8月初旬、神奈川県内の小学校で新型コロナウイルスの集団感染・クラスターが発生。地元では感染した教諭の写真も拡散するなど動揺が広がりました。2学期に授業を再開するにあたって学校が懸念したのは、感染した児童や教諭が差別や中傷に苦しむのではないかということでした。それを防ぐために授業再開の初日、先生は子どもたちに何を語りかけたのでしょうか。
(横浜放送局 記者/岡 肇 首都圏局 記者/戸叶 直宏)
クラスターが発生したのは神奈川県厚木市の市立依知南小学校。夏休みが始まった8月6日に、20代の男性教諭の感染が明らかになりました。この教諭は、まだ授業が行われていた7月30日の夜に体調の異変を感じ、翌日から出勤を控えました。児童の中に濃厚接触者はいないとされましたが、その後、同僚の教諭や児童の感染が相次いで判明。男性教諭が担任をしているクラスの児童11人が感染していることも明らかになりました。
記者会見を行った市教育委員会の曽田高治教育長は、困惑した表情を見せながら、こう語りました。
結局、小学校では、児童15人と教諭5人のあわせて20人の感染が判明。神奈川県内の学校では、初めての感染者の集団=クラスターの発生でした。
その後、感染した20人は回復し、ほかの児童や教職員も陰性が確認されました。小学校では、当初の予定から8日遅れの先月27日に2学期を始めることを決めました。
このとき最も懸念していたのが、回復した児童や教諭が安心して学校に戻ることができるかということでした。新型コロナウイルスに感染した人が差別されたり、中傷されたりする事例が各地で起きていたからです。
実際に小学校の地元でも、最初に感染が判明した男性教諭について、PTAの広報紙に載っていた顔写真がSNSで拡散していることが保護者からの連絡で確認されていました。
「このままでは、ようやく回復して学校に戻ってくる児童や教諭がいわれのない差別に苦しむことになるのではないか」
小学校でどう対応するか検討した結果、2学期初日に、感染した人への差別やいじめにつながる言動が許されないことを子どもたちに語りかけ、自ら考える機会を作ることにしたのです。
2学期初日。先生たちが出迎える校門には、日傘を差し、マスク姿の子どもたちが次々と登校してきました。
熱中症を防ぐとともに子ども同士の間隔を保つため、学校側が呼びかけた対策でした。
子どもたちは、教室に入るとすぐに夏休みの宿題に加えて、体温や症状の有無を書いたチェックシートを提出します。この日の子どもたちは、久しぶりの学校にもかかわらず、あまりはしゃぐことはなく、教室にはどことなく緊張感が漂っているように感じられました。
オンライン始業式
各教室では、テレビを使ったオンラインによる始業式が始まりました。外村美佳校長が、全校児童や教職員がPCR検査を受け、結果が出るまで、不安な日々を過ごした夏休みを振り返りました。
外村美佳校長
「たくさんのお友達や先生がウイルスに感染したので、自分も感染しているかもしれないと心配した人もいると思います。みんなも私もPCR検査を受けましたが、結果が出るまでどんなに長く感じるか、緊張するかよくわかりました」
このあと外村校長は、用意していた「不安」と書いた紙を掲げながらこう続けました。
外村美佳校長
「皆さんも陽性だったら、まわりの人に何と言われるのか不安な気持でいっぱいではありませんでしたか。でも、かかっていないとわかったとたんに安心して、不安を忘れてしまうことがあります。忘れたとたんに『感染していたのは誰だ』と、まるで悪いことをしたかのように責めたり、悪口を言ったり、面白半分で本当ではないことを言い出したりする。そのことばや行動によって傷つけられる人がいることを忘れないでください」
最後に校長は、「思いやり」と書かれた紙を見せながら訴えました。
続いて語りかけたのは生活指導の先生です。感染した教諭の顔写真がSNSで広がったことに触れながら、具体的にしてはいけないことを伝えます。
大滝徹也教諭
「悪口を言ったり、相手を避けたり、うわさを流したりしないでください。コロナにかかることは悪いことではありません。自分が感染したときに、されて嫌なことは相手にしないことが一番大事なことです。たたかう相手はコロナウイルスです。人ではありません。人と人が傷つけ合うような学校にしてはいけません」
始業式のあとは、子どもたちに考えてもらう時間を作りました。記者が取材したのは、3年生の教室。担任はこんな会話を聞いたらどうするか例えをあげました。
「おかあさん、病院で働いているからコロナにかかりやすいよね」
「あのコンビニの店員、コロナになったって!」
「貼り紙貼っておこうか」
そして、子どもたち一人ひとりにどう行動するべきか聞きました。
「そういうの、言ったらだめだよ」
「それは本当じゃないかもしれないよ」
少し戸惑いながらも表現する子どもたち。
「うわさがあっても本当かどうかわからないことだから、言いふらさない」
「自分がされて嫌なことはしない」
次第にはっきりと自分のことばで答えていました。
授業のあと、子どもたちに話を聞くと、こんな風に答えてくれました。
女子児童
「感染した人は、つらい思いをしたと思うので、やさしい声をかけてあげたい。もし、悪く言う人がいたら、その人にもやさしく注意してあげます」
小学校の外村校長は、感染した人が安心して復帰できるようにするためには、この日の取り組みだけでは十分ではなく、家庭も巻き込んで意識を変えていくことが必要だと感じています。どうしたら差別をなくすことができるのか、引き続き考える時間を設けるとともに、学校の考えを学級通信などを通じて、保護者とも共有していきたいとしています。
外村美佳校長
「感染した児童や教諭も含めて、みんなが元気に学校に戻ってきてくれたことが何よりもうれしかった。1日だけで、意識がいっぺんに変わることはないので、日々の生活指導や授業の中で、差別が許されないということを積み重ねていくしかありません。保護者にも同じ思いを共有してもらい、いっしょに子どもたちを見守っていきたい」
今、全国の学校でクラスター発生の報告が相次いでいます。この小学校の取り組みについて、学校運営の危機管理に詳しい東京学芸大学の渡邉正樹教授は、高く評価しています。
「差別やいじめを防ぐため、感染した児童が安心して登校できる温かい空気を作っていて、すばらしい取り組みだ。感染した子どもは自分を責めがちで、登校することに不安になっているし、周りの子どももどう接すればいいかわからない。別の学年の児童にも自ら考えさせることで、児童は受け身ではなく、いじめや差別をしない方向に行動しやすくなったはずだ。モデルケースとしてほかの学校も真似してほしい」
東京学芸大学 渡邉正樹 教授
さらに、渡邉教授は保護者への働きかけの大切さも指摘します。
「児童だけでなく保護者にも、差別しないように呼びかけることが重要だ。保護者は我が子を心配するあまり『感染した子がわかったら教えて』とか『感染した子には近づかないようにね』などと言ってしまいがちだが、保護者の言動は特に小学生には大きく影響するので、児童も同じように偏見や差別の行動を取ってしまう危険がある。学校から保護者や地域をまきこんで、社会全体で『感染した人が悪いわけではない』『感染者への差別を許さない』という空気を作っていくことが大事だ」