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コロナ禍のオリンピック 国立競技場を見上げる人たち

  • 2021年8月3日

新型コロナ感染者が急増し、4回目の緊急事態宣言が出るなか、無観客で始まった異例の東京オリンピック。「五輪をやっている場合ではない」、「努力してきたアスリートに活躍できる場を」など、さまざまな意見が噴出しています。人々はコロナ禍で始まったオリンピックをどう考えるのか?無観客となったメインスタジアム「国立競技場」にあえて足を運び、そこで出会った人たちに聞いてみました。
(首都圏局/カメラマン 田元俊之)

7月23日 開会式当日

開会式が始まるのは午後8時。3時間程前に国立競技場に着いた私は、目の前に広がる光景にちょっと驚きました。競技場周辺の路上に多くの人が集まっていたのです。集まった人たちは、狭い歩道でデジタルカメラやスマートホンで競技場を写真に収め、お互いの体がぶつからないよう気をつけて歩いていました。 

五輪マークのモニュメントでは、記念写真を撮ろうという人たちの順番待ちの行列ができています。かなりのにぎわいです。行列には並ばず、フェンスの向こうの競技場を背景に写真を撮っていた家族に話を聞いてみました。 

「日本でオリンピックが開催されたことを、子どもたちの記憶に残してあげたくて、せめて本物の国立競技場を見せたいと思いました。実際に目にしていれば、自宅のテレビでオリンピックの映像を見ても、日本でオリンピックが開催されているんだ、という実感が少しでも持てると思ったんです」 

大田区から一家4人で訪れた家族は、女子サッカー予選のチケットを手に入れ、オリンピックを楽しみにしていました。
しかし、感染拡大が続き、今はオリンピックとどう向き合えばよいか迷っていると言います。 

「開催してほしいという気持ちの一方で、新型コロナの影響が続いている状況があります。子どもたちにも『オリンピックの開催は喜ばしいこと』と強く伝えられません。新型コロナの感染者が増えているので、オリンピックが開催されることでさらに増えるのではと心配です」 

家族は写真を撮ったあとまっすぐ自宅に帰り、開会式はテレビで楽しむと話していました。 

開会式が始まる直前になると、緊急事態宣言にもかかわらず競技場が見える歩道は多くの人ですれ違うのも困難な状況になっていました。

周辺には多くの飲食店があります。コロナ禍でずっと我慢を強いられてきた飲食店の話を聞かせてもらおうと、競技場近くのメキシコ料理の店を訪ねました。 

メキシコ料理店経営 井上誠さん
「3年前にこの店をオープンしました。当初はオリンピックに期待していましたし、終わったあとも国立競技場の敷地の一部に公園ができると聞いたので、集客が見込めると考えていました」 

井上さんの店は、新型コロナの影響による時短営業や酒類の提供自粛などで、売り上げは当初の見込みの半分以下に。4回目の緊急事態宣言が出てからはランチのみの営業としていましたが、大会が始まれば多少人出が増えるかもしれないと考え、開会式の前日から午後8時まで店を開けることにしました。 

井上さん
「昼は良かったですけど、夕方からは客の入りは良くないですね。人通りは多いんですけどね」 

コロナ禍がなければ、期間中はオリンピック開催を祝うお祭りムードでにぎわったはずです。開会式が始まる午後8時、まだ多くの人が店の前を行き交うなか、井上さんは店先の明かりを消し、看板を片づけました。 

井上さん
「お店としては厳しい状況ですけど、それはみんな一緒だから仕方ないですね。選手の皆さんには頑張ってほしいと思います。正直、オリンピックに期待することはありません。無事に終わってほしいと思います。オリンピックもそうですし、来てくれるお客さん、うちの従業員も含めて安全な状態であることが一番じゃないかな。安全が一番です。感染拡大してしまったら、元も子もないと思いますので」

国立競技場から時折開会式の演出の花火が打ち上がり、人々の歓声が聞こえてきます。井上さんは黙々と店の後片付けを続けていました。

メダルラッシュ!ぬぐえない違和感

開会式から4日後の27日、台風8号が東北地方に近づき、関東では午前中に降っていた雨がやみ青空が見え始めていました。平日ということもあり、開会式の日に比べれば人通りは少なめです。国立競技場から歩いて数分の商店街を訪れました。
通りには、TOKYO2020のフラッグが静かに揺れています。

訪ねたのは50代の男性が営む食料品店。周辺の会社がリモートワークを始めたことで、昼食などを購入する会社員が減り、売り上げが落ちてしまいました。 

食料品店 店主
「地元に国立競技場があり、オリンピックの開催で多くの人たちが来てくれることで、地元が盛り上がると期待していました。私自身、陸上、ソフトボール、それにサッカーのチケットも取っていたので、無観客での開催が決まったときはとても残念でした。でも、感染者が増えているなかでは、仕方ないですよね」 

競技が始まると日本はメダルラッシュ。テレビのオリンピック中継を見るのが楽しみだと言います。 

食料品店 店主
「やっぱり日本人の選手が活躍すると素直にうれしいですよね。卓球の水谷選手と伊藤選手の混合ダブルスの金メダル獲得はすごいなと思ったし、スケートボードも見ていて面白かったです」

そんな話を伺っていると、突然テレビのオリンピックの中継番組が、ニュースを伝えるアナウンサーの画面に切り替わりました。東京の感染者数を伝える速報ニュースです。 

「東京都はきょう、都内で新たに2848人が新型コロナウイルスに感染していることを確認したと発表しました。1週間前の火曜日の倍以上となり、過去最多となりました」 

男性は「えっ!」と声を上げ、驚いた表情でテレビ画面を見つめています。 

食料品店 店主
「こんなに早く感染者が増えていくとは思っていませんでした。第3波の感染者数を超えたことに驚いています。このあとどれだけ増えていくのかと考えると、ぞっとします。オリンピックの中止とかはあるのでしょうか?」 

少し考えたあと、言葉を選びながら話してくれました。 

食料品店 店主
「テレビで選手の表情を見ると笑顔になれるので、それは素直にいいことだと思います。でも、医療現場の人たちや新型コロナに感染した人たちは大変ですよね。現実を忘れてはいけないということだと思います」

帰り道、五輪マークのモニュメントへ向かうと、この日も記念写真を撮ろうという人々で行列ができていました。モニュメントから少し離れたところで休んでいた親子に話を聞きました。 

母親(50代)

お父さんがどうしてもって言うから娘と3人で来たんですけど、私はワクチンをまだ打ってないから、本当は来たくなかったんです。オリンピックは、リスクがあるなかで開催したのだから、世界から感謝されてもおかしくないのに、なんか変な形で日本が注目されてしまった感じですよね。

娘(20代)

私はオリンピックの開催に、どちらかというと反対でした。ちゃんと安全に開催できるか、私には分からなかったからです。若い人たちへのワクチン接種も進んでいないですよね。でも、始まってしまったからには、選手には頑張ってほしい、という感じです。

順番待ちの列に並んでいた父親から声がかかり、2人は行列へ戻っていきました。太陽は間もなく遠くのビル群に沈もうとしています。夕日がモニュメントの五つの輪を照らし、地面には長い陰が伸びていました。 

花形の陸上競技スタート 「非日常」で繰り広げられる祭典

7月30日。この日から国立競技場で陸上競技が始まります。一方、前日の東京都の感染者数は3865人と、3日連続で最多を更新しました。 

競技場近くの路地は、人通りは少なく静かでしたが、1人、また1人とお客さんが入っていく店があります。のぞいてみると店内はお昼ご飯を食べる人たちでほぼ満席、刺身や串焼きなど居酒屋メニューのボードが掛けられています。こだわりの魚料理のランチが人気のようです。 

対応してくれたのは、店主の頼一生さん(45)。この場所で24年前から営業している居酒屋を10年前に引き継ぎました。スポーツ観戦が大好きだという頼さんは、オリンピックの招致が決まった時は「店を閉めて観戦しに行きたい!」と思うほど喜んだそうです。

はじめはオリンピックによるにぎわいにも期待しましたが、繰り返される緊急事態宣言による営業自粛、無観客開催の決定…。リモートワークが浸透し主な客層である会社員の姿も大幅に減り、売り上げは大きく落ち込んだままです。今も営業はランチのみと割り切り、午後3時には店を閉めています。 

頼さん
「去年、オリンピックが延期になったときに『これは商売としては期待できないな』と思い、検討していた外国語のメニューも作るのをやめました。ことし1月の第3波の感染拡大のときには、『これは少なくとも観客の制限をするだろう』と思いました」 

結局、多くの会場で無観客開催となったオリンピックは、メインスタジアムの近くで店を営む頼さんが想像していた大会とは違うものでした。 

頼さん
「今まで見てきた、自分が好きだと思うオリンピックとは違いますね。自分が住んでいる東京で開催されているという実感が、まったく無いですね。いろんな国の人たちが街を行き交うなど、スポーツの祭典の雰囲気がありません。自宅のテレビで観戦していますが、自分が好きなスポーツ観戦というのは、いろんな人と一緒に応援したり、勝利を喜んだりすることだと改めて思いました」

最後に店主として、1人のスポーツファンとして、このオリンピックについてどう思うか聞いてみました。 

頼さん
「確かに新型コロナによる店の影響は大きいです。仕事を失った人がいたり、医療従事者の方たちのように、私よりも大変な状況の人は世の中にたくさんいると思います。その不満の矛先をどこに向ければいいのか分かりませんが、でも五輪やアスリートに向けるのは違うと思います。アスリートは純粋に記録を競う、それでいいと思います。

ただ、去年の春からコロナ禍がずっと続いてきて忘れがちですが、いまの状況って『非日常』なんですよね。今回のオリンピックは、コロナ禍という『非日常』の中でやっている。だから、テレビで選手を応援していても、ほんとにこんなことやっていていいのかな、と思うことがあります」

かすむ国立競技場

店を出るとにわか雨が降っていました。連日の猛暑、急な大雨、選手たちは過酷な環境で競技に挑んでいます。
そして、私たちは新型コロナウイルスの感染急拡大という窮地に立たされています。

増え続ける感染者数におびえながら、選手たちがメダルを掲げる姿に勇気づけられる日々。フェンスに囲まれた国立競技場が、雨にかすんで見えました。

  • 田元俊之

    首都圏局 カメラマン

    田元俊之

    42歳。宮崎、福島・いわき、高松を経て2018年から東京で勤務。ニュースや番組の撮影を担当するカメラマン。コロナ禍の東京を歩き、取材・発信をしています。

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