WEBリポート
  1. NHK
  2. 首都圏ナビ
  3. WEBリポート
  4. 「決して無縁なことじゃない」

「決して無縁なことじゃない」

  • 2021年8月2日

「自分とは無縁の話だと思っていましたが、自分にも何かできることがあるんじゃないかと思うことができました」
こう話すのは、1人の女性の経験を聞いた女子高校生です。
寄り添いたい、サポートしていきたい。多くの人たちが、そう感じ始めています。
(さいたま放送局/記者 大西咲)

ヤングケアラーの経験を話す女性

7月19日、埼玉県草加市の高校で1人の女性が、みずからの経験を全校生徒と教員およそ750人の前で話しました。その女性は、ヤングケアラーだった経験をもつ、沖侑香里さん(31)です。

侑香里さんの5歳年下の妹は、進行性の難病と診断され、重度の身体障害と知的障害を持ち、幼いころから医療的ケアを必要としてきました。付きっきりで介護にあたる母親と妹を支えるため、侑香里さんもできることは何でもやろうと、幼いころから妹の介護を手伝ってきました。
そんな侑香里さんは、ヤングケアラーの子どもたちの力になりたいと、今回、高校生たちの前で話すことにしました。

当たり前だった妹との暮らし

両親、祖父母、妹の6人家族で暮らしていた侑香里さん。妹の介護を本格的に手伝うようになったのは、6歳のころです。妹は転びやすく、母親が食事や洗濯といった家事をしている間、侑香里さんが妹を見守りました。

その後、食事の介助など、手伝えることが増えていき、中学生のころには、母親に代わってたんの吸引もするようになりました。父親は仕事が忙しく、妹の介護は母親がほとんどひとりで担っていました。

ふだんは明るくふるまう母親が時折見せる疲れた表情。そんな母親の姿を見ると、自分がもっと頑張れば、少しは楽になるのかもしれない。母親を支えたい一心で積極的に手伝っていました。だから、侑香里さんにとって妹の世話は、母親の「お手伝い」で当たり前のこと。自分が介護やケアをしているという意識は全くありませんでした。

自分の人生選んだら “だめなお姉ちゃん”?

こうした生活に違和感を覚え始めたのは、小学校の授業でのことでした。将来なりたい仕事を探すことが課題となった授業。侑香里さんは、自分の夢ではなく、妹や家族のことを真っ先に考えていることに気付きました。

高校生になると、マーケティングに興味を持ち、県外の大学に進学したいと考えるようにもなりました。ただ、自分が家を離れたら母親の負担が増してしまう。家族の中で、自分だけが自分のやりたいことを優先して楽しんでいいんだろうか。
一方で、妹や家族のことで、自分の人生を諦めたくないという気持ちもありました。

「自分の人生を選びたいと考える私は、“だめなお姉ちゃん”なのかな」

侑香里さんは、そんなふうに考えるようになりました。

相談したいけど いったい誰に?

周りの大人が気にかけるのは、常に病気の妹のこと。侑香里さんを心配してくれる人はいませんでした。

「妹の分まで頑張ってね」
そんなふうに声をかけてくる人もいました。妹の世話をすることでしか、自分は評価されないのだろうか。妹の世話をやめたら、責められるのだろうか。みんなの期待に応えられるよう振る舞っていると、自分の気持ちがどこにあるのかわからなくなっていきました。

こうした気持ちを、誰かに相談したいと思わなかったわけではありませんでした。ただ、いったい誰に相談したらいいのかわかりませんでした。結局、一番身近だった学校の先生にも、SOSを出したことはありませんでした。

自分の人生 選んだ先にあったもの

侑香里さんは悩んだ末、自分の将来を選ぶことに決め、県外の大学に進学しました。
そして進学したころ、侑香里さんは、ある言葉に出会いました。
「きょうだい児」。
病気や障害のある兄弟姉妹がいる子どもたちを表す言葉です。
そこで知ったのは「きょうだい児」が抱える特有の悩みでした。

病気や障害が無い自分は頑張らないといけないという、侑香里さんが誰にも話すことができなかった気持ちは、同じ立場の多くの人たちが感じていたことで、悩んでもいい、罪悪感を覚えなくてもいいということを知りました。

侑香里さんはその後、母親と妹をともに看取り、誰かの介護やケアをする生活は終わりました。
一方で、「きょうだい児」へのサポートが必要だと強く感じ、3年ほど前、当事者の集いの会を立ち上げ、現在も活動を続けています。

話したい人に話せばいい

侑香里さんは、講演の最後、高校生たちにこう伝えました。

侑香里さん
「話を聞き、もしかしたら自分もヤングケアラーなのかもしれないと感じた人は、無理に誰かに話す必要はありません。この人になら話せるかなと思った人にだけに話したらいい。相談する相手は、自分で選んでいいんだよ」

「ヤングケアラーはあくまでその人の一面でしかありません。かわいそう、大変そうだとレッテルを貼らず、目の前の人の声に耳を傾けてみてください。必ず何かをしないといけないということではないので、事情が分かった上で見守ることが大切なときもあります」

話を聞いた高校生たちにも、侑香里さんの願いは届いていました。

3年生
女子生徒

自分とは関係ない、無縁だと思っていましたが、自分にも何かできる、寄り添うことができるんじゃないかと思うことができました。

3年生
女子生徒

私の友だちの中にも、話せていないだけで、ヤングケアラーの子がいるかもしれないので、何かできることがあればサポートしたいと思います。

知らないではすまされない

今回、侑香里さんが高校生たちの前で話すことになったのは、ヤングケアラーのことをより多くの人に知ってもらおうと、埼玉県がヤングケアラーを経験した人の声を伝える出前授業をスタートさせたからです。

今回の出前授業を受け入れた埼玉県立草加西高校の市川啓二校長は、昨年度埼玉県が行った調査で、クラスに1人はヤングケアラーの子どもがいるという実態に衝撃を受け、教員も生徒も、1人でも多くの人たちが、その存在を知る必要があると感じていると話しています。

草加西高校 市川啓二校長
「子どもたちに身近な存在の教員が、接し方を知らないではすまされません。体験を1回聞いて終わるようなものではありませんが、まずこうした機会を通じて一度勉強して、対応の方法を早急に考えていかなければならないと思います」

草加西高校では出前授業のあと、教員を対象に、ヤングケアラーに気付いた場合の対応方法を学ぶ研修も開かれました。学校では、3年間という短い高校生活の中で、ヤングケアラーの子どもたちが少しでも学校を頼ってもらえるよう、環境を整えていくことにしています。

NHKではこれからも、ヤングケアラーについて皆さまから寄せられた疑問について、一緒に考え、できる限り答えていきたいと思っています。
ヤングケアラーについて少しでも疑問に感じていることや、ご意見がありましたら、自由記述欄に投稿をお願いします。

  • 大西咲

    さいたま放送局 記者

    大西咲

    2014年入局 熊本局、福岡局を経て去年夏から現所属。 介護福祉分野を6年取材。

ページトップに戻る