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不作続くのり 食い荒らす東京湾のクロダイをとらえた!

  • 2022年3月18日

東京湾で養殖される「江戸前のり」がピンチです。釣り人にも人気の魚「クロダイ」が、養殖網で育つのりを食べているというのです。被害がなぜ発生するようになったのか?水中カメラでその実態に迫ります。
(【潜水取材班】千葉局/カメラマン 高橋大輔、首都圏局/カメラマン 浅石啓介)

東京湾産の「江戸前のり」

 

海上に浮かぶ「江戸前のり」の養殖場

「江戸前のり」は香りや味がよく、江戸前のりしか扱わない、というこだわりの店もあるほどです。
東京湾で養殖されるのりは、冬の冷たい海で成長します。私たちが訪れたのは1月、収穫の最盛期です。

のり養殖を行う平野勝也さん

江戸前のりの産地千葉県富津市で、30年近くのりの養殖を続ける平野勝也さんに案内してもらいました。港から船でおよそ10分、沖合にあるのりの養殖場に着くと、平野さんが網を海から引き上げ見せてくれました。網についていたのはわずか数センチの短いのり。この時期、順調に成長していれば15センチほどになっているといいます。

平野勝也さん
「本当のりが糸のようにスーッと下へ伸びているんだけど、それが根元からなくなっている、という感じですね。全面的にやられていますよ」

今回見せてもらった網  順調にのりが育った網

こうした現象は7年ほど前からはじまり、生産量は4分の1にまで落ち込みました。「丹精込めて作っているのにやりきれない」と話しながら、その原因について話してくれました。「クロダイがのりを食べているのだと思います」しかし、養殖網周辺の海面に目をこらしても、魚の姿は見当たりません。
「クロダイは、人間がいなくなるといつの間にか姿を現す賢いヤツなんです」と平野さんは教えてくれました。

無人カメラで撮影に挑戦

海のなかでなにが起きているのか?クロダイが本当にのりを食べているのか?私たちは養殖網の下に無人カメラを設置して撮影を試みました。人の気配を消すためにいったん港に戻り、5時間後、再び養殖場へ向かいカメラを回収。映像を確認すると驚くべき様子が映っていました。

撮影開始から40分、遠くにうっすらと魚影が現れます。徐々にカメラの前に近づいてきたのは、平野さんが指摘していた「クロダイ」でした。大きさは30cm程。鋭い歯と丈夫なあごを持ち、海藻などもひきちぎって食べる雑食性の魚です。クロダイは徐々に増え続け、気づけば画面を埋め尽くすほどの群れに。そして、次々とのりを食べ始めたのです。撮影を行った4時間あまりの間、クロダイはのりを食べ続けていました。

クロダイによる食害増加  なぜ?

クロダイによる食害は、ここ数年で顕著になってきました。平野さんは「海の環境が変わってきた」と感じています。その原因の1つとして考えられるのが海水温の変化です。クロダイは海水温が下がると活動量が落ち、岩陰などに身を潜めじっとしています。しかし、映像では冬にもかかわらず群れをなして活発に動いてのりを食べています。
東京湾は2017年から黒潮の蛇行によって南の温かい海水が流れ込む影響が強まっていますが、取材を進めるとその影響だけでなく、長期的に水温が上昇していることがわかってきました。東京湾の環境変化が水産生物に与える影響を調査する専門家を訪ねました。

千葉県水産総合研究センター 石井光廣 主幹

石井さんたちは東京湾の海水温や、クロダイがいつどこで底引きにかかったかを長期的に調査してきました。東京湾中心部の水温の定点観測では、1月の平均水温が60年前と2015年の比較で3度ほど上がっています。この海水温の上昇がクロダイの活動できる範囲を広げ、のりの養殖が行われている海域に広がったと指摘します。

千葉県水産総合研究センター 石井光廣 主幹

「今までは、のりを収穫する時期の水温が低くクロダイの活動も鈍いため、被害はあまりありませんでした。しかし、冬場の水温が上がったことでクロダイの活動が活発になると、養殖場に入り込んで盛んにのりを食べるようになり、数も増えて影響が大きくなったと考えています。冬の水温の変化で、のりの養殖場と冬のクロダイの活動地域が重なるようになったのです」

これは、石井さんたちのデータを基に、クロダイが1月に底引き網にかかった緯度情報を地図上に表した図です。1990年代は湾の手前に限られていたクロダイの活動域が、徐々に湾の奥まで広がっていることがわかります。温暖化などに伴う海水温の上昇で、冬でも活発に動けるようになったクロダイがのりを食べていたのです。

東京湾の変化が意味するもの

漁業者はクロダイからのりを守るために、養殖網の周りにネットを張るなどの対策に追われています。しかし、被害を抑え込むことはできていません。

「費用も時間もかけて、収穫直前に食べられてしまった時はほんとうに心が折れそうになる。でも、クロダイも生きるのに必死なのだと思います」

同じ1度の変化でも、水温の変化は気温の変化より生態系に与える影響が大きいと専門家は話します。今回の取材で、東京湾の海の中でも温暖化が引き起こす影響が、目に見える形になっていることを実感しました。こうした状況が続けば、やがて東京湾の生態系はさらに大きく変化し、気づいた時には今ある多くのものを失っているのかもしれません。そうならないためにも、海の中の変化をつぶさに見つめ、伝え続けていきたいと思います。

  • 浅石啓介

    首都圏局

    浅石啓介

    NHK潜水班に入り10年。これまで、北海道知床の「流氷の海」や三重・福井の「海女文化」など、日本各地の水辺で潜水取材をしてきました。首都圏局では、”東京湾の今”をテーマに取材を続けています。

  • 高橋大輔

    千葉放送局

    高橋大輔

    NHK潜水班として鹿児島奄美大島の「豪雨被害」や東北の「震災後の海」などの潜水取材をしてきました。 子どもたちと海やプールに行くのが大好きです。いつかいっしょに東京湾にも潜りたいです。

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