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電車内で切りつけが起きたら 現役乗務員「私もきっとパニックに」

  • 2021年12月3日

走行中の京王線の車内で乗客が切りつけられた上、車内に放火された事件はほかの乗務員たちにも大きな衝撃を与えました。
今回、私たちの取材に応じてくれた首都圏の鉄道会社に勤める現役乗務員は「私もきっとパニックになっただろう」と語りました。予測できない犯罪からどう乗客を守れば良いのか。答えのない問いに向き合い続けています。
(首都圏局/チーフディレクター 大淵光彦、ディレクター 近松伴也)

見たことのない光景に衝撃

今回、取材に答えてくれたのは首都圏の鉄道会社に勤務する乗務員です。勤務先や氏名を明かさないという条件で、乗客とは違う視点から事件についての考えを聞きました。
走行中の電車の中での、刃物による切りつけと放火。事件を知ったときの衝撃は大きかったといいます。

A乗務員
「最初Twitterで流れてきた映像を見て、電車の中で起こっているという実感が湧かないぐらい、ドラマを見ているように思える映像でかなりびっくりしました。お客さまが実際に車内でパニックになっている映像、走って逃げている映像を見たのは初めてでした。車内で急病人があった時などは、周辺のかたが焦って乗務員に声をかけてくることはありますが、何十人もまとめてパニックになるっていうのは、乗務員の経験の中でも見たことがありません」

B乗務員
「事件のあと、同じ乗務員として何ができるかを考えていたのですが、正直、京王線の事件の対応が最善だったのかもわからないし、私のところでそれが起きても、何ができたかを考えると難しいところがいろいろあると思います。少なからず、運転士も車掌もパニックになっていたのでは。私も動揺するとか、パニックになっていたと思います」

事件後わき上がった疑問・批判について

事件のあと、同じ車両に乗っていた乗客からは、運転士や車掌の対応に疑問の声が上がりました。

▼車内の状況を伝えるアナウンスがなかった
▼電車がすぐに停止しなかった
▼国領駅に停車してもドアが開かなかった

アナウンスがなかったこと

車内アナウンスがなかったことについて、2人の乗務員が指摘したのは、車内の状況を運転士や車掌が把握することの難しさでした。
それぞれの車両には非常通報装置が備えられていて、ボタンを押すと車掌に知らせることができ、通話ができる仕組みになっています。しかし、京王電鉄の報告書では、車掌の呼びかけに対して乗客からの応答がなかったとされています。

A乗務員
「通話できるシステムの車両であれば、ボタンを押されたお客さまと通話して、何があったのかを伺った上でその後の対応を決めることになっています。今回は、お客さまがパニックになって取りあえず異常を知らせようと、非常通報装置を何個も押されたと思うのですが、乗客の方は押して逃げているわけですから、乗務員には何があったのか詳細が分からないのかなと思うので、そこは課題だと思います。ふだんから、いたずらや間違いで押されることがよくあるので、最初はもしかしたら、一つだけ押されて応答がないという状況では、いたずらという可能性も車掌にはよぎったのかもしれません」

B乗務員
「今回の状況だと、通話できなかったので、『非常通報装置が押されたので確認します』とか、『次どこどこの駅で止まります』とか、それしかいいようがないですね。でもそれさえ言えれば、乗客の人たちの混乱も、もう少し違っていたかもしれません」

電車はなぜすぐに止まらなかったのか

証言によると、車内に異変が起きてからも電車が走り続け、運転席のドアをたたいて開けるよう呼びかけた乗客もいたといいます。電車を止めるという判断について聞きました。

A乗務員
「例えば急病人が出たときも、一番近くの駅に止めるのが必ずしも最適な答えとは限りません。どの駅でもどの時間帯でも対応できるわけではないので、やはり乗務員は駅員が多くいる駅を知っていて、そこに行って止まるという取り扱いになります。乗客の方が考えることと、運転士が考えることは違う部分があると思います。例えば火災が起きているとしたら、トンネルの中や地下の駅には止まらないとなっているので、地下の駅で止めたということは、火災を把握していなかったということになると思います。あるいは、すぐ消えたという話を聞いていますが、これが燃え続けているようであれば、地下の駅は危険なのでこの駅には止まらなかったと思います」

事件の際には止まらない電車から逃げようと、ドアの開閉が手動でできるようになる非常用のドアコックを操作した乗客も。こうした判断については。

B乗務員
「例えば刃物じゃなくても、火災が起きた場合など一刻を争いますね、煙もありますし。そういう場合は非常用ドアコックを使って逃げる判断になると思います。ただ、例えば駅と駅の間でそういう事態になった場合、ドアコックを使ってドアを手動で開け、車外に降りるとなると、反対側から来る電車を止めないと、降りたところでひかれてしまう可能性があります。安易に使ってほしくない、ただ、緊急事態で使わないでくださいとも言えませんし、そこは難しいところです」

ドアはなぜ開かなかった?

国領駅に緊急停車した電車。しかし、停車位置から2メートルずれていたため、ドアを開ける操作はされませんでした。その結果、乗客は窓から次々とホームへ脱出。この対応に批判の声が上がっています。

A乗務員
「扉を開けることはできないと思います。一番基本的には、停止位置がずれているということは、どこかの扉がホームにない状態になっていると考えられるからです。開けたところで、ホームドアの壁が、車両側のドアと重なって結局出られないという考え方もできるので、基本的には、最初はドアを開けるのは考えられないのではないでしょうか。やはり停止位置を正しいところまで直そうという考えになると思います。こうした異常時には、乗務員としても迷いますし、賛否両論あります。開けたほうがいいという意見もありますし、閉めたままであるのが普通だという意見もあるので、いろんな鉄道会社としても、答えが今のところ出ていないというのが正直なところだと思います」

難しい対策 背景に人員削減も

考えられる対策として、車内の状況を把握するための人員配置や、駅の巡回の強化などが上げられています。しかし、2人の乗務員が共通して語っていたのは、人員を削減する動きが進んでいることへの危惧でした。

B乗務員
「ずっと人が減らされてきました。駅によっては駅員も2~3人です。車いすの方など、フォローが必要なのに駅の係員が全然いないとか、お手伝いをするのに駅の係員が間に合わず、車掌が対応していることもあります。何も起きなければいいのですが、こういうことが起きたときに、ホームまで来て対応するのにそれで本当に足りるのか。どんどん人が減らされていくことへの不安を、こういう事件を見るとさらに感じます」

A乗務員
「人がいなくても運転できる無人の列車だと一番効率的なので、どこの会社も車掌をまずなくして、運転手もなくしてと、だんだんワンマンになり、無人になり、と進めています。事故が起こったときに対応できるような状況にしてから、ワンマンや無人化を進めるのであればいいと思うのですが、現状そういうシステムは発展途上なので、今回の事件で課題が見えたのではないかと思います」

安全への重い責任 葛藤も

多くの人を乗せて電車を運行することへの責任の重さを、日々認識しながら業務に当たる乗務員の話を聞き、今回の事件が突きつけた課題の難しさを感じました。

話をしてくれた2人ともが「もし自分だったら」という答えのない問いに向き合い続けています。
B乗務員の勤務先では、対策が話し合われているといいますが、葛藤は続いています。

B乗務員
「『なにかあったときは、まず自分の身を守って複数で対応する』と、昔から言われてきました。自分の身を守れなければ、乗客の安全は守れないし、複数で対応すればなんとかなるでしょうと。そうはいっても、車内には運転手と車掌しかいない。乗客の人たちは制服を着ている運転手と車掌を見て、“この人たちが私たちを守ってくれる”という心理におそらくなるでしょう。そうすると、まず自分の身をと言われても、正義感は出てくるわけで、そこに任せて出ていって、切りつけられてしまう、ケガしてしまう、最悪、死んでしまう可能性もあります。なかなか自分の身を守って乗客を避難させるのは難しいと思いますね」

  • 大淵光彦

    首都圏局 チーフディレクター

    大淵光彦

    1998年入局。報道局おはよう日本を経て2021年から首都圏局。ヘイトスピーチやネットの誹謗中傷など、人権にかかわる企画を制作。

  • 近松伴也

    首都圏局 ディレクター

    近松伴也

    2010年入局。水戸局、おはよう日本、社会番組部を経て、2021年から「首都圏情報ネタドリ!」などを制作。趣味はポイ活。

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