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[鉄道150年]赤い電車を描くことは、君がここで生きている証

あなたにとっての鉄道とは?
  • 2022年10月14日

まっすぐな目で机の上の紙を見つめる和田陽光(ようすけ)さん、18歳。
自閉症と知的障害がある和田さんは、幼い頃からほとんど一日も欠かすことなく、大好きな京浜急行電鉄の絵を描き続けてきました。鉄道の絵を描くことは、和田さんにとって唯一の表現方法であり、生きるために呼吸をするようなものだといいます。
鉄道の誕生から150年。「あなたにとっての鉄道とは?」をテーマに、人の営みや心のなかにある鉄道への思いをたどります。
(首都圏局/ディレクター 寺越陽子)

呼吸をするように、電車を描く18歳

和田さんが絵を描くために使うのは鉛筆と定規、そして色鉛筆です。力を込めて鉛筆を握ると、定規を使ってぐいぐいと線を引いていきます。まっすぐに紙を見て、どんどんと描き進め、その線に迷いはありません。時折、「うしろは4とびらだよ」「4ドアの800系だよ」などと、描いている鉄道のことを教えてくれました。色鉛筆で赤色が加えられると、赤い電車の全体像がみえてきました。描き始めておよそ20分、一枚の絵が完成しました。和田さんが愛してやまない京浜急行電鉄の絵です。

現在、横浜市の特別支援学校に通う和田さんは、毎週土曜日に開かれる市内のアトリエ「あーとすたじお源」に通っています。障害の有無を問わず、10代から60代まで様々な世代が通うこのアトリエは、特に決まった指導を受けることもなく、それぞれが自由に好きな絵を描いたり、切り絵をしたりと、自分のやりたいことができる場所です。

「あーとすたじお源」の理事・福家健彦さんは、ことばで他者とコミュニケーションをとるのは難しい和田さんにとって、絵を描くことは生きるために必要な行為だと言います。

「あーとすたじお源」理事・福家健彦さん
陽光は一日も欠かすことがなく、それこそ呼吸するように描いています。呼吸しないと人間って生きていけないじゃないですか。だから、絵を描くことを彼から奪ったら生きていけなくなっちゃう。
僕も含めて、うまいこと生きていたり、要領よく生きることができる人間は、絵を描かずに自分のことばや振る舞いで自己実現ができているんです。でも、それができない人は、生きるために、絵を描かざるをえないんです、きっと。
おそらく、彼にとってはしんどいことは毎日あって、鉄道の絵を描くことで、生きる力を得ているという言い方しかできないと僕は思っています

365日ほとんど欠かさず、毎日何十枚も描くという和田さん。自宅で描くときは、部屋に誰も入れずに集中し、B5のコピー用紙20~30枚を使います。絵の中には「あしたパパとさんぽするときにみるけいきゅう」「怒られて嫌だった」などの文字も書き込みされていて、和田さんの日記のような側面もあります。

0歳のときから鉄道だけを見つめていた

和田さんは0歳の頃から自宅近くを走る鉄道をじっと何時間も見つめていたといいます。

電車をじっと見ていた0歳の頃

2歳半で自閉症と知的障害と診断された和田さん。自分の思うとおりに物事が進まなくなると、パニックになることも。地べたにひっくり返り、血が出るまで頭を地面に打ち付けてしまったこともありました。
そんな和田さんが強い関心を持ったのが、家の近くを走る京浜急行電鉄でした。
3、4歳になると紙をクレヨンで塗り始め、6歳の時に保育園の先生に四角形の書き方を教わると、京急の絵を描きはじめます。それ以降、ほとんど毎日欠かさず鉄道の絵を描いているのです。

京急を見つめる2歳の和田さん

現在、和田さんは普段の通学にも京急線を使っています。
そして、学校が休みの日には、ひたすら京急に乗り続けたり、ホームで鉄道を眺めたりして過ごします。鉄道を見るときはメモをとったり絵を描いたりすることはなく、ただじっと、穴が開くほど鉄道を何時間も見つめているといいます。

取材したこの日は、京急線の金沢文庫駅で電車が連結したり外されたりするポイントを眺めました。じっと電車を見つめながら、好きな車種などをつぶやきます。

そんな和田さんをいつも隣で見守ってきたのが、母親の和田希未子さんです。

母・希未子さん
鉄道に関することは、陽光にとっては生きている中の最重要課題なんだと思います。
その他の生活の中のことは、スケジュール通りにこなさなきゃいけないことと思ってやっているんだと思います。
それは、楽しくてしょうがないというより、鉄道のことがうわーって頭からあふれちゃってもう止められない衝動みたいなものに見えるんです

#ほとばしる 電車の汁で 描く銀線」 母と息子の記録

希未子さんは、電車をじっと見つめる和田さんや和田さんがこれまで描いた作品を写真に撮っては、SNSに日々投稿しています。

写真には希未子さんが普段感じたことばが添えられていて、365日、休みなく電車を見つめて絵を描き続ける陽光さんを思う母親のこころの記録のようにも読むことができます。

<和田希未子さんが書いたインスタグラムのことばより>

#ほとばしる/電車の汁で/描く銀線

#今日も今日とて/ガタンゴトンと/混沌と/

#線路のない道を/車輪のない電車は/どこへ向かって行くのだろうか/

#そとは大雨。それでも行くの?

#目を凝らし待ちわびて/手を伸ばすとも触れはせず/あかひかそれを浴び浴びて/そうして君を描くのだ/好きだ好きだと描くのだ

母・希未子さん
「陽光は本当に何時間もただじっと鉄道を見るだけなので、一緒にいるわたしは本当にただただ苦痛で(笑)。その間にメールで仕事をしたり、陽光の学校に出さないといけない書類を片付けたりしたりすることも。そんななかで、鉄道を見ている息子を見ながらボーッと考えて思い浮かんだことをただ書いてるだけなんです」

あなたにとって鉄道とは?

150年前に生まれた鉄道は、交通手段としてだけでなく、わたしたちの暮らしやこころの中に多様な意味を持つようになりました。

365日鉄道を見つめて絵を描く和田陽光さんにとって、鉄道はどんな意味を持っているのでしょうか。和田さんを見守ってきたお二人に聞いてみました。

母・希未子さん
鉄道が陽光にとってどんな意味があるのかはわからないけど、これがなかったら何をしてる人だったのかなっていう気はしています。
陽光の絵をSNSで投稿したことがきっかけで、ときどき彼の絵を評価していただくこともあったりしてとてもうれしいんですが、現実のほうはまだまだパニックを起こすこともしょっちゅうです。『こういう大変な子が生まれて育ててきたけど、こういうふうに絵が描けるようになって頑張りました』みたいなふうに完結が全然できていなくて、全然進行中で、まだまだ、親子でこれからだなって思っています」

和田陽光さんと「あーとすたじお源」理事・福家健彦さん

「あーとすたじお源」理事・福家健彦さん
「絵を描くことが彼にとってどんな意味のあることなのか、僕にはわからないです。でも、それを探る必要はあるのかなっていうふうにも思うんです。意味って必要なんですかって。
それがなかったらやっちゃいけないんですか、存在しちゃいけないんですか、って。
もしかしたら、本人もそれは何なのかって問われるのは嫌かもしれないし、きっと意味なんかわからなくても、彼は絵を描くだろうし、いつか対象が京急じゃなくなるときが来るかもしれないけど、彼が絵を描くことをやめるってことはないと思っています

  • 寺越陽子

    首都圏局 ディレクター

    寺越陽子

    2018年入局。制作局を経て2021年から首都圏局。ラジオをこよなく愛しています。

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