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ヤングケアラーだった私と“先生”~私が性に依存したわけ

  • 2022年8月26日

精神疾患とがんを患った母親。
母親に代わり、中学3年生だった長女は、家事や幼いきょうだいの世話を一手に担いました。
そんな彼女に、父親はこう言い続けました。

「長女なのになんでやらないんだ」

誰にも相談できないなか、頼ったのは“憧れの先生”。それが、性に依存するきっかけになりました。
今ではそのことを後悔しているという、はるかさん(仮名・30代)。
同じ苦しみを抱える誰かのためになればと、自身の経験を語ってくれました。

(ネットワーク報道部/記者 石川由季)

精神科に入院した母

取材のきっかけは、はるかさん(仮名)がNHKのヤングケアラー特設サイトに寄せてくれた意見でした。

はるかさんがNHKに寄せたメッセージ

はるかさんは、最近になって「ヤングケアラー」という言葉を知り、母親の代わりとなって家族の世話を一身に背負っていた体験を思い返しました。

そして、これまで胸に秘めてきた、中学3年生の時のある出来事も。

記者

はるかさんは、どのような子ども時代を過ごしていたのですか?

はるかさん

母親が、「強迫性障害」という精神疾患でした。
小学4年生のころから母親の様子が変わり、もともと潔癖だった行動が少しずつエスカレートしていきました。それまでは外出先から帰ると手や足を洗えば家に入ることができていたのが、お風呂に入らないとダメになりました。

当時は、母が家事をしていましたが、この症状を理由に、両親はけんかが絶えなくなりました。ある日、怒鳴り声と大きな物音を聞いて様子を見に行くと、包丁を持つ母の腕を父が力づくで押さえつけていました。
その時のあざが母の腕にずっと残っていたのは、今でもはっきりと覚えています。

 

その後、お母さんの症状は改善したのですか?

 

そうはなりませんでした。
私の家庭は、今だったら考えられないくらい父親が強く、父には絶対に意見を言うことはできませんでした。その父が「精神科に行ったほうがいい」と言って、母は入院することになりました。

 

当時は精神疾患への偏見も強かったので、家族以外にこの話をすることはありませんでした。
退院後も、処方された薬を大量に飲んだり、リストカットをしたりすることもあり、私が中学生になるころには、症状がさらに悪化しました。そして、中学3年生のころ、母親にがんが見つかり、長期で入院することになったのです。

「長女なのになぜ家事をやらない」

 

お母さんが長期間入院して、はるかさんの家庭での役割はどう変わりましたか?

 

私が中学3年生のころ、年の離れた妹はまだ小学生でした。
父は夜勤もある仕事で、自分が母の代わりになって本格的に家事や妹たちの世話を担わざるを得なくなりました。

 

とにかく家のことを回すのに必死でした。
料理は本を見て、必死で覚えました。洗濯物は、毎日たまっていきました。
掃除はやらなくても生きていけると考え、家には物が散乱していました。

 

学校に通いながら、大変な生活でしたね…。

 

そんな生活に追い打ちをかけたのが、父の言葉でした。
「長女なのになぜ家事をやらないんだ」って。受験生で勉強もしないといけなかったのに「家事は女がやるもの」と叱られてばかりでした。どうして私だけが…という思いが募り、どこにも居場所がないという孤独を強く感じていました。

憧れの先生との出会い

 

家族以外に、頼ったり相談したりできる人はいましたか?

 

母ががんの治療のために長く入院するようになっても、私に過度の負担がかかっていることを相談できる人はいませんでした。

入院したことは近所の人や友人、学校の先生も知っていましたが、表面的なやりとりだけで終わっていました。「つらい気持ちを表に出してはいけない」という思いを強く持っていました。

 

どうして、そのように思ったんですか?

 

当時、私の成績は学年トップクラスで、運動部にも所属し、いわゆる“優等生タイプ”の生徒でした。感情を表に出すことで生活が荒れ、今までうまく進んでいた人生の軌道を外れてしまうのが怖かったのだと思います。

それでも負担はどんどん蓄積していき、家に帰りたくないと思う気持ちが増していきました。そんなときに出会ったのが、塾で英語を教えてくれていた男の先生でした。

 

どんな先生だったんですか?

 

当時30代だったと思います。
どうしたら先生のように英語を話せるようになるのか尋ねたら、英語で日記を書くようアドバイスされました。それが距離を縮めるきっかけになりました。
塾のカリキュラムにはありませんでしたが、毎週書いた日記を添削してもらうようになり、個人的に話をする機会が増えていったのです。

当時は先生を尊敬していました。
その経験や華やかな経歴を聞くにつれ「自分がいるのはまだスタートライン。ここから絶対に挽回できる、頑張ればなんとかなる」と感じました。

孤独だった私が向かった先生の家

 

先生とは勉強以外の話もしていたのですか?

 

家庭の話もするようになりました。
入院中の母の話も親身に聞いて具体的にアドバイスをくれたので、「大変だね」としか言葉が返ってこない友だちとは違う対応に信頼感が高まりました。

 

家庭の相談に乗ってもらったことで、さらに親近感を感じたんですね。

 

はい。次第に先生に誘われて公園や喫茶店でも2人で会うようになり、一度家に遊びに行った日には、海外で撮った写真を見せてもらいました。
ただ、そのときに芸術作品だと言われ、女の人のヌード写真も見せられました。

そして中学校の卒業式が終わったある日、「うちに泊まりに来なよ」と連絡が来ました。

 

そのときは、どう受け止めたんですか?

 

家にいたら家事やきょうだいの世話をしなければいけない。
少しでもやっていなければ父親に怒られる。

現実から逃げたい気持ちで、夜中に自宅を抜け出して先生の家に泊まり、言われるがままにしました。当時15歳で、初めての性行為でした。

そこには「もう、いいや」と自分の現状をすべて消し去りたいという思いがありました。

交際していない人と性行為を繰り返すように

 

その後、先生との関係は、どうなりましたか?

 

それっきりで終わりました。
ただ交際していない複数の人と、性行為を繰り返すようになりました。

家庭で私に過度の負担がのしかかる状況が変わらない中で、「性行為をするその瞬間だけは誰かに依存できる」。心から頼れる人がいない中で、そう感じていました。

一方で、それは自傷行為を繰り返すような感覚でもありました。誰にも迷惑はかけていない。悪いこともしていない。お金をもらっているわけでもない。誰かの何かを奪っているわけでもない。精神のバランスを保つためにはしかたのないこと、そう自分に言い聞かせていたんです。

SOSを出せない子どもたちに知ってほしいこと

 

なぜいま、当時のつらい経験を話してくれたんですか?

 

誰にも相談できずに苦しんでいる子どもたちが同じ目に遭わないよう、“つけ込んでくる大人もいる”ことを知ってほしいからです。

私自身、急に襲われたわけではないし、塾の先生からすれば“同意のもと”だったと思います。でも、その前に家に行った段階で“芸術作品”と言ってヌード写真を見せられたりしたので、性行為をほのめかされたというか、うまく丸め込まれたんだと思います。私の家の状況を知っていたので、嫌な目にあっても親には話さないということをわかっていたんじゃないかなって。

もちろん子どものことをちゃんと考えてくれる人もたくさんいると思います。
でも、インターネットを通じていろいろな人とつながれる時代になったからこそ、悪意を持った大人もいるということを知っておいてほしい。当時の私はどこに助けを求めればいいのかわからなかったけど、もっと助けを求めてよかったんだと今は思っています。行政や支援団体などしっかりとした相談・支援機関につながってほしいです。

専門家「生きるための手段」

15歳のときの経験をきっかけに、性行為を繰り返すようになったというはるかさん。当時を振り返り、性に依存していたのではないかと話していました。

精神保健福祉士の資格を持つ杏林大学の加藤雅江教授も、性行為を繰り返す女性に会ったことがあるといいます。
加藤教授は30年にわたって大学病院に勤務し、救命救急センターで搬送されてくる若い女性患者などのサポートにあたった経験があります。

杏林大学 加藤雅江教授
「はるかさんは家族の中で役割を持つことはできても、彼女そのままの存在を肯定してくれるような温かい感情のやり取りがなかったのかもしれません。うれしい、悲しい、つらいということを言葉として発して、相手がそれを受け止め共感してくれる体験を繰り返すといろんな感情があっていいことを知り、いろんな気持ちを持つ自分を受け入れていくことができます。一方でそういう体験が少ないと自分の感情に鈍くなり、つらさや恐怖を感じてしまうことが苦しいので何も感じないようにして自分を守ります」

杏林大学 加藤雅江教授

そのうえで性に依存したことについて、「生きるための手段」だったのではないかと指摘しました。

杏林大学 加藤雅江教授
「性的に求められることこそが自分の存在を認める唯一の理由となり、愛されていることであると誤解してしまうケースは少なくありません。はるかさんが“自傷行為をするように性行為をしていた”と話したということですが、リストカットやオーバードーズといった行為は、死なないようにする“生きるための手段”という一面もあるんです」

専門家「“グルーミング” への対策が必要」

一方、今回のケースには、性的な目的で子どもたちをことば巧みに信頼させ手なずける「グルーミング」の一面があった可能性があると指摘する専門家もいます。

「セックス依存症」などの著書で知られる精神保健福祉士で社会福祉士の斉藤章佳さんは、孤独を感じる一方で周囲に相談できない状況にある子どもたちは、「グルーミング」に特に注意と対策が必要だと訴えます。

長年、性犯罪の加害者の治療などにも携わっている斉藤章佳さん

大船榎本クリニック 精神保健福祉部長 斉藤章佳さん
「手なづけられる形で、性暴力ではなく“同意がある行為”だと思い込ませる。グルーミングによって自分が悪かったからだと思い込まされ、大人になってから性暴力だと気がつくケースは少なくありません。また、性暴力を受けた被害者が、のちのち自傷行為のような強迫的性行動を繰り返すようになることは、臨床のなかではよく見られるケースでもあります。
対策として、こうした地位関係を利用した性暴力は、安全だと思われていた家庭や学校などの中でも十分に起こりえるということが知識として広がれば、周囲からの効果的な介入も含め未然に防げるかもしれません。さらに、性被害にあって、その後に不特定多数との望まない性行為を繰り返しながら苦しみを抱えている人についても、治療や回復の場があるということも知ってほしいと思います」

取材後記

はるかさんは信頼できるパートナーと出会い、生まれ育った街を離れたことで、当時のことを思い出す時間も減り、穏やかな日々を過ごせているといいます。
子どもを育てる中で、同じような思いをする子どもたちを減らしたいという思いが強くなり、今回、取材を受けてくれました。

はるかさんが、性行為を繰り返すきっかけとなった先生との出来事。
「先生と生徒」「大人と未成年」という上下の関係がある中で、SOSを出しにくいと分かっていながら関係を迫ったのだとしたら、それは気持ちを踏みにじる行為です。

ヤングケアラーを支援する場は少しずつ増えてきていますが、生きづらさを感じている子どもたちのSOSが適切な機関や団体につながる必要性を改めて強く感じました。

NHKではこれからも、ヤングケアラーについて皆さまから寄せられた疑問について、一緒に考え、できる限り答えていきたいと思っています。
ヤングケアラーについて少しでも疑問に感じていることや、ご意見がありましたら、自由記述欄に投稿をお願いします。

疑問やご意見はこちらから

  • 石川由季

    ネットワーク報道部 記者

    石川由季

    2012年入局。大津局、首都圏局などを経て現所属。 ヤングケアラーなど福祉関連の取材を続ける。 “子どもを守るための性教育“にも関心を持つ。

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