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オーバードーズをTVで見た父は言った「お前は馬鹿なことするなよ」

  • 2022年6月17日

「お前はこんな馬鹿みたいなことするなよ」
テレビでオーバードーズが取り上げられているのを見ながら、そう言ったのは父親でした。
自身も自傷行為をしていた15歳の女性は、思いがけないことばにがく然としたといいます。
その時の胸のうちを投稿してくれました。

親から常にトップの成績を求められ、どれだけ努力しても褒められることがなかったという女性。気持ちを聞いてもらえず、家に居場所はありませんでした。
自傷行為を繰り返しながら、どんな思いで日々を過ごしてきたのか、話を聞きました。
(首都圏局/ディレクター 田中かな)

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親の期待に応えられない 自傷行為は自分への罰

「私は、OD(オーバードーズ)経験者です。家族でニュースを見ている時、ODについての特集が放送されました。
『何これ?』『はぁ?何がしたいのかわからないな』『お前はこんな馬鹿みたいなことするなよ』『ふざけてるのかな』
両親の口から出た言葉に愕然としました」

こんなメッセージをくれたのは、今春大学生になったばかりのアカリさん(仮名)です。
実家を出て、都内で1人暮らしを始めたばかり。
待ち合わせ場所に笑顔で現れた彼女に、陰のある印象は少しも感じません。

オーバードーズを始めたきっかけについて話を聞くと、両親との関係が大きく影響しているといいます。
ともに学校の教員だというアカリさんの親。子どもの気持ちをよく分かっているのではと思ったのですが…。

アカリさん
「これまでの人生で、両親からまともに褒められた経験がありません。テストの成績は、いつでも学年順位の上位3位以内に入ることを求められましたが、その順位を維持しても『頑張ったね』とも言われないんです。それが当たり前だと思われていることに腹立たしさを感じていました。一方で、少しでも順位が落ちると、誰が1位だったのか聞いてきたり…。すごくしんどかったですね。教員なので、自分たちのメンツが大切だったんだと思います」

家庭での居場所のなさや、どんなに努力しても認めてもらえないことへの苦しさは、やがて自らを傷つける行為につながっていきます。

アカリさんがオーバードーズを始めたは中学2年生から。SNSの“病みアカウント(病み垢)”を通じて知りました。週に2、3回、家にある市販の風邪薬を規定量以上に飲むと、いやなことが心の中から一時的にでも消える気がしました。2年間ほどオーバードーズをしていましたが、薬を定期的に買うお金がなかったため、長くは続きませんでした。

その代わりにしているのが手首などを切る自傷行為です。中学1年生の終わりから最近まで行っていたといい、手首を見せてもらうと細かい傷あとが無数に残っていました。

オーバードーズなどの自傷行為を行うと、不安な気持ちやいらいらした気持ちが少しだけおさまるような気がしたというアカリさん。その一方で、両親に肯定してもらえない自分のことを責める気持ちもあるのだといいます。

アカリさん
「自傷行為は、自分にとっての逃げ道です。物に当たって人に迷惑をかけるよりは、自分に向けたほうが、誰にも迷惑をかけないしまだマシですよね。ただ私の場合、自傷行為は親の期待にちゃんと応えられない自分への罰だとも感じていました。傷があることでもっと頑張らないと、と思えるんです」

1人の人間として見てもらえない

アカリさんが苦しんできたのは、親の期待に応え続けなければならないプレッシャーだけではありませんでした。自分の気持ちや悩みを聞いてもらえないという失望をいつも感じていたそうです。
特に、高圧的な口調で話す父親の態度にたびたび傷つけられてきました。

アカリさん
「暴言や暴力はありませんでしたが、1時間以上にもわたってとうとうと説教が続くことはよくありました。理詰めで、『ノー』と言えない状況に追い込まれるので、対等な意見の交換はできません。1人の人間として見てもらえていないと強く感じました。テレビでオーバードーズの特集を家族で見たときも、頭から“馬鹿なことだ”と、その行為を強く否定していました。教員という立場で、いじめや不登校などつらい子どもの姿も見ているはずなのに、そうした考えを持っていることに血の気が引きました」

ずっと自分自身を否定されてきたため、両親には悩みや本心を話そうとは思えなかったというアカリさん。居場所であるはずの家庭での苦しさと、学校での人間関係のもつれも相まって、自傷行為がどんどん悪化。中学時代はほぼ毎日自らを傷つけていただけでなく、具体的な死を思い浮かべることもあったと話します。

“十分偉いよ”訪れた転機

しかし、高校に入学すると少しずつ状況が回復します。部活動の友人や先輩と良好な関係を築けたことや、運動でストレス発散ができたことで、自傷行為の頻度が減っていきました。さらに学校でも自傷行為をしていたアカリさんに気付いた養護教諭がスクールカウンセラーにつないでくれたことで、やっと他の人に話すことができました。

アカリさん
「(自傷行為について)否定もされないし、やめろとも言われない。話せて楽でしたね」

また、通っていた塾の先生にも自傷行為や家庭での悩みを話すようになったアカリさん。次第に自分のことを少しずつ肯定できるようになったと言います。

「塾の先生に『あなたはよく頑張っているし、十分偉いよ。自分のこともっと褒めてあげよう』と言われて。『今日も学校に行けたね』とか、たいしたことでなくても自分で自分のことを、声に出して褒めるようになりました。先生と話して、対等に向き合ってくれる大人もいるんだと初めて知りました」

私のこと知ろうとしてほしかった

実家が嫌いで、とにかく外に出たかったというアカリさん。親元を離れた今の1人暮らしが、心から快適だといいます。大学では、大好きな歴史を満足いくまで勉強したいと目を輝かせていました。

今、親との関係を振り返って感じていることを聞きました。

アカリさん
「今も(自傷行為を)完全にやめられたわけではないんです。でもやりたいこともたくさんあるし、親とも物理的な距離ができたので、以前よりはまだ話ができるようになった感じです。嫌なときは連絡を取らなければいいですし。それでもやっぱり、親には対等に話を聞いてほしかったし、会話して私のことを知ろうとしてほしかったとは思いますね」

子どもは“作品” そのままを認められない親

暴力や暴言などはなかったものの、我が子へ過度に期待するあまり精神的に追い詰めてしまったように思えるアカリさんの両親の言動。こうした行為が子どもの心にどのような影響をもたらすのか、専門家に聞いてみました。

教育虐待などに詳しい臨床心理士の武田信子さんは、親が子どもを1人の意志を持つ人間ではなく、未熟でコントロールすべき“モノ”のような存在と認識している点に問題があるといいます。

臨床心理士 武田信子さん
「親が子どもを自分の理想の”作品”に仕立て上げたいと一生懸命になるあまり、子どもの人格を十分に尊重できなくなってしまいます。○○してあげる、○○してやるという言葉のように、子どものあり方や感情までもコントロールすべきものと考え、その子をそのまま認めることができない。大人がこうあってほしいと思うその範囲の中の子どもだけを認めようとしている。だから、大人に愛されたい子どもは、その姿を一生懸命演じるわけです。
でもそれは本当の姿ではないから、子どもは親にも外にも出せない自分の気持ちやエネルギーを自分に向けるしかなくなります。自傷行為をすることで目に見える形になるので、自分はこんなに苦しんでいるんだと感じられて少しホッとします。でも本質的な解決ではないので、何度でも繰り返してしまうのです」

親が子どもをコントロール それを肯定する社会

武田さんは、こうした状況は、一部の家庭の特殊事情ではなく、日本の社会において起こりやすい問題であると指摘します。

武田さん
「日本の社会の中に、子どもに対して親が一生懸命やるのは良いことだという前提があります。”中学受験は親次第“といった本がたくさん出ていますし、今や幼児期の子どもの遊びまで親がコントロールしています。ところが、子どもは試行錯誤しながら自分の力でできるようになろうとしますから、次第に“どうしたら、たとえ失敗しても自分でやっていきたい気持ちをわかってもらえるのだろう”と考えるようになるのです。
 いまの日本では、子どもを効率的により良い商品にしていこうという動きにみんなが巻き込まれています。この問題を本質的に解決しようと思うなら、社会全体の価値観を変えていくしかありません」

そうした社会の中で、親子の関係性によって生じる子どもの苦しさをどうすれば取り除くことができるのでしょうか?

武田さん
「親に意識してほしいのは、子どもをたくさんの大人の手で育てるということです。自分だけで完璧に育てようとすると、”失敗できない“と親自身も追い詰められていきます。子育てに多くの人が関われば、客観的な視点が持てますし、多少失敗をしても自分だけを責める必要がなくなります。子どもにとっても、親以外の人との出会いが重要です。コロナ禍で難しくなってはいますが、地域の大人や子どもが集まるような活動に参加して仲間と一緒に子育てをすることを心がけてみてほしいです」

取材後記

『つらい、しんどい、どうしようもない気持ちを自分へ向けるしかないと思っている人が、見えないところにたくさんいることを、報道してください』とメッセージをくれたアカリさん。

話を聞いて、一番に肯定してもらいたい両親に人として認めてもらえないという気持ちを抱えながら生きてきた数年はとても苦しかっただろうと想像しました。
一方で子どもに“こうあってほしい”と高い理想を求めてしまう親の気持ちも、少しだけわかるような気がします。家族だから言わなくてもわかる、ではなく家族だからこそ会話をして相手を知ろうとすることが何より重要なのだと感じました。

 

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  • 田中かな

    首都圏局 ディレクター

    田中かな

    2018年入局。秋田局を経て2021年から首都圏局。 秋田局在籍中から自殺や障害者に関するテーマについて取材。

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