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コロナ減収「特例貸付」 急増する“助けて”の声

  • 2021年6月4日

「生活が苦しい人に借金をさせている。これが福祉なのか」
コロナ禍で収入が減少した人を対象に、無利子で最大200万円まで貸し付ける国の「特例貸付」。その最前線で対応にあたってきた社会福祉協議会の職員の90%以上が、この制度に効果があるのか「疑問を抱いている」という衝撃的なアンケートを目にしました。
現場では何が起きているのか。気になり、取材を始めました。
(首都圏局/ディレクター 梅本肇)

“例年の500倍” コロナ禍1年 現場が経験したジレンマ

取材したのは、東京都文京区の社会福祉協議会です。職員が見せてくれたのは、「特例貸付」の申請書で一面埋め尽くされたキャビネット。昨年3月から始まった申請を文京区でこれまで5000件以上受け付けてきました。例年、貸し付けの申請は10件ほどなので、これは500倍の数になります。申請が殺到した時期は職員の半数でローテーションを組み、ひたすら手続きに対応しました。朝から夕方まで電話は鳴りっぱなし。昼食をとる時間もない日々が続きました。

国の、いわゆる「特例貸付」の制度は2つです。「緊急小口資金」で20万円まで、「総合支援資金」は2人以上の世帯だと毎月20万円以内で、最大9か月。合わせて200万円まで無利子で借りることができる制度です。

取材に訪れたのは5月21日。窓口には50代の男性の姿がありました。前日に、最後の貸し付けとなるお金が振り込まれていたといいます。

「5月で貸し付け終了とお聞きしてるんですけど、その後、延長はあるのかと思いまして」


フリーランスで広告関連の仕事をしている男性。コロナの影響で顧客の企業から契約を打ち切られ、月収は10万円程度に落ち込みました。限度額いっぱいとなる9か月分、計155万円の貸し付けを受け、何とかこれまで生活費を補ってきましたが、依然として仕事の収入は減ったまま。来月からは老後のためにと蓄えてきた貯金を大きく切り崩しながら生活せざるを得ないと言います。

50代の男性
「貸し付けを受けている間は毎月債務が増えていくことへの不安はありましたが、貸し付けがなくなる方がもっと不安。今月で貸し付けが終了すると、それに伴って加速度的に貯金を切り崩す額が大きくなります。できることなら貯金はあまり減らしたくないんですけれども、今の状況だとやむを得ない選択です」

男性のように先月で貸し付けが終了した世帯は、文京区だけで約330世帯。
貸し付けをすでに満額まで受けているのは、緊急事態宣言の影響を長期間受けている飲食業に従事している人が最も多く、他にもタクシー運転手やシングルマザーなど。一様に貸し付けが終了したあとの生活について不安の声を漏らしているといいます。

“これが福祉なのか” 社協職員の9割が有効性に疑問

こうした厳しい状況を目の当たりにしている現場の職員からは、コロナの影響が長期化し、収入が減ったままの人が多い中、貸し付けだけでは支援に限界があるという声が上がっています。
今年はじめ、関西社協コミュニティワーカー協会が、全国の特例貸付業務に携わる職員、1184人に行ったアンケート。貸付制度にどのくらいの効果があるのか疑問を感じると答えた職員は全体の91%に及びました。

アンケートに寄せられた声
・貸し付けの期間が終わったあともまだまだ収入が戻らず、かといって生活保護の要件に当てはまらない、また生活保護を拒否される方も多く、今後の支援に悩む日々です。今のままでは生活ができず貧困によって亡くなる方が増えそうで心配です。
・苦しい状況の人に借金をさせている。これが福祉なのか疑問に思う。

申請の急増に対して、「丁寧な相談支援ができないことへのジレンマ」を感じる人は全体の76%に上りました。

アンケートに寄せられた声
・他の業務との兼任で特例貸付の業務を行うのは身体的心理的にも想像を絶するほど過酷であった。分刻みで業務を行っている状況であった。
・フォローが必要な方が多くいらっしゃるにもかかわらずマンパワーが足りずケースとして終結扱いにせざるを得ない。伴走型支援がどこまでできているのか、自分の中ですごく葛藤している。

文京区の社会福祉協議会でも貸し付けを受けた人、およそ800人に調査を行いました。すると「収入が回復しない」と答えた人が6割。2割近くが「離職・休業状態」であると分かりました。

社協職員
「収入の見通しが立たないので非常に不安があるとか、そういった心の叫びみたいなものがつづられているケースが非常に多かったです。生活の苦しさを吐き出す場所自体もないんだなと思いましたね」

アンケート用紙には、「仕事が無く不安」、「カードローンの枠もいっぱいになる」、「助けてください」といった切実な声がつづられています。貸し付けを受けても深刻な状況から抜け出せない現状が浮き彫りになりました。

坂田賢司事務局次長
「特例貸付は、収入が減ったことに対する一時的な対応としては効果があるものだと思いますが、これだけコロナの影響が長期化していますので、まだまだ生活状況が改善されていない方が多いと感じます。貸し付けが根本的なところで生活の再建につながるかどうかは状況を見ていかないと難しいのかなと」

これまで社協では、相談者から丁寧に生活状況を聞き取り、利用できる制度を探してその人に最適な支援を行うことに努めてきました。しかしこの一年、申請が殺到する中でそうした支援が十分にできているとは言えない状況です。それでもまずはお金を相談者の手元に送りたいと、ジレンマを抱えながらも申請の処理にあたっています。さらに、貸し付け以外にも生活を支える手段をと、独自の食糧支援を行うなどの模索も続けています。

職員
「貸し付けが終わった方で本当にこの1か月ほとんど何も食べていませんと言う人もいる。私どものところに来ることにもハードルを感じてらっしゃる方もいるので『もう資金の交付はできないけれども、つなぎの支援としての食糧支援はできるのでよかったらお話を聞かせていただけませんか』と伺って、そのついでに食料持って帰っていただくということをやっています」

求められる支援策は

厚生労働省は、ことし7月以降に1世帯あたり最大30万円を給付する新たな制度を設けることを発表しました。

対象:国の貸付金が利用できなくなり収入減少などで生活に困っている世帯
(生活保護を受けている世帯は除く)
※東京23区の場合収入が単身世帯は月額13万8000円以下
3人世帯は月額24万1000円以下
そのほか、預貯金は100万円以下、再就職に向けてハローワークで相談や面接を行っていることなどが要件
期間:ことし7月以降の3か月間
金額:単身世帯は月6万円、2人世帯は月8万円、3人以上の世帯は月10万円

 

先月25日に新たな給付金制度のニュースが報じられて以降、文京区の社会福祉協議会には「自分は給付の対象に入るのか」という多くの問い合わせがありました。職員は、貸し付けが終了する人が切れ目無く給付を受け取ることができるのか、所得要件や資産要件によって給付金を受け取れる人と受け取れない人の格差が生じないか、不安を抱いています。

生活困窮者の貸し付け制度に詳しい日本福祉大学の角崎洋平准教授は、発表された給付金について一定の評価をした上で、貸し付けを前提とせず、個人の収入の状況に見合った柔軟な支援が必要だと指摘します。

角崎准教授
「新しい制度は貸し付けをやりきった人に対して給付をするという形でしかない。いま所得が少ない人について、現金給付もしくは生活保護の受給要件を緩和するなどの形で支援するのが大事だと思います。収入の変動にうまく対応した所得の保障制度が必要だと思います」

コロナ禍という“非常事態”の中で、求められる支援のあり方は何なのか。
今後も取材を続けていきます。

  • 梅本肇

    首都圏局 ディレクター

    梅本肇

    2016年入局。大阪局を経て2020年より首都圏局。 かつての戦争やコロナ経済の取材を継続的に行っている。

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