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保育士の離職 15年目の中堅保育士が“やめる決断”をした訳

シリーズ(8)保育現場のリアル
  • 2022年11月25日

認可保育園で働く、40代の男性保育士から私たち取材班にこんなメールが届きました。
「今年15年目です。養う家族も抱えていますが、実は来年3月末をもって保育士の仕事をやめたいと思います」
そのことを同僚にも話せていないという男性。今回、私たちの投稿サイトを知り、「やっと話せる場所に出会えた」と苦しい胸の内を明かしてくれました。
(首都圏局/ディレクター 今井朝子)

保育士の“10人に1人が離職”

いま10人に1人が離職するという保育士。
NHK首都圏局で「保育現場のリアル」を取材する私たちには保育士たちから“人手不足”や“低賃金”、さらに過度な労働時間などを訴える多くのメールが寄せられています。

送り主は、60代のベテラン女性保育士から、20代の若手保育士まで幅広い年代に及びますが、今回取り上げさせていただくのが、40代のいわゆる“働き盛り”の中堅保育士からの声です。

40代 男性保育士
「働き始めて何年かしたときに、保育園の仕事は定年までは続けていけないだろうという思いはありました。精神的、肉体的な負担を感考えると、どこかで区切りをつけた方がいいんだろうなと」

なぜやめる決断を?15年目の中堅保育士

私は早速本人に連絡をとり、話をうかがいました。
男性は、大学時代のキャンプサークルの活動で子どもの素直な感動や喜びに感動し、子どもの成長を育む仕事に関わりたいと保育士になりました。

男性保育士と子どもたち

その男性が15年勤めてきた保育園をやめるというのです。いったいどうしてなのかと問いました。
すると、男性は「まじめにやろうとすればするほど、自分が成長できない現実に気づき、虚無感を抱いたためです」と答えました。

男性は「保育にはなかなか正解がないなか、それを同僚と話し合う時間もないのが厳しい」と打ち明けます。

外遊びの時にぐずる子どもにきょうかけた言葉が良かったのか、悪かったのか、本当はそうした議論をできる限り同僚としたいと願っていますが、そんな機会はほとんど作れないといいます。

男性保育士
「何が正解なのか、何が失敗なのかわからない状態でずっとこれまでやってきて、いまやっていることも、これでいいのか間違っているのか不安というかよくわからないまま、本当に15年やってきた感じがするんですよね」

子どもたちのために~自己研鑽や自宅での作業

男性は一人でできる努力はしてきたといいます。
スキルアップのためにできることはないかと、数年前から、自ら保育ノートをつけ、自分なりに1週間のプランを立て実行したり、その結果を内省したりしてきました。

男性の“保育ノート”

見せてくれた保育ノートには自分なりに目指す保育像を求める彼の試行錯誤の軌跡がうかがえます。
さらに、土日も家に仕事を持ち帰って作業しています。
男性には妻子があります。
それでも、園の子どもたちのためのイベントや発表会の準備をしたり、苦手なピアノの練習をしたりと、プライベートの時間を削って対応してきました。

乗り越えられない壁

しかし、こうした努力では限界を感じることがあります。
それが、保護者への対応です。

4歳児を受け持った時のことです。言葉でうまく伝えられない子供たちが、相手の腕などを「噛む」などけがをさせてしまったことがありました。
その時、男性は双方の子どもの保護者から責められたといいます。

男性保育士
「けがした子どもの保護者から『なんでちゃんとみてくれないんだ』と言われ謝って、けがをさせてしまった子どもの保護者には『止められずにすみません』と謝って。
でも続いちゃうと『なんでだ!』となってしまったんですよね。
そういう子たちを1人で30人みていると、事前に止めるのは難しい状況は正直あるんです。そんなことは言ってちゃいけないんですが…」

専門的なスキルが必要なのに…

また、以前と比べて、実年齢より少し幼いなと感じる子どもが増えるなか、子どもの発達段階や集団の中での行動を十分理解できていない保護者が少なくないという男性。
そうした保護者との向き合い方やケアには、これまで以上に専門的なスキルが必要だと日々感じています。

国や自治体も、そうした保育士を対象とした研修など設けていますが、日々多忙な保育業務をしつつ、こうした研修などに参加する機会を得ることはできませんでした。
「自分はできない」というふがいなさだけが募っていったといいます。

男性保育士
「保護者とのトラブルは何年たってもありますし、自分なりに気を付けてはいけるけど、追いつけなかったり…これ以上続けても他の先生や保護に迷惑をかけてしまうくらいなら、もう辞めたほうがいいかなと、これ以上の保育士にはもうなれないと感じてしまったことが退職を決めた理由として一番大きいですね」

実はこの男性。園長以外、離職の決意をまだ職場の仲間たちに伝えることができていません。
取材の最後にこんな同僚保育士とのエピソードを教えてくれました。

男性保育士
「実は今年、本当にいい先生と一緒にペアで組ませてもらってやらせてもらっていて、『あれよかったよ』とか『あそこはもうちょっとこうするとよかったかもね』っていうのを、本当に僕の保育を見ながらアドバイスしてくれてて。そういう先生に出会えたのが初めてで。本当にもっと働き始めた最初の頃に出会ってたら、絶対違っていただろうなっていうのをすごい感じてて。
今やってもらってる先生と過ごしながら僕は辞めるんだよなって考えるとすごい申し訳ない気持ちもあったりとかもするんです。タイミングって大事だっていうのは、本当に感じます。

保育現場の状況に理解を

日々の仕事に追われるなか、同僚たちと密にコミュニケーションがとれず、さらに、必要とされる専門性は増す一方で、スキルアップはままならないというこの男性保育士のケース。

保育現場に詳しい専門家は、国も近年はこうした研修に力を入れているものの、まずは保育現場を取り巻く状況への理解が必要だと指摘しました。

大阪教育大学 小崎恭弘教授
「人材育成とかワークライフバランスとか、保育士がよし頑張ろうって思える雇用環境・労働条件・職場の関係性を作ることができればと。そのためには保育者の努力もいるし、保護者のサポートもいるし、国の考え方も大切。子どもを育てるということは、国の根幹にかかわることなので、すべての人たちが意識をもって保育を支えてほしいと思いますね」

みなさんの経験・意見お寄せ下さい

保育士を取り巻く環境や制度などはここ10年あまりで大きく変わったといいます。一方で、保育士の配置基準など戦後ほとんど変わらない側面もあります。
私たちは引き続き取材をつづけます。
保育士のみなさんはもちろん、保護者としての経験などもぜひこちらの 投稿フォーム よりお寄せ下さい。

  • 今井朝子

    首都圏局 ディレクター

    今井朝子

    2019年入局。報道局(おはよう日本)を経て2021年から首都圏局 。教育や医療を中心に取材。不登校や虐待、子どもの人権について取材を続ける。

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