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コロナ禍で給与半減 “普通の母親”がツイデモで変えた国の支援制度

  • 2021年11月17日

「政治に関心もなくて、運動とか政治とか全く関係ない、普通の働くお母さんでした」
そう自身について話す2人の子どもの“お母さん”。
新型コロナウイルスの感染拡大で子どもたちが一斉休校となった際、子どものためになるべく仕事の量を減らし、早く家に帰るようにした結果、給与は半減し、5万円を切る月もあったといいます。そして国の支援制度をめぐって、「おかしいのではないか」と感じて動きました。その方法は部屋にいながら仲間とともに始めた“ツイデモ=ツイッターデモ”でした。
“普通のお母さん”の1つのつぶやきは徐々に大きなうねりになり、国の制度を変えたのです。11月で公布から75年を迎えた日本国憲法。21条で保障する、「表現の自由」の新たなかたちともいえるものでした。 
(首都圏局/記者 山内拓磨)

一斉休校 給与が5万円以下に

岐阜県の沖田麻理子さん(41)。小学4年生の長男、高校1年生の長女と、3人で暮らしています。
これまで、子どもが学校に通っている時間を中心にパートで働き、家計を支えてきました。しかし、新型コロナの影響が暮らしを直撃します。去年3月から5月にかけて行われた一斉休校。突然、「来週から一斉休校」と発表された際、長男は小学2年生、長女は中学2年生でした。

上の時間が沖田さんの時間軸、下が子どもたちの時間軸

沖田さんは、子どもだけを8時間自宅に残して、仕事に向かわざるを得ませんでした。

子どものためになるべく仕事の量を減らし、早く家に帰るようにした結果、給与は半減。5万円を切る月もあったといいます。

沖田麻理子さん
「私は身近に頼れる親族も近くにいないし、本当にどうしようかと思いました。仕事をしていても、息子から『いつ帰ってくるの?』と電話があったり。数時間ならお留守番もできるでしょうけれど、当時はいつ終わりが来るかも分からず、数週間、数か月となると子どもたちにも無理をさせてしまいました。それでも、収入がゼロになってしまうというのはできないことだったので、私は仕事半分、子ども半分にせざるを得ませんでした」

助成制度が使えない

生活も厳しくなる中で沖田さんが頼ろうとしたのが、国の助成制度でした。
当時の制度の仕組みです。

この制度は、休校のために休まざるを得ない保護者に対し、企業が有給の休暇を法定のものとは別に追加で与え、企業が国に申請すると、国から企業に助成金が出るというものです。

沖田さんは、この制度を使いたいと勤務先に訴えましたが、聞き入れてもらえなかったといいます。

沖田さん

『あなただけのためには使えない』、『ほかの働いている従業員が不平等になる』というのは言われました。制度を申請することは会社にとっては義務ではないし、プラスにはならないという判断をされてしまったようでした。

記者

権利だからと会社に伝えるのは難しかったのですか?

沖田さん

非正規従業員の立場でそれができる人はほとんどいないんじゃないかと思います。実際に頼んでも認めてもらえない、認められなくて当たり前という立場で働いているのが、私たちの状況でしたから。

“働くお母さんたち”が動く

働く親と子どものための国の制度が使えない。
ネットを見ていた沖田さんの目にとまったのは、同じような立場に置かれた親たちの声でした。

「会社側が対応してくれません」
「パート行けないから給料なし」
「会社に話しに行って、少し家あけて帰ったら下の子泣いてた」

沖田麻理子さん
「『会社に何度お願いしても制度を使ってくれない』『これ以上話をすると立場がどんどん悪くなってしまうので諦めるしかないのか』、そんな声でした。そうした書き込みを見ていると、本人ではなく会社が申請しないといけないという制度は明らかにおかしいなって。会社にというより、制度自体に問題があるんじゃないかと思うようになりました」

沖田さんは、同じ思いをしている保護者はもっとたくさんいるのではないかと考え、ネット上に書き込みをしていた人たちに連絡を取って、つながるようになりました。

コロナ禍で直接集まることが難しい中、連絡はLINEのオンラインチャットの機能を使い、どうすれば「制度がおかしい」という声を広げていけるか試行錯誤を重ねたといいます。

沖田麻理子さん
「運動や政治など全く関係ない、普通の働くお母さんで、やり方も何も本当に分からない中でした。情報を共有したり、作戦を立てたりしました」

ツイデモやネット署名で制度が変わった!

議論を重ねてたどり着いた方法の1つが、ツイッターを使ったデモ、「ツイデモ」でした。
働きながらでも家にいても、コロナ禍でもできる意思表示です。

去年11月 「#子育て世代の助成金をつかわせてください」というハッシュタグを付けた投稿を繰り返し発信しました。
多くの投稿が繰り返されると、さらに注目が集まりやすくなる仕組みです。
発信するにあたっては、それぞれの思いが伝わるよう、丁寧に書き込むようにしたといいます。

沖田麻理子さん
「『こういう問題が起こっているよ』ということを、実際のその立場にない人たちにも知ってもらいたいというねらいがありました。私も、日中仕事から帰って、子どもたちのお世話をしてからツイデモという形で、みんな頑張ってやりました。思いが届いた方もいると思います」

さらに、12月にはオンライン署名を呼びかけました。
ツイデモなどこれまでの活動の効果もあってか、1週間で1400以上の賛同が得られました。仲間と共に厚生労働省を訪れ、沖田さんが副大臣に手渡しました。

この時点で、制度に基づいて支給された助成金は確保された予算の2割余り。「使いづらさが原因だ」と、沖田さんらは予野党の政治家にも訴えるなど、働きかけを続けました。

そしてことし3月、会社が申請をしない場合は、原則として保護者個人が制度を申請できるように見直されました。

今でも、大企業に勤める一部の労働者は、休んだ時期によっては、会社の申請が必要なままで、「制度を使えない人が今もいる」と、沖田さんは仲間と活動を続けています。

問題は全て解決したわけではありませんが、都心から離れた岐阜県の部屋からネットを駆使してデモやオンライン署名を呼びかけ、国の政策を変えることができたことに、沖田さんは手応えを感じたといいます。

沖田麻理子さん
「最初は自分だけのことだったのですが、インターネットを通じて仲間とつながって、人数が集まることで声がちょっとずつ大きくなって、聞いてもらえたと感じています。1人じゃないというのは、物事を変えるためにすごく大きな力になると思いました。私自身、街で行うデモには参加したことがありませんし、子育てをしながらだと参加したくても難しいと思います。
そんな中で、ネット署名とかツイデモとかが生まれてきたのは、私たちのような弱い立場だったり、時間に余裕がなかったりする人たちにとっては、自分の権利や子どもたちを守ることにつながるんじゃないかと思います。何かを変えたいと思った時に、自分が今いる場所からできるというのは、いろんな可能性を生んでいると感じました。困っているとか辛いとか、ここがおかしいというのは、どんどん言っていいんだと思います

憲法・表現の自由の「新たなかたち」

国の制度を変えたネットでのデモや署名。憲法に詳しい、関西学院大学法科大学院の井上武史教授は、憲法が保障する表現の自由の新たなかたちとして今後、定着してくるのではないかと指摘します。

憲法21条1項 
「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」
※国民が自ら政治に参加するために不可欠の権利とされる

関西学院大学法科大学院 井上武史教授
「そもそも“デモ”は、1人で声を出すよりも多数の人が1つの場所に集まって主張することで、威力を借りて主張をアピールできるという、市民が社会や政治に声を上げる有効な手段だと考えられてきました。
これまでは、発信ができるのはメディアや著名人が中心になってきたわけですが、SNSの発達などで誰でも意見が言えるようになったわけです。
憲法が作られた75年前にはコンピューターもなく、もちろん想定していなかったとはいえ、新たなツールで“表現ができる”ということ自体は、まさに憲法が想定している状況だと思います。
『自分でも意見を言えるんだ』というのは、社会に対して積極的に関わる契機ができたということですので、これからもネットやSNSを使った意見表明はなくならないでしょう」

一方で課題も指摘します。

・誤った情報の裏付けがないまま発信され拡散する恐れがあること
・匿名なので意見が過激になる恐れがあること
・限られた人が複数のアカウントを使って発信すると、「数」が水増しされる恐れがあること

などを挙げました。

その上で、政治の場での「議論のきっかけ」にすることが重要だと指摘します。

関西学院大学法科大学院 井上武史教授
「ツイッターデモは、メディアや社会が見落としていた問題を提起できる点では非常に意味があると思いますが、内容によって別の意見を持つ人もいるわけです。提起された問題が社会で共有された上で、政治の場でしっかり議論されることが重要だと思います。
これまで、国民が政治に影響力を与えるのは選挙が中心で、1回選挙をすると4年後まで明確な意思表示がしにくい状況でした。ヨーロッパなどでは、選挙のほかにもデモによって権利を勝ち取ったり体制を変えたりといった歴史があるので、デモで社会を変えられるという信念があるのかもしれませんが、残念ながら日本では根付きにくかったと思います。そうした中で、SNSの時代になって、気軽に意見を表明できるようになったことで、デモや集会への心理的な障壁も除かれつつあるのかもしれません。このことはいいことだと思いますし、民主主義にとって望ましいと言えます。SNSの広がりによって表現の自由が生かされていると感じますし、そうした声があがってくることが民主主義の質の向上にもつながっていくと良いと考えています」

取材後記

沖田さんは、去年12月に厚生労働省に署名を届けに向かう際、当時小学3年生だった長男が渡してくれたという手紙を見せてくれました。
学校のノートの切れ端に、自分の似顔絵と共に「がんばってね」と書いてあります。運動を続ける中で心が折れそうなこともあった沖田さんは、新幹線の中で決意を新たにしたといいます。

国会からも霞ヶ関からも遠く離れた岐阜県の自室にいながら、同じ悩みを抱える親たちとつながり、“デモ”を行い、署名を呼びかけることができる。
日常の風景が、実は憲法で保障された権利の行使にもあたると思うと、市民が声を上げて制度を変えていける可能性を感じました。

  • 山内拓磨

    首都圏局 記者

    山内拓磨

    2007年入局。長崎局、福岡局を経て報道局社会部。検察担当などを経て、2020年から首都圏局。憲法やコロナ取材を担当

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