのに、これを世の中に出さずにお蔵入りにしてしまうことは、絶対によくないとそこはもう考えました」

制作再開へ…川口市民の支えで前へ

制作再開、公開に向けて力をくれたのは、映画の舞台にもなっている川口市の市民たちでした。

川口市は、国枝さんにとって40年以上暮らしてきた場所でもあります。外出の自粛が緩和されてきた2021年の秋、国枝さんは、地元の知り合いを訪ねて映画の支援を呼びかけました。

応えてくれたのは、地元の会社員や個人で活動するフリーカメラマン、デザイナーなど10人ほど。すでに撮影した映像を見せたところ「編集前の映像で上映会を開催しよう」と提案が出されました。いわば完成前の作品をさらすこと。映画制作のプロにとって耐えがたいことだったと国枝さんは振り返ります。

国枝秀美さん
「びっくりもいいところですよ。この人たち素人さんだから何を言いだすんだろうって。本当に抵抗があった。多分プロの間では絶対ない発想ですよ」

しかし、この“絶対ない発想”の上映会が思わぬ反響を起こします。

2022年2月、JR川口駅前の複合施設で開催した“編集前の映像上映会”をきっかけに、映画「車線変更」はSNSや口コミで広まり、支援者の数はおよそ400人にまで増えました。

「地元、川口が舞台の映画をなんとか完成させたい」
支援者たちがみずから企画して、市内の大型ショッピングセンターで写真展を開催したり、出演俳優を招いて会見を開いたり、さらには、クラウドファンディングを仕掛けたりもしてくれました。

こうした数々の試みによって多くの支援が集まり、ことしの春、2年2か月ぶりに映画制作が再開しました。

国枝秀美さん
「今までこう下がってきたエネルギーのゲージが、がーっと上がってきたというか、『1人じゃないんだ』ということを、本当に何年ぶりかで感じる集まりでした。私が動かそうと思っても動かせなかったものを市民の会の皆さんが動かしてくださいました」

映画のエンディングとなったこの桜並木のシーンは、「川口市内の桜の名所を入れたい」という市民のアイデアがきっかけで、新たに撮影されました。
撮影現場では、支援者が荷物運びや警備の手伝いをしてくれました。

諦めずに多くの困難を乗り越え、ようやく完成した映画「車線変更」。
11月には、川口市で完成試写会が行われました。

国枝さん、そして地元の人たちにとっても待ちに待った映画の完成。国枝さんは上映後のあいさつが涙で言葉にならないほどでした。

映画「車線変更」。タイトルに込められた「道はひとつではない」というそのメッセージは、国枝さんにとって、この映画が辿ってきた道そのものに感じられました。

「車線変更」エグゼクティブプロデュ-サー 国枝秀美さん
「今回本当にずっと『奇跡です』と言い続けているんですが、ありえないことです。私にとってのこの映画の完成というものがですね。道は本当にひとつじゃないって私自身もそうですし。
みなさんもいろんな壁に当たってしまって、道を選択しなければいけないと思うんですけれども、その時に周りをよく見渡していただいて、本当にご自身が考える方向がひとつしかないのか、ほかにもあるのではないかということを、もう一度考えていただくようなきっかけになればいいなと思います」

映画「車線変更」は12月30日から川口市内で上映されます。
国枝さんは今後、全国で上映されるよう働きかけていくということです。

  • 早川きよ

    映像センター カメラマン

    早川きよ

    1995年入局。京都局、沖縄局、報道局、さいたま局、名古屋局などを経て2020年3月から映像センター。 女性や子どもが安心して暮らせる社会の実現をめざして取材をしています。

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