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あらかわ遊園 30年ぶりリニューアル どう変わった?支える人は

  • 2022年4月26日

東京都内でただ一つ、自治体が運営する遊園地、東京・荒川区の「あらかわ遊園」。今回30年ぶりに大規模改修を行い、リニューアルオープンしました。遊園地はどう変わったのか、そして、オープンを支えたのは幅広い世代に楽しんでもらおうという地元ボランティアの熱い思いでした。
(映像センター/ニュースディレクター 石井孝典)

あらかわ遊園リニューアルオープン

東京、荒川区の「あらかわ遊園」。2018年12月から改修工事のため休園していましたが、4月21日、リニューアルオープンしました。
大規模な改修工事は、およそ30年ぶり。荒川区では、およそ40億円をかけてほとんどの遊具を新しくしました。

観覧車は、直径が26メートルから40メートルに大きくなりました。
遊園地のすぐそばを流れる隅田川と、東京スカイツリー、天気が良いと富士山を望むこともできます。

天候に左右されず園内を楽しめるよう新たに屋内施設も作られました。
2階建ての施設で、子どもたちが体を動かせる室内のアスレチック遊具や、壁に登って遊ぶ施設、ままごとができるスペースなどが設けられています。
0歳から12歳までの子どもが利用できます。

バリアフリー化も進められ、定番のメリーゴーランドや豆汽車などの乗り物も、車いすに乗ったまま利用できるようになりました。

70代夫婦
「地元で生まれ育って子どもの時からずっと来ていました。子どもを連れてきて、孫を連れてきてお世話になっています」

30代女性
「初めてですが、子どものころに行ったような場所だと思います。子どものころ、大きな遊園地ではなく、これくらいの遊園地で動物もいるところに連れてきてもらった」

 

荒川区荒川遊園課 野口正紀課長
「お客様からは『いつオープンするのか』という声も多くいただき、長い間お待たせしました。安全に十分配慮しているのでどうか安心して楽しんでいただければと思っています」

あらかわ遊園 100年の歴史

あらかわ遊園が建設されたのは、ちょうど100年前。レンガ工場の敷地に建設され、その後施設は拡張されました。
当時、観月橋の近くにある竜宮館と、茶屋の檜御殿が建築美を競っていました。大浴場や映画館、水上自転車など、子ども向けの乗り物や動物園などがあり、行楽地としてにぎわいました。

昭和25年当時のあらかわ遊園

しかし、戦争で閉園し、施設は荒廃しました。
その後、子どもたちの健全な育成につなげようと、昭和25年から荒川区が運営を始め、全国でも珍しい公営の遊園地となっています。
最近も年間40万人以上が訪れる人気スポットとなっていましたが、遊具などの老朽化のため、30年ぶりに大規模改修を実施、リニューアルオープンしたのです。

支えるボランティアたち

今回のリニューアルオープンを支えたのは、地元のボランティアの人たちです。
園内にある下町都電ミニ資料館。

集まった子どもたちの目線の先にあるのは、縦3メートル・横5メートルもある大きな鉄道模型。子どもたちが、模型の電車を動かすことができます。

模型を作ったのは、あらかわ遊園の近くに住む、伊藤朋行さん(59)。建築の仕事の合間を縫って、2年かけて製作しました。

画面中央奥:父親の信男さん(2017年撮影)

この模型は、実は2代目。最初の模型は、伊藤さんの父、信男さんが作りました。
集まった子どもたちの笑顔を見るのが好きだった信男さんでしたが、4年前に病気で亡くなりました。
朋行さんは、父親の意志を引き継いで新たな模型を作ることにしました。

伊藤朋行
さん

父親が病気で倒れた時に、あと頼むと言われたんです。

 

製作作業には、頼もしい仲間も加わりました。若手ボランティアの土屋範一さん。小学生のころ信男さんが製作した鉄道模型に魅了された1人です。

土屋範一
さん

信男さんも人に思い出を、子どものためにというのを大事にされていたので、鉄道の楽しさを子どもたちに継承していきたいと思います。

新しくできた模型は、初代のものに比べ列車だけでなく、街で暮らす人などディテールを細かくして、リアルな町並みを再現しました。

伊藤朋行
さん

リニューアルにあたって、前回よりグレードアップした。作るからには、父親の上をいかなきゃいけないと思って作りました。継続出来たことで、喜んでいると思います。

紙芝居のボランティアも

もう1人、あらかわ遊園に欠かせないボランティアがいます。

紙芝居で園内のお客さんを沸かせる森下昌毅さん(66)。
森下さんも、紙芝居を父親から受け継いだ2代目です。

画面右:父親の正雄さん

父親の正雄さんは、昭和の名紙芝居師として、街頭で子どもたちに紙芝居を披露していました。しかし、66歳の時に咽頭がんで声帯を摘出、声を失います。
そんな時、ファンから届いたのが、正雄さんの声が吹き込まれたカセットテープ。声を失っても、そのテープに合わせて20年、死ぬまで紙芝居師として現役で活動を続けました。

13年前、昌毅さんは父の思いを引き継ぎ、紙芝居を披露するようになりました。

森下昌毅
さん

父が残してくれたテープが残っていましたから、それを聞きながら全部原本を作って、紙芝居とあわせて練習をしました。

 

森下さんのおはこは、昭和初期にヒットした紙芝居「黄金バット」。

「ギャオスギャオス。怒るザウルスはワニのような大きな口をあけ、黄金バットをかみ砕こうとしたが、黄金バットの黄金丸の名刀は、ゾウルスの目をええい」

使う紙芝居は、父、正雄さんの時代からのもの。当時、印刷の紙芝居はなく、一枚一枚、絵描き師が段ボールに書いていたのです。
そして、必ず着るのが正雄さんが使っていたはっぴです。

紙芝居を行う森下昌毅さん
「昔の紙芝居を見せると、こどもたちは最初きょとんとしているけど、始まると食らいついてくる。父から受け継いだ紙芝居を、リニューアルしたあらかわ遊園の場で、より多くの人に見てもらいたい」

世代を超えて、多くの人に愛される「あらかわ遊園」。施設が新しくなっただけでなく、幅広い世代に楽しんでもらおうと、親子2代にわたる地元のボランティアの熱い思いが支えていました。

「あらかわ遊園」に、入園するには感染対策のため、当面の間はホームページで事前の予約が必要になるということです。
また、伊藤さんが作った鉄道模型の体験は、原則毎週日曜日に開催されるということです。
また森下さんの紙芝居は、定期的に開催され、開催日はホームページなどに掲載されるということです。

  • 石井孝典

    映像センター ニュースディレクター

    石井孝典

    2008年入局 新潟局、大阪局などを経て現在の所属 美空ひばりさんが特別出演した幻の映画や、劣化して見られなくなった8ミリフィルムを復活させるフィルム修復師、地域を記録した貴重なフィルム映像など、希少な映像を基にしたリポートを取材、制作。

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