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メルカリCEOが理系目指す女子に奨学金 IT業界の危機感と支援

  • 2021年9月30日

「理系の高校に進学する女子生徒に奨学金を支給する」
8月、フリマアプリ大手メルカリのCEOによるこのメッセージに注目が集まりました。
理系分野に進む女性が先進国の中でも突出して少ないという日本の問題は以前から指摘されてきました。その解決に今回、30億円を投じるというのです。
「女子は理系科目が苦手」という思い込み、身近なロールモデルとなる女性の不在。理系やIT分野に進む女子の前に立ちはだかるさまざまなハードルを取り払って進学を後押しする取り組みも動き出しています。
(首都圏局/ディレクター 柳田理央子)

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メルカリCEOが動いた 理系目指す女性を支援

理系分野に女性を増やす。動き始めたのがフリマアプリ大手「メルカリ」のCEO、山田進太郎さんです。ことし7月、30億円の私財を投じて「山田進太郎D&I財団」を設立し、活動の第一弾として理系の高校に進学する女子生徒最大100人に奨学金を支給すると発表しました。(募集は10月10日まで)
その背景には、ビジネスを通して感じた危機感があったといいます。山田さんに話を聞きました。

Q 今回このような取り組みを始めた理由は?
「世界でも日本でも老若男女を含めてより多様な方々にサービスを提供していくためには、より多様な組織で対応することが必要になってきています。われわれの会社は特にエンジニアが多いのですが、やはり女性が少ない。エンジニアはそもそも労働市場でも女性の比率が20%ぐらいしかなく、これを30%、40%にもっていくのはすごく難しい。そうすると、もっと前の段階、大学、高校、中学から理系に進む女性が増えていかないと、このジェンダーギャップの問題は解決しないと思いました」

Q 奨学金の対象を理系の高校に進学する女子生徒にしたのはなぜですか?
「中学生の時点で文系・理系の成績の男女差は基本的にはありませんが、日本では大学で理系に進もうという段階で、急に女子の数が減ってしまいます。その理由としては、中高生のタイミングで理系の学校に進学すると女子がマイノリティになってしまったり、周りの大人に理解があまりないために「女性なのに理系なの?」と言われたりして、やる気をそがれてしまい進学を断念してしまっているからではないかと思います。
理系に進みたい女子に、活躍している先輩の姿や将来の働き方が伝わっていないこともあるのではないでしょうか。例えばエンジニアはリモートワークができ、産休や育休もある程度自由にとれるし、給料も良くなってきています。無理に理系に進んでほしいわけではなく、“理科が好きなのに”“医者になりたいのに”と、エンジニアだけでなく色んな方が断念してしまっている状況を変えたい。そこで、女子中学生で理系の高校を選ぶ人たちを対象にしました」

女子が理系の進路を選択しにくいことは日本では長年の課題になっています。
大学の学部別の女性の割合は、理学系が27.8パーセント、工学系が15.7パーセントで、この数字はOECD加盟国で最低の水準です。IT分野も同様の傾向が指摘されています。デジタル化が進む中、国は、2030年にはIT人材が最大約79万人不足すると試算し、今後ますますこの分野で活躍する女性が必要になっているのです。

一方で、今回の発表にはさまざまな反応がありました。中には、女子生徒に限定するのは逆差別ではないかという指摘も。これについても山田さんに聞きました。

「今は、STEM分野(科学・技術・工学・数学)に進みたいという女性にとっては、周囲の反対を受けたり、進学するとマイノリティになったりという状況があって、ハードルが高くて公平ではない部分があるのではないかと考えています。そういった状況に対して、ポジティブアクションを取ることはむしろ必要なことだと思いますね。女性が優遇されているというより女性が直面させられている障害の方が大きいのではないかと思っています」

あらゆる人がバックグラウンドに関わらず活躍できることを目指せる社会になるべきだという考え方=「D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)」が世界の標準的な考え方になってきていて、そこに対応できる組織が生き残っていくと山田さんは今後の見通しをそう語ります。
女の子の父親でもある山田さんは、10年後、20年後の状況がもっと明るいものであるよう自分が貢献したいと話していました。

女子をもっとIT分野に! “女子限定”プログラミングコンテスト

IT分野に進む女子生徒を後押ししようという動きはほかにも。
ことし4月に開催された、女子限定の世界的なプログラミングコンテスト「テクノベーションガールズ」の日本イベント。主催したのは、2年前から女子のプログラミング教育に取り組んでいる都内の一般社団法人「Waffle」です。
コンテスト開催のねらいは、文系か理系か進路を選ぶ中高生の段階でプログラミングの専門知識に触れてもらい、関心を持つ女子を増やすことです。ことしは23チーム、75人の女子中高生が参加し、身近にある社会課題を解決するアプリを作ってプレゼンし、順位を競いました。

参加者のひとり、埼玉県内の高校2年生、川田侃央(かんな)さんです。プログラミングは全くの初心者ですが、高校の先生から参加を勧められ興味を持ちました。

川田侃央さん
「アプリはふだんから使っているけれど、自分で作るなんて絶対に無理だと思っていました。でもイベントの説明を聞くと、おもしろそうだし意外とやってみたらできるのかもしれないと思えたので挑戦しました」

以前から農業に関心があった川田さんは食品ロスを解決するためのアプリを作ることに。生ゴミから堆肥を作るとポイントがたまり、商品と交換できるというものです。同じくプログラミングの経験がない2人の高校生とチームを組み、オンラインで打ち合わせしながら3か月間試行錯誤を繰り返しました。

それぞれのチームには、IT企業で働く女性エンジニアがボランティアでサポート役を務めます。わからないことは基本から教わることができます。実際に現場で働く女性の先輩から話を聞くことで、将来を具体的にイメージしてもらうこともねらいです。

サポート役 日本マイクロソフト 石田真彩さん
「学生のうちに理系分野で活躍する女性の先輩と接する機会があるかどうかは、すごく大きいと思っています。例えば、学校で将来のキャリアについて先輩が話してくれるような会で、エンジニアなど理系の職業の話をしてくれるのがいつも男性だったら『私もなりたい』と思う気持ちはやっぱり少し減ってしまうと思うんです。
『私がしているのはこんな仕事だよ』『こんなところが楽しいよ』と話すだけでも身近に感じてもらえるのではないかと、参加する意義を感じています」

コンテスト当日、川田さんはアプリのコンセプトや仕組みについて堂々とプレゼンし、見事上位10チームに選ばれました。「テクノロジーで農業をより身近な存在にできるんじゃないかと感じた」と話す川田さん。プログラミングをもっと学び、将来は農業とITを組み合わせた仕事をしてみたいそうです。

Waffle 代表理事 田中沙弥果さん
「プログラミング教室を開くと、参加者は8:2で、2が女子という現状です。でも実際にやってみると、女子のほうが苦手ということは決してなく、単純に機会がないだけです。今回のコンテストのように、テクノロジーを使って身近な課題を解決できるという経験をすることで、プログラミングやITが自分から遠いものではないと知ってもらい、将来の職業選択の幅を広げてほしいと思っています」

身近なロールモデルは学校の先生 ITの女性教員を増やそう

女子にとって身近なロールモデルとなる存在を増やそうとする取り組みも進められています。
児童・生徒が進路を選択する上で、身近な大人でもある学校の教員が与える影響は強いことから、「Waffle」では女子中高生の体験の場とともに、プログラミング教育に強い女性教員を増やそうという取り組みも新たに始めました。これまでIT教育を担う教員の養成講座を開いてきたNPO「みんなのコード」と共同で、8月に女性教員限定のプログラミングの研修会を開催しました。

NPO法人 みんなのコード 竹谷正明さん
「『IT担当は男性教員』と暗黙の了解のように決まっている学校が多く、これまで養成講座に参加するのはほとんど男性でした。学校の中でも、IT機器のことで困ったことがあると、女性教員が男性教員に聞きにいくような光景がよくあって、そういう姿を子どもたちが日常的に見ていると『女の先生はパソコンが苦手なんだ』というステレオタイプが形成されてしまう。だからこそ、一番身近な女性教員がITを使いこなす姿を見せることが大事です」

参加した女性教員からは「自分ももっとチャレンジしないといけない」とか「興味のある子どもが理系やITの道を選択するためにも、教員が頑張らなければ」などの意見があがり、教員の意識も高めていく必要があることを認識したようでした。

Waffle 共同代表 斎藤明日美さん
「“女の子はテクノロジーやITが苦手”というステレオタイプもどんどん変わっていけばいいと思います。デジタル大臣やIT企業のCEOなど、いろんな形で社会を変えていく存在になってほしいなと思います」

取材を終えて

メルカリの山田CEOのインタビューの中で印象に残っているのは、「誰もがやりたいことをやれる社会にしていきたい」ということば。私自身、子どものころに周囲の大人たちから「女の子なんだから◯◯してはだめ」と声をかけられ、悔しい思いをした経験も少なくありません。性別という個人の能力とは全く関係ないところで、未来が狭められてしまうのは絶対にあってはならないことだと思います。
理系・IT分野でもっと多くの女性が活躍できるようになれば、これまで見過ごされてきた課題が見つかったり、多様なイノベーションが生まれたりする可能性があります。それは、社会にとっても大きなプラスになるのではないでしょうか。そんな未来を作るための動きがどこまで加速していくのか、今後も注目していきたいと思います。

  • 柳田理央子

    首都圏局 ディレクター

    柳田理央子

    2013年入局。松山局・おはよう日本を経て2019年から首都圏局。ジェンダーやセクシュアリティーに関心を持ち取材。

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