若者を中心に人気が高まっている対戦型ゲームのスポーツ競技「eスポーツ」。耳にする機会、増えていませんか?
その大会が盛んに行われているのが群馬県。地域のブランド力を高めようと、県をあげて推進する取り組みを続けているのです。
その群馬県で、ちょっと変わったeスポーツの大会が開かれました。大会の主役はプレーヤーではなく「実況」でした。(前橋放送局 記者 木下健)
eスポーツの「実況日本一」をかけた戦い。群馬県高崎市を会場に、県主催で開かれました。
狙いは「実況者の“すそ野”を広げること」。eスポーツの人気が高まる一方で、実況をする人の数が限られている現状があるからです。
11月の日曜日に開かれた決勝トーナメントには8人が出場しました。全国およそ50人が参加した予選を勝ち抜いた精鋭たちです。
これは、どうなってしまうのか!!!
最後の最後まで、集中していただきたい!!!
大きな声で、時にあおるように盛り上げる実況をする人が多い中で、明らかに語り口と雰囲気が異なる人がいました。
その名は「AVEL」(アベル)さん。唯一の群馬県出身で、唯一の女性でした。
eスポーツの取材を続けてきた私は、大会前、そのAVELさんに取材を申し込んだところ快諾。決勝3日前、自宅で取材しました。
AVELさんは、モニターを前にトレーニングに励んでいました。2年前にゲームを始め、最初は選手としてシューティングゲームの大会に参加。そこで知り合った仲間から「実況をしてみないか」と声をかけられたのです。
「ゲームをより魅力的に伝えられる」と感じ仕事をしながら練習を重ねて来ました。
AVELさん
「無意識に言葉を発して、脳みその理解力よりも早く口を動かしてる感じです。やっぱりいいプレーを見れば心が高ぶって楽しくなります」
実況のプロを目指す中、今の実力を試したいと、大会に挑戦しました。
群馬県が、eスポーツの大会を開催する理由は、県の「ブランド力」を上げたいという思いがあります。背景にあるのは、東京に近く、温泉などの観光資源も豊富にあるのにも関わらず、その良さが十分知られていないという危機感。
そこで、県が目を付けたのが、若者たちを中心に人気の高いeスポーツでした。
このため、2020年、全国で初めてeスポーツと名がつく部署「eスポーツ・新コンテンツ創出課」を立ち上げ、推し進めているのです。
これまでに、19歳以下の大会「U19eスポーツ選手権」など様々な大会の開催を行っています。
「実況日本一」を目指すAVELさんの持ち味は、見る人に寄り添った「丁寧な実況」です。
予選でのAVELさんの実況
予選では、ゲームの実況に加えて、チーターが獲物を追いかける動画の実況も課題になりました。
ここでのAVELさんの実況が審査員の注目を集めました。
自動車の排気ガスや工場の煙突から出る煙のないきれいな空気。星を隠す高いビルのない荒野の野生が広がる世界。そんな世界に暮らすハンター、チーターを見て“みましょう”。
チーターがイノシシに手を当てて捕まえようとしましたが、イノシシは穴に逃げてしまい“ました”。ほかのイノシシに追いつこうとするチーター。捕獲するまでの体力はなかったの“でしょうか”…諦めてしまい“ました”。
興奮をあおることは一切なし。
その“丁寧すぎる”とも言える実況に審査員から「物語を聞いているように落ち着く」と高い評価を受けて決勝に進みました。
しかし、決勝を前に、その最大の特徴に“ダメ出し”が…。
決勝で実況するゲームは5人1組でお互いの陣地を奪い合うシミュレーションゲーム。とてつもないスピードで同時にプレーが進んでいきます。
AVELさんにとっては初めての題材でした。
この日、ゲームに詳しい知り合いにオンライン上でアドバイスを求めました。そこで、持ち味の「丁寧な実況」が逆に「弱点」になると指摘されたのです。
なんとか“しました”ではなく端的に話そう。ゲームにはジャンルの違いがある。試合の展開が速い。敬語を使って語尾が長くなってしまうと重要なシーンの説明ができなくなってしまいますよ。
しかし、AVELさん。なかなか癖が抜けず悪戦苦闘していました。
追われてしまっている“ようです”。
分散されて“しまいました”。
AVELさん、指摘を受けたあとなんだから敬語をやめないと、テレビ的に映え(ばえ)ないです。
もう、やだー
机に突っ伏してしまいました。
挑戦を支えるのは家族。eスポーツの世界でも、それは変わりません。
AVELさんのかたわらには、いつも母親がいました。手に持っているのはゲームに出てくるキャラクターを記したカードです。AVELさんが1つ1つ手作りしたものを元に、一緒に覚えていました。娘の背中をそっと押していました。
AVELさんの母親
「視野が広がればいいなと思ってるので、自分で納得のいくように行って来てほしいなと思います」
迎えた決勝当日。母とともに会場に現れたAVELさんは緊張した面持ちでした。
この大会の審査員は5人。プロのeスポーツ実況者などが審査員を務めました。「自分らしさ」をアピールできているかや、的確に実況しているか、実況に必要なテクニックを1人100点満点で評価して勝敗が決まります。
初戦で、いきなりゲーム歴の長い優勝候補と対戦したAVELさん。
今回“アムム”という私の好きなキャラクターがいるので、すごく楽しみな試合になっています。
母とともに覚えたキャラクターの名前をことばにしていきますが、初の大舞台で緊張は隠しきれませんでした。
赤が自陣に引いていきます。仲間が帰ってくるのを待ちたいですね。ここでブルーチームが勝ち取りました、お見事です。
なんとか実況を続けましたが、ゲームの重要なポイントを伝えきれませんでした。結果は、相手に100点近い差をつけられて敗退でした。
しかし、表彰式。初戦敗退にもかかわらずAVELさんの名前が呼ばれました。
予選の動画での実況に「将来性が評価できる」として特別賞を受賞したのです。持ち味の「丁寧な実況」は異色ではあるものの、AVELさんのオリジナリティーとして、これまでにない可能性を秘めているのかもしれません。
AVELさん
「まさか私が呼ばれるとは思っていなかったので、うれしかったですね。これからも頑張って欲しいと声をかけてもらったので、今後とも頑張って行きたいと思います」
AVELさんのように「ゲームの実況をしたい」という人はさらに増えることが予想される調査結果がまとまりました。
保険会社が2021年6月、全国の中高生を対象に「将来なりたい職業」を聞きました。
その結果、中学生の男女ではいずれもトップ10に「ゲームの実況者」がランクインしたのです。
男子中学生
1位:YouTuberなどの動画投稿者
2位:プロeスポーツプレーヤー
3位:会社経営者・起業家
4位:ITエンジニア・プログラマー
5位:ゲームの実況者
女子中学生
1位:芸能人
2位:YouTuberなどの動画投稿者
3位:漫画家など絵を描く職業・美容師
…
10位:ゲームの実況者
若者の間では、今やゲームの実況はただの遊びではなく「将来の夢」としてとらえられているようです。日本は欧米に比べ、eスポーツの分野では遅れをとり「eスポーツ後進国」とも言われています。群馬県の取り組みが、その現状を打破するきっかけになるのか、今後も注目して取材を続けます。