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巣ごもり連休だからこそ!「疫病文学」のススメ

  • 2021年4月28日

緊急事態宣言が再び出たいま、ゴールデンウィーク中はずっと家にいることになったという人が多いかもしれません。
そんな今だからこそ「疫病文学」を読むべきというのが明治大学教授の齋藤孝さんです。
コロナ禍にしかできない“特別な読書体験”について、話を聞きました。
(首都圏局/ディレクター 大森健生)

いまこそ読みたい!疫病文学のススメ/コロナ禍おすすめの短編2選

齋藤さんに、今だからこそ読んでほしい!と勧められたのが、パンデミックを題材にした「疫病文学」。コロナ禍のいま、注目を集めています。まずはどんな本を読めばいいのでしょうか?…ということで、短編2作を教えてもらいました!

齋藤先生おすすめ日本文学・短編2選
1)マスクをし続ける勇気/菊池寛『マスク』
2)困難な時の気づきを/志賀直哉『流行感冒』

1)マスクをし続ける勇気とは?/菊池寛『マスク』

まずは、表紙がポップなこちらの本から。文藝春秋社を創立し、芥川賞、直木賞を立ち上げた文学者であり、実業家でもある菊池寛が書いた15ページほどの短編、『マスク』です。

『マスク』は、100年前にスペイン風邪が蔓延した日本を舞台に、身体が弱い自らの実体験をもとに書いた、15ページほどの掌編です。非常に短い作品なので、読書が苦手な方にもおすすめです。周りがマスクをつけなくなっても着用し続けた思いや、その後、自分自身もマスクをしなくなってしまったときの心境を綴っています。

「自分は、極力外出しないようにした。妻も女中も、成(な)るべく外出させないようにした。そして朝夕には過酸化水素水で、含漱(うがい)をした。止むを得ない用事で、外出するときには、ガーゼを沢山詰めたマスクを掛けた。そして、出る時と帰った時に、叮嚀(ていねい)に含漱(うがい)をした」
※菊池寛「マスク」本文より 原文ルビ表示を( )にしています

昭和14年1月、51歳ごろ。新聞連載の取材のため中国を訪問

 

「菊池寬自身が体が弱く、心臓がよくないと言われていて、病弱な自分が流行感冒(スペイン風邪)にかかったら大変なことになる。なので恐怖に怯えながら、徹底的に自身のケアをするという作品です。マスクをめぐる心の葛藤についての描写が、実に巧みです。マスクをみんなしている時は気にならないけど、みんながせずに自分だけがしているという状況になると、周りから自分が臆病者だ、と思われるかもしれないと。この作品は、「臆病さ」がテーマで、マスクをしている時、周りからどう見られるんだろうという意識のあり方が丁寧に描かれていて、とても面白いと思います。中でも印象的なのが、“文明人の勇気”という言葉です」

「病気を怖れないで、伝染の危険を冒すなどと云うことは、それは野蛮人の勇気だよ。病気を怖れて伝染の危険を絶対に避けると云う方が、文明人としての勇気だよ。誰も、もうマスクを掛けて居ないときに、マスクを掛けて居るのは変なものだよ。が、それは臆病でなくして、文明人としての勇気だと思うよ」
(菊池寛「マスク」本文より)

 

「自分がマスクをすることを、ちゃんと理論的に正当化して言っているんです。菊池寬の小説は、読者みんなに理解してもらいたいという気持ちで書かれていて、かなりわかりやすい言葉づかいで、今でも読みやすいものが多いですね。古い作家には漢文調など、古典的な文体のものもありますが、そういった作品に比べれば、今でもなんの抵抗もなくすらすら読めるかと思います」

2)困難な時の気付きを/志賀直哉『流行感冒』

同じくスペイン風邪を舞台にした短編をもう一つ。今年没後50年を迎えた作家・志賀直哉の作品です。

 

「志賀直哉は、私小説といわれる分野を得意としています。自分の実体験に近いところを書いていく作家で、文章が非常に的確で無駄がない。そして、心理を深くえぐっていく作品が多いので、小説の神様と呼ばれていて、日本作家のひとつの模範とされてきた人です。テーマは… “不機嫌”が多いんですね(笑)。昔、不機嫌というものの正体はなんだろうと研究していて、志賀直哉に行き当たりました。自分の中の不機嫌というものを見つめ直すときに読むと、非常に面白い作家です」

齋藤さんのおすすめは『流行感冒』という短編。スペイン風邪流行の真っただ中、人間不信になった主人公が、人への信頼を取り戻し、日常に戻るまでの姿を描いた物語です。

志賀直哉「流行感冒」より(新潮文庫『小僧の神様・城の崎にて』所収)

「最初の児(こ)が死んだので、私達には妙に臆病(おくびょう)が浸込(しみこ)んだ…」
(志賀直哉「流⾏感冒」より)

 

「主人公の夫婦は1人目の子どもを亡くして、臆病がしみこんでしまった。なので2人目の子どもを守るために、徹底的に感染対策をする。家に住み込みで働いているお手伝いさんにも無駄な外出を避けるよう求めます。しかしある日、お手伝いさんの1人が、うそを言って芝居に行ってしまった。解雇しようかどうか悩んでいると、あれほど気をつけていた自分が真っ先に流行感冒にかかってしまうんです。そして家族がバタバタと倒れる中、うそをついて芝居に行ったお手伝いさんだけが感染せず、自分の危険も顧みずに、献身的に看病にあたってくれる。その思わぬ姿を見て…という。感染をめぐる心の揺れ動きが非常に細やかに描かれていて、ラストは胸がすくような、読後感の非常によい物語です」

この時代に「疫病文学」を読む意味/コロナ禍における文学の役割とは

たくさんの作家が生み出してきた「疫病文学」。コロナ禍であえて「疫病文学」を読むことには、どんな意味があるのでしょうか? 

 

「読書には“タイミング”がある。大きく分ければ、人生におけるタイミングと、社会の時代状況におけるタイミングの2つです。「人生におけるタイミング」については、青春文学って青春時代に読んだほうが響きますよね。
「社会の時代状況におけるタイミング」は、やはりコロナ禍って極めて特殊で、めったに経験できない状況、言ってしまえば、今しかできない読書体験がコロナ禍にはあると思うんです。この機会に疫病文学を読んでみると、イマジネーションがふだん働かない人でも、状況がリアルなので、自然と入っていける、まさに自分が襲われている状況で「疫病文学」を読むと、身をもってリアリティのある読書体験ができる。これは個人ではなかなか選択できない、とても貴重なタイミングです。リアルな読書体験というのは、“読む側がタイミングよく本をセレクトすること”から始まるんじゃないかと思います」

今に通じる状況が描かれた物語を読むことで、コロナ禍を体験しているからこそ得られる“救い”があると話します。

 

「文学は、不安な人間の心を描く点において非常に優れていて、それを知ることで癒やされる体験でもあると思うんですね。“ああ、ここに自分と同じ気持ちの人がいたんだ”と。無人島に一人きりだと思っていたのが、裏側にもう一人いることを知ったような感覚だと思うんです。こんな苦しさを感じるのは自分だけだと思っているときに、裏側に行ったら、なんと先に来ていた人がいて、その人は苦労を先に体験している。そんなときに救われるような感覚を味わえると思います」

まだまだあります!齋藤さんおすすめ海外文学・6選

パンデミックは世界共通の話題。疫病をテーマに世界中の作家が作品を残しています。
齋藤さんおすすめの6作品をご紹介します。

齋藤先生おすすめ海外文学・6選
1)不条理文学の金字塔!/ソポクレス『オイディプス王』
2)朝起きたら身体が虫に・・・。“個人の不条理”を描いた作品/フランツ・カフカ『変身』
3)コロナ禍、空前絶後の大ヒット!“集団の不条理”を描いた作品/カミュ『ペスト』
4)狂気の世界へようこそ/ジョゼ・サラマーゴ『白の闇』
5)パンデミック下での愛とは/ガルシア・マルケス『コレラの時代の愛』
6)パンデミックのアンソロジー/疫病短編小説集

1)不条理文学の金字塔!/ソポクレス『オイディプス王』
古代ギリシャ三大悲劇詩人の一人であるソポクレスが、紀元前427年ごろに書いた戯曲。テバイという国の王・オイディプスは、国に災いをもたらしたとされる、先代の王の殺害犯を追及します。しかし、それが実は自分であることがわかり、さらに産みの母と交わって子をもうけていたことも知った結果、自ら目を潰し、王位を退くという物語です。

 

「この話の背景には疫病の流行があるんです。王が自分のせいなのかと思って、なんでこの疫病が流行しているのかというのを予言者に聞いたりする。そしていろいろ解明していくうちに…という物語とも読めるんですね。ですから『オイディプス王』も、コロナ禍のタイミングで読むと、疫病という背景で読めるかと思います」


2)朝起きたら身体が虫に…。“個人の不条理”を描いた作品/フランツ・カフカ『変身』
現在のチェコ出身のドイツ語作家、カフカが描いた寓話。平凡なセールスマンのグレゴール・ザムザはある朝、巨大な虫へと変身してしまった自分を発見して…。“個人の不条理”をテーマにした、カフカの代表作です。

 

「これは個人に起こった話ですけど、コロナ禍で家からなかなか出られない状況は、ある意味、敵に襲われて身動きできない虫のような状態とも言えます。場合によっては「このコロナ禍、私はどうしてずっと家にいるのか…」と思った時に、この『変身』を読むと、なるほどこれが不条理というものか、と心に染みる。現在のコロナ禍は特殊な状況ですので、特殊なしみ方・はまり方というのができるのではと思います」


3)コロナ禍、空前絶後の大ヒット!“集団の不条理”を描いた作品/カミュ『ペスト』
40歳代前半でノーベル文学賞を受賞したカミュの代表作の一つで、コロナ禍の日本でも一大ムーブメントを巻き起こした作品です。文庫として刊行されてから2019年までの50年間での累計部数は「88万6000部」。しかしコロナ禍に見舞われた2020年、2月から5月のたった3か月だけで「36万4000部」を重版する、異例の大ヒットを記録しました。

自らが生まれ育った北アフリカのフランス領を舞台に、ペストが発生し、外部と一切の交流を遮断された孤立した都市で巻き起こる、不条理下での人間を克明に描いた長編小説です。

 

「コロナ禍で『ペスト』という作品は、急にリアルになりましたね。目に見えない敵と戦う医師、あるいは祈りという形で戦う教会の人間もいる。ありとあらゆる立場・考え方の人間がどういう態度を取って、この現実に対処していくのかということが、リアルに描かれています」


4)狂気の世界へようこそ/ジョゼ・サラマーゴ『白の闇』
こちらは1998年にノーベル賞を受賞したポルトガルの作家、ジョゼ・サラマーゴが描いた長編小説。視力が突如奪われ、目に見えるのは「白の闇」だけになるという謎の伝染病が蔓延した国が舞台です。止まらない感染拡大に強硬手段で隔離を進める政府。市民たちは絶望し生活に困窮していく中で、やがて暴力が世界を支配する…。そんな異色の小説です。

 

「設定された世界がSF的な世界なのに、とてもリアルに感じる作品ですね。『白の闇』というのは、目が見えなくなるという病、もちろんこれは架空のものなんですけれども、そこで起こる“心のあり方”というのは必ずしも架空ではない。そして、どんどんみんなが目が見えなくなっていく状況で、果たして人と人はどう関わり合いを持つことができるのか考えさせられる小説です」


5)パンデミック下での愛とは/ガルシア・マルケス『コレラの時代の愛』
こちらも1982年にノーベル文学賞を受賞した作家、ガルシア・マルケスの長編小説。内戦につぐ内戦、コレラが蔓延する時代に初恋の女性を51年9か月と4日待ち続けた男の、壮大な愛をテーマにした作品です。

 

「『百年の孤独』で有名なガルシア・マルケスの名作です。“ビター・アーモンドを思わせる匂いがすると、ああ、この恋も報われなかったのだなとつい思ってしまうが、こればかりはどうしようもなかった”という一文で始まる、愛の物語ですね。こちらは物語の主軸は疫病ではないのですが、時代背景にコレラというパンデミックが伏流しています」


6)パンデミックのアンソロジー/疫病短編小説集
最後は、天然痘、コレラ、インフルエンザ、そして「疫病の後」などをテーマに、さまざまな作家が描いた作品7編が収録されている短編小説集です。

 

「作品集の冒頭を飾るのは、エドガー・アラン・ポーの『赤き死の仮面』という作品です。その作品では、主人公がこういう状況なのに舞踏会を開こうとするということが描かれていて、今の時代でもありそうな話ですよね。数年前に『疫病短編小説集』というタイトルを見ても、あ!これは!とピンとくる人は多くなかったかもしれませんが、今これを見たら、読むべきでは!と思いますよね」

子どもたちへのメッセージ/退屈や不自由さを糧にして

最後に、家にいる時間が長くなったコロナ時代、これから読書に挑戦する子どもたちへのメッセージです。

齋藤孝さん
「今のようなコロナ禍で疫病文学との出会い、これを機に読書を始めることがあれば、文学への入り口としてもとても良いきっかけになると思います。私自身は、読書は“心の森をつくる”と思っていますので、子どもたちにはとりわけ豊かな心の森をつくってもらいたい。1冊読むごとにいろんな樹木が増えていく。そんな豊かさを実感してもらいたいですね。友達と外で遊ぶこともままならないこのコロナ禍、つまらないと思わないで、文学という膨大な数の仲間がいると思ってもらいたいです。1冊読むごとに、心の味方を増やしていく。そうすると心もだんだんと強くなる。小学生ならまずは薄い本でいいと思うので、ぜひ毎日読んでほしいですね」

紹介頂いた本について
・菊池寛 「マスク」 (文春文庫/『マスク・スペイン風邪をめぐる短編集』所収)
・志賀直哉 「流行感冒」 (新潮文庫『小僧の神様・城の崎にて』所収)
・ソポクレス 「オイディプス王」 (藤沢令夫訳/岩波文庫)
・フランツ・カフカ 「変身」 (高橋義孝訳/新潮文庫)
・アルベール・カミュ 「ペスト」 (宮崎嶺雄訳/新潮文庫)
・ジョゼ・サラマーゴ 「白の闇」 (雨沢泰訳/河出文庫)
・ガブリエル・ガルシア・マルケス 「コレラの時代の愛」 (木村榮一訳/新潮社)
・エドガー・アラン・ポーほか 「疫病短編小説集」 (石塚久郎監訳/平凡社)

  • 大森健生

    首都圏局 ディレクター

    大森健生

    東京都出身 2016年入局。 札幌局で戦争や領土問題などを取材、2020年から首都圏局で戦争や文学をテーマに取材を続ける。

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