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増える高層木造ビル 11階建ても 地震や火事に耐える最新技術とは

  • 2021年12月20日

横浜で建設が進められている地上11階建てのビル。なんと日本初の「純木造」高層ビルです。
いま、大手の建設会社が手がける大型の木造建築が首都圏の各地に続々と登場しています。
背景にあるのは世界的な課題の気候変動。木材を大規模建築に大量に使うことで日本が目指す「脱炭素社会」の実現につなげようというのです。
とはいえ、ここは地震大国ニッポン。耐震性や火災のリスクは大丈夫? 気になる最新事情を取材しました。(首都圏局/ディレクター 田淵奈央)

木造の高層マンションが登場 地震や火災にも耐える最新技術

茶色で示した部分が木でできた構造部材

東京神田のオフィス街にこの春完成した14階建ての高層マンション。これまで強度や耐火性を満たすため鉄やコンクリートで作られることが一般的でしたが、このマンションではその一部が木造でできています。

部屋に入ると、建物を支える木造の柱や壁がそのまま内装の一部となっていて木の香りが広がります。

住人

木のぬくもりが感じられるので気に入っています。壁は本当に堅くて、地震があった時も、びくともしませんでした。

鉄やコンクリートよりも弱く、燃えやすいというイメージがある木材ですが、こうした不安を解消したのが「エンジニアリングウッド」と呼ばれる加工した木材の進歩でした。

耐震性を保つため、壁には、細長い木の板を並べた層を繊維が直交するように互い違いに何層も重ねて圧着したCLT(直交集成板)という建材を使っています。縦横どちらからの力にも耐え、コンクリート並みの強度で建物を支えることができます。

火災から守るために、柱は3層構造になっています。火災が起きると表面の木が燃えて炭化し、中に熱を通しにくくします。その内側は石こうでできていて、さらに熱を吸収します。この2つの層で、中心にある構造部分の木材を熱から守ります。1時間燃やし続けても燃えるのは表面だけで、中心の木には焦げひとつできず、建物を支え続けることができるという仕組みです。

なぜ今木造?背景には「脱炭素」への思惑が

とはいえ、なぜ今あえて木造なのか。その背景には「脱炭素」への関心の高まりと、日本の人工林の「高齢化」がありました。
気候変動問題の解決に向けて、去年、政府は2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする「脱炭素社会」を目指すと宣言しました。これは、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの「排出量」から、森林などによる「吸収量」を差し引いた合計をゼロにすることを意味しています。

しかし、いま日本では森林の「吸収量」の減少が大きな課題になっています。
木は二酸化炭素を吸収し、成長するにつれその量は増えていきます。しかし、樹齢20年頃を過ぎ成熟すると吸収量が減り始めてしまいます。建材として使われるスギやヒノキは多くが戦後の高度経済成長期に全国各地に植林されたもので、現在そうした人工林の過半を樹齢50年超の成熟した木が占めています。人工林の高齢化により二酸化炭素の吸収量は減少が続き、2003年度は約9900万トンでしたが、2019年度には約5500万トンと4割以上減っています。

脱炭素化を進めるためには、成熟して吸収量の減った木を積極的に使い、空いた土地に新たに木を植える“循環”を促して、森林による二酸化炭素の吸収量を回復させることが求められます。
そこで国は、ことし10月にあらゆる建物への木材の利用を支援する新たな法律を施行。吸収量の回復を加速させようとしているのです。

脱炭素を加速せよ!日本初「純木造」高層ビルも

そうした動きを受けて始まったのが、より多くの木材を使うことができる「純木造」高層ビルの建設です。

横浜で建設中の地上11階建て、高さ44mの日本初「純木造」高層ビル。柱や梁など建物を支える骨組みのすべてが木でできていて、このビルだけで小学校のプール5杯分に相当する約2000㎥の木材が使われています。

純木造にすることで、ビルが建つまでに排出する二酸化炭素の削減にも大きく寄与します。実は、これまで建物を建てる過程で最も多く二酸化炭素を排出していたのは、製鉄など建築資材を作る段階でした。これらの材料を極力使わずに木材に置き換えることができるため、建設過程での二酸化炭素排出量を抑えられるということです。このビルの場合、同規模の建物を鉄骨で建てるのと比べて、建設過程での二酸化炭素の排出量は2分の1ほどに抑えられているといいます。削減される二酸化炭素の量は約3000トンで、これは1600人以上の人が1年間で排出する量に相当します。

コスト・生産性追求からの脱却がカギ

一方で、課題はコストです。現在の建設コストは鉄骨で建てる場合と比べて約2割増しで、まだビジネスとして成立させていくのは難しい状況だといいます。このビルも、3億円あまりの国の補助金を受けてようやく建設にこぎ着けました。

大手建設会社 藤生直人さん
「コスト追求、生産性のみを追求する今までの姿が高度経済成長期を支えてきましたが、最近は加えて環境、未来につながる形を作っていくことを企業は問われています。今はその転換期で経済と環境が両立しない面がありますが、先頭を切っていくことで脱炭素社会の実現に近づいていくと考えています」

脱炭素を日本の武器にできるか

今後こうした高層木造建築の普及は加速していくのか、内閣府SDGs未来都市検討・評価委員で、企業や自治体の環境への取り組みを支援する東京大学の藤田壮教授に聞きました。

藤田さん
「全世界で「脱炭素」という共通の課題に向かっていて、二酸化炭素削減の排出削減に取り組む企業に集まる投資は世界中で3000兆円にのぼるとされています。こうした“グリーン資本”の拡大を考えると、木造化の動きが加速して主流になるのではないかと考えています。企業にとって木造化へのチャレンジはブランドになり、現在の資金調達にもプラスに働いています。今はまだ黎明期、始まりの時期ではありますが、今後数が増えていくことで資材の量産も可能となりコストダウンの見込みもあるので、それまで国や自治体の補助金などで動きを後押ししていくことも大切です。ただし、すべてがビジネスとして成立するとは限りません。高層だけでなく、中・低層の建物にもっと木造を増やして脱炭素を加速させていくなど、様々な戦略を考えていく必要があります。今後ビジネスとして実現されていけば、日本が世界のモデルになるのではないかと思います」

取材後記

「木は地震や火災に弱い」「木を切るのは環境破壊」など、木に関する凝り固まったイメージがガラリと覆されました。取材を進めると、国産木材の利用は建築業界だけでなく、メーカーなど他の業種にも広がっていることもわかり、脱炭素化の動きを追い風に、身の回りのものが温かみのある木に変わっていく時代がすぐ近くまで来ているように感じました。
脱炭素、環境問題というと、遠く難しい問題のように感じてしまうこともあるかもしれませんが、“10年後、20年後にどのような景色であってほしいか”、夢を語る議論、ものづくりが進んでいってほしいと思います。

  • 田淵奈央

    首都圏局 ディレクター

    田淵奈央

    2014年入局。松江局・おはよう日本を経て、2020年から首都圏局。人口減少問題や里親支援、新型コロナの医療現場などを取材。

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