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  • 2022年10月13日

私ってヤングケアラー?日常に隠された声に気付いて

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「妹が熱出しちゃったんだっけ」 
「両親が家を出ると面倒見れるの私ぐらいだから」

この夏、都立高校の演劇部が全国大会で上演した劇のセリフです。日常的に幼いきょうだいの世話や洗濯、掃除といった家事を担う部員たちの体験がもとになっています。

なかなか言えない、気付いてもらえないヤングケアラーの実態と本音…。演劇を通して、日常に隠されたその声に耳を澄ませました。 
(首都圏局/記者 氏家寛子)

高校生の“リアル”な日常 演劇に

ことし7月、東京・豊島区にある都立千早高校では、演劇部の部員がきたる全国大会に向けて練習に励んでいました。

上演する劇の題名は「7月29日午前9時集合」

高校生の男女3人が、文化祭に向けて演劇のテーマを話し合うという物語です。題名に大きな意味はありません。起伏のあるストーリーも展開されず、劇は淡々と進んでいきます。舞台設定だけをしてリアリティーを追求するスタイルで、高校生の日常を描くことにこだわった作品です。

そんな劇の中で繰り広げられるのは、家族や学校生活をめぐるたわいのない会話。高校生の日常をのぞき込んでいるような気分で見ていると、時折、ハッとさせられるシーンに出会います。

もとになったのは「部員の体験」

例えば、序盤に打ち合わせで部員3人が合流する際、1人の生徒が遅刻した理由を説明するシーンです。

「何してたの?」 
「妹が熱出しちゃってさ」 
「え?大丈夫?」 
「親が出かけてから気持ち悪いとか言いだしてさ」 
「あー分かる。そのタイミングで言うなって思うよね」 
「それでポカリ用意して、おかゆ作って、薬飲ませて…」

このシーンでは、待ち合わせに少しでも遅れないように、部員は手際よく食事や薬を準備して熱を出した妹の世話をしています。 
シーンのモチーフとなっているのは本来は大人が行うべき家事や家族の世話などを日常的に担っている「ヤングケアラー」です。

セリフのもとになったのは、4人のきょうだいがいる部員の実際の体験です。親が留守の時にはきょうだいの食事を準備し、1番下の弟が生まれてからは、掃除や洗濯といった家事も担っているといいます。一方で、本人はこうした日常を当然と思い、ヤングケアラーということばも知りませんでした。

4人のきょうだいがいる部員 
「そもそもヤングケアラーが何かも知らなくて。きょうだいの面倒をみたりするけど、私の中では自分がヤングケアラーだと思っていないという感じです」

なぜ本人も自覚がないこうした体験を、演劇で取り上げようと思ったのか。 
演劇部の指導を行っているNPO法人代表の柏木陽さんに聞きました。

記者

部員たちのこうした体験を取り上げるきっかけは、何だったんですか?

演劇を指導 
柏木陽さん

以前から、リアリティーを追求する劇のヒントにするため、劇のテーマを決める際、部員たちと日常生活のことをお互いに話しながら、テーマや脚本を一緒に考えています。 
今回、部員たちの話を聞いていると、家族の中に幼いきょうだいがいたり、ケアを必要とする大人がいたりする状態だということが分かりました。部員の多くにヤングケアラーといえる経験があることに気づき、部員と相談してこの問題を取り上げることにしました。

 

この劇の見どころは、どういうところですか?

 

高校生がケアの主体として動かないといけないことが、どれだけ学校生活に影響を及ぼしていくのかというところが、今回の演劇のモチーフになっています。高校生の世の中の見え方や考え方とかが、そのまま演劇に表れることが興味深いんじゃないかなと思っています。

気付くのが難しいヤングケアラー

劇では、ヤングケアラーに関するシーンがたびたび登場します。しかし、そこはあえて強調されていません。

例えば、打ち合わせに遅刻した生徒が家庭の状況を話す場面です。

朝、忙しくて食べてないんだよ
あ、妹が熱出しちゃったんだっけ。
そうそう、両親が家出ると面倒見れるの私ぐらいだから。
え?中3の子が面倒見てるんじゃないの?
中3って受験期じゃん。なるべくなら勉強させてあげたいっていうか。

ここから会話が深まると思いきや…すぐに話題はきょうだいが関心のある動画の話に移ってしまいます。本人たちは家族のケアを当然と思い、大変さを強調しない。そして周りも、注意深く話を聞かないと見逃してしまう。ヤングケアラーの実態に気付くのが難しい現実が象徴されています。

続くシーンでも、もうひとつ、ヤングケアラーをめぐる大きな問題が取り上げられます。 
新聞の中で、偶然ヤングケアラーの実態調査の記事を見つけた生徒が、ひと事のようにこうつぶやきます。

「新聞を見ても自分のことのような気がしない。ニュースを見ても自分と結び付かない。大変なことがあったとしても、ぼくたちは相談しようとも思わない。解決するとも思っていない」

“相談する”という選択肢をそもそも持っておらず、つらさや苦しさをことばにすることを思いつくことすら難しい。当事者が自分をヤングケアラーだと自覚しづらいため、周りにいる大人がヤングケアラーの存在に気づけるかが大切になるというメッセージが隠されています。

負担に感じても“不満は言えない”

全国大会がおよそ半月後に迫った、ことし7月中旬。高校の教室では、劇の完成度を高めるため、観客を招いて校内公演が開かれました。公演を前に、部員たちは、終盤のクライマックスのシーンの練習を念入りに行っていました。

主役のひとりがヤングケアラーとしての本音を話そうとすると、周りの部員が朗読する声でかき消されるという場面です。「音のカーテン」と名付けられた周りの声は、ヤングケアラー自身の“罪悪感”を例えたものです。

「家族の一員なのに、ケアに不満を感じていいのか」「不満は言ってはいけないのではないか」という複雑な気持ちを表現しています。

演劇を指導した柏木さんが、きょうだいの世話をする部員から「家族の手伝いをするのは当然だという思いも抱えているので、本音を言ってはいけないと思っているし、負担を感じても言いたいことが言えない」と聞き、部員と相談して取り入れた演出です。

「音のカーテン」は主役が机をたたくと止まり、ヤングケアラーの本音が語られます。

「いつか私も手伝わなくてもいい日がくる」 
「他の人はやってないんだろうと思うと嫌になる」 
「小さい頃はお手伝いを頼まれるとうれしかった」 
「頼りにされると誇らしい気持ちになった」 
(全員で)「なんでこうなっちゃったんだろう」

このあと演劇のテーマは決まらなかったという形で劇は幕を閉じ、ヤングケアラーの問題も解決しないまま終わります。 
作品を見終わった時、高校生たちの成長や明るい未来を見たという印象は残りません。あるのはヤングケアラーの問題を含め、高校生のリアリティーのある日常をかいま見たという感覚です。

 

 

劇はリアリティーにこだわった構成になっています。そこには、どんなメッセージが込められているのでしょうか。

 

この劇では全部を説明しませんし、高校生の日常を見るだけの舞台だと思います。 
だからこそ、一緒に過ごしたりするときに気づけるかどうかは、周りだと思うんです。大人だと思うんです。 
実態をあえてそのまま作品にして見てもらうことで、多くの人が“気づく視線”を持つことができれば、ヤングケアラーの状況を変えていけるチャンスは増えていくと思うので、それが伝われば、この作品に意義があると思います。 
彼らの実像を変えないで、この作品がどこまでわかってもらえるかが、今回のチャレンジだと思います。

高校生の現実と、そこに隠されたヤングケアラーの本音。主役のひとりを演じた部長は、観客に演劇に込められたメッセージに気付いてもらい、ヤングケアラーの存在を考えるきっかけになってほしいと話していました。

千早高校演劇部 部長 西松悠香さん 
「高校生活は楽しいこともたくさんあり、そういうことを家族のケアでなかなか体験できないというのは、きっと本人もつらいと思います。うまく表現できるか不安ですけど、この劇を通じてヤングケアラーの存在や状況を知ってもらえればと思います」

取材後記

ことし7月31日、私(記者)は千早高校演劇部が出場する全国高校総合文化祭を観に行きました。千早高校はトップバッターで出場。1時間ほどの上演でしたが、部員一人一人がしっかりと演じきり、あっという間に終わったという印象でした。

上演が終わると、観客から大きな拍手が送られ、部長の西松さんは「無事に全員で演じることができてよかったです」と、ほっとした表情を浮かべていました。

指導した柏木さんも「客席からの反応もよかった。この1年間の彼らの頑張りに3億点あげたい」と笑顔を見せていました。

国の調査では中学2年生の約17人に1人、全日制の高校2年生の約24人に1人が「世話をする家族がいる」と回答しています。今回の取材を通して、そもそも自分がヤングケアラーだということに気付いていない子どもたちも多くいるのではないかと感じました。日常に隠された“声”にもっと耳を澄ませ、その声に気付いて支援の手を差し伸べることができるように、取材を続けていきたいと思います。

 

NHKではこれからも、ヤングケアラーについて皆さまから寄せられた疑問について、一緒に考え、できる限り答えていきたいと思っています。 
ヤングケアラーについて少しでも疑問に感じていることや、ご意見がありましたら、自由記述欄に投稿をお願いします。

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