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“本人の夫”注目にモヤモヤ 都議選からジェンダーギャップを考える

都議選から考えるジェンダーギャップ1
  • 2021年8月3日

「奥さんの選挙をサポートして偉いね」
東京都議会議員選挙に立候補した妻の選挙運動に“本人の夫”というタスキをつけて応援した夫に寄せられた賞賛の言葉です。
でも、その横にいた候補者本人は、複雑な思いがこみ上げてきました。
「立場が逆だったら、こんなに褒められただろうか…」
定数127人中、史上最多の41人の女性が当選したことし7月の都議会議員選挙。女性候補たちの選挙戦で何が起きていたのでしょうか。
(首都圏局/ディレクター 木村桜子)

“奥さんの応援をするなんてえらい!”にモヤモヤ…

4歳の娘を育てている佐藤ことさん(日本維新の会)は、日頃から疑問を感じていた子育て施策や、障害者福祉の課題を解決したいと、2020年7月の東京都議会議員補選から政治の世界へのチャレンジを始め、今回も北区から立候補しました。

家族は、佐藤さんの政治家になる夢を応援。夫は、佐藤さんが選挙活動に集中できるよう、有給休暇を取得して家事や育児を担ってくれました。さらに「本人の夫」というタスキを付けて街宣車での応援演説にも駆けつけました。

佐藤さんは「夫が全面的に協力してくれて、本当に感謝しています」と語ります。しかしその一方で、「本人の夫」への周囲の反応に割り切れないものも感じたといいます。

佐藤ことさん
「“本人の夫”タスキはものすごく反響がありました。周囲の方々からは『奥さんの選挙のサポートするなんて偉い!』という言葉を夫にたくさんかけていただきました。その一方で、果たして妻である女性が“本人の妻”とタスキをかけて同じことをしても、そこまで褒めてもらえただろうかとも思いました。おそらく『奥さんは手伝ってあたり前』で、何も言われないのではないでしょうか」

「女のくせに」「ちゃんと子育てしないと」女性候補へのヤジ

選挙活動中には、子どものいる女性候補というだけで心無い言葉をぶつけられることもありました。
6月、佐藤さんがSNSに投稿したつぶやきです。

佐藤ことさん
「演説していると、主に中高年の男性から『女なのに、なんで選挙に出ているんだ?』『育児はしているのか?』とヤジられることがよくありました。同世代のママさんや、高齢の女性からも『お子さんは大丈夫なの?』といわれることがありましたが、数としては中高年の男性からが大半でした。男性候補者には『男のくせに』や『子育てはどうした?』などというヤジは飛ばされないと思います。家庭のことを心配して声をかけてくれたのかもしれませんが、“女性なのに育児をしていないなんて”と責められた気持ちになり、悲しかったです」

“選挙はルッキズムにとらわれている”

子育てや障害者支援に携わってきた当事者としての目線を生かして、今の政治を変えたい。
佐藤さんは「100の政策」を打ち出し、多様性やジェンダーの問題などを演説で訴えてきました。しかし、有権者やメディアから寄せられる関心は、“容姿”に集中しました。

2020年7月の東京都議会補選選挙(北区)は、佐藤さん含め候補者5人全員が女性。週刊誌やSNSでは「女だらけの都議選」などと書き立てられたといいます。

佐藤ことさん
「候補者がすべて男性だけだったとしても“男だらけの選挙戦”なんてセンセーショナルな伝えられ方はしないと思うんです。報道の内容も『若い女性』『容姿はどうか』という言及が多く、政策を見てもらえませんでした。今回の選挙でも“佐藤さんはきれいだね”“ポスターの印象がよかったから投票したよ”という有権者の方もいらっしゃいました。関心を持っていただけるのはありがたいのですが、選挙はルッキズム(見た目の良しあしで人を評価したり差別したりすること)にとらわれているとも感じました。ゆくゆくは政策の中身で勝負できるような選挙にしていかなければと思いました」

“女性に『議員になろうよ』とは言えない” 元都議が語る理由

「今回、2期目を目指して出馬するかどうかは2年以上迷っていました」
そう語るのは、南多摩から出馬した斉藤れいな元都議会議員(立憲民主党)です。

2人の子どもを育てながら、シンガーソングライターとして活動していた斉藤さん。2017年の都議会選挙で初当選、子育て施策や児童虐待の防止などに取り組んできました。

斉藤さんが4年間ずっと頭を悩ませ続けたのが、議員活動と子育ての両立です。本会議の開会は13時から。終了時間が分かるのは良くて前日だといいます。当日開会してみないと、終わり時間はわからないと言われ、審議が深夜に及ぶということもあったそうです。そのため、深夜まで対応をしてくれるベビーシッターを手配するのに苦労してきました。

また、選挙活動も斉藤さんにとっては大きな負担でした。シングルマザーの斉藤さんは選挙期間中の子どもの世話を実の両親やベビーシッターと分担しましたが、それだけではとても手が足りませんでした。タクシー運転手として働く父の友人に保育園への送迎を頼んだり、ママ友や音楽活動の関係者にも協力を依頼。「まさに総力戦だった」と斉藤さんは振り返ります。

選挙のサポートに加わったスタッフはほとんどが男性でした。朝夕の駅立ち(駅前でのあいさつや演説)については、「子育てがあって難しいだろうから代わりますよ」と言ってくれる人がいた一方で、「駅立ちができないなんて、やる気はあるのか?」という人もいたといいます。

斉藤れいな 元都議
「議員の働き方も、選挙の仕組みも『24時間働き続けられる男性』の目線で作られていると、つくづく感じました。選挙期間中はシッターさんにお金を払い、親族を含めたくさんの人たちの協力が得られたからこそ、十分な駅立ちや演説活動ができました。それを任期中ずっと続けろといわれても私には無理です。子どもは荷物ではないので、“誰かに任せておけばいい”というものではありません。子どもの世話をないがしろにして、演説や夜の会合に出ることはできません。
今回、駅に立っていると有権者の方に『やっと顔を出したな』と言われ、申し訳ない気持ちになりました。地域のお祭りや駅で見かけることがなくても、議員活動をしているんだということを知ってもらう努力が必要だと思いました」

今回の選挙では、残念ながら落選となった斉藤さん。4年間の政治活動についての感想を尋ねると、“とても女性たちに議員の仕事は勧められない”という言葉が返ってきました。

斉藤れいな 元都議
「実は今回の選挙活動中、私を中傷する内容のビラがまかれるなどの名誉棄損・選挙妨害を受けました。私はシンガーソングライターをしてきたため、デマや誹謗中傷にはある程度慣れていましたが、巻き込まれた家族・関係者にはとても怖い思いをさせてしまいました。また、議員活動が女性や母親にとってやりやすいものではないと実感しているからこそ、子育てや介護を担う当事者の方に『あなたが感じる疑問や課題を解決するため、ぜひ選挙に出ましょう』とは言えないです」

ハラスメント経験には男女差が

こうした状況は男性候補からどのように見えているのでしょうか。江東区選出の細田いさむ都議会議員(公明党)に話を聞きました。
細田さんは、これまで子育て支援をはじめとした女性政策や、ジェンダー政策について力を入れてきました。

選挙期間中をはじめ、女性候補や議員たちがさまざまなハラスメントを受けていることについて伝えると、細田さんは驚いた様子で答えました。

細田いさむ 都議会議員
「議会の中では女性蔑視につながるヤジ・発言は聞いたことがありませんし、選挙期間中などにセクハラや蔑視発言を受けている女性議員がいることは今回初めて聞きました。大変許しがたいと思います」

内閣府が全国の地方議員1万100人を対象にした調査では、選挙活動や議員活動中に有権者や支援者などからハラスメントを受けたと答えた人は女性57.6%、男性32.5%にのぼります。

議員活動や選挙活動中に受けた
ハラスメント行為(%)

 

女性

男性

性的もしくは暴力的な言葉
(ヤジを含む)による嫌がらせ
26.8 8.1
性別に基づく侮蔑的な態度や発言 23.9 0.7
SNS、メール等による中傷、嫌がらせ 22.9 15.7
身体的暴力やハラスメント
(殴る、触る、抱きつくなど)
16.6 1.6
年齢、婚姻状況、出産や育児など
プライベートな事柄についての批判や中傷
12.2 4.3

(令和3年 女性の政治参画への障壁等に関する
調査研究報告書より)

女性の上位5項目を見てみると、性的ないやがらせや、結婚・子育てなどプライベートなことでの批判や中傷を受ける経験は、女性候補の方が多いことが分かります。細田議員もこう話します。

細田いさむ 都議会議員
「私自身の選挙活動では、『お前が嫌いだ』『お前の所属する党が嫌いだ』などと言われたことはありますが、暴力行為など身の危険を感じるような目にあったことはほぼありません。仲間の女性議員が被害に遭ったという話は今のところ聞いていませんが、党の中でも、『女性候補者は1人で街頭演説を行わない』『もし身の危険を感じるようなことがあれば、男性がガード役として協力する』ということは申し合わせています」

女性の政治参加 ハラスメントが障壁に

過去最多の女性候補が当選した東京都議会議員選挙。しかし、その選挙戦の間には少なくない女性候補がハラスメントを経験していました。冒頭の佐藤ことさんに届いたメッセージの一部を見せてもらうと、そこには「ぱっと見きれいなネーチャン」「キャバ嬢でもやっていろ」など、佐藤さんの政治信条や政策には何の関係もない言葉が並んでいました。同じように誹謗中傷を受けていた斉藤れいなさんは、被害について警察に相談し、現在捜査が行われているといいます。

ハラスメントの被害が女性にかたよっていることで、こうした実態を男性と共有することが難しくなっています。そのため、政治の世界でいまだ問題にされづらく、被害を防ぐための対策も十分ではありません。議員になるためにはハラスメントの被害を覚悟して選挙に出なければならない。そうした状況が、女性の政治参加を阻む大きな原因になっているのではないかと感じます。
“世の中をよりよくしたい”と熱意を持った女性たちが、どうすれば安心して政治の世界で活躍することができるのか。次回は、女性議員の“働き方”を通して考えてみます。

  • 木村桜子

    首都圏局 ディレクター

    木村桜子

    2012年入局。大阪局、神戸局などを経て2020年から首都圏局。保育や教育、ジェンダーの問題に関心を持ち取材中。

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