激甚化する気象災害。豪雨や台風で多くの命が失われています。
どう備えればいいのか?浸水した部屋から避難する体験をして感じました。
「私はこの実験を一生忘れないと思います。水の中の避難は想像以上に難しく、焦りが冷静な避難行動を妨げます。実験中の私と同じ状況になって、後悔する人が一人でも減ってほしい」
(首都圏ネットワーク キャスター 高井正智)
水槽の中に畳や家具を設置 6畳ほどの部屋を再現
実験は、東京理科大学の実験施設で、河川氾濫のメカニズムに詳しい二瓶泰雄教授の下で行いました。自宅が浸水すると何が起きるのか、何が避難の課題になるのかを確かめるのが目的です。
畳や家具などがある6畳ほどの部屋に見立てた水槽に水を流し込み、何が起きるのか観察します。その後、私が実際に避難を体験します。
浸水の速さは10分間でおよそ50センチ。これは、2018年の西日本豪雨の際に、岡山県倉敷市真備町で起きた状況を再現しています。
浸水が始まってわずか2分で畳が浮き始め、6分すぎにはベッドも持ち上がり始めました。
水位が90センチに達する20分すぎには、重さ60キロの棚が倒れました。
部屋の姿は大きく変わってしまいました。
見る見るうちに様子が変わる部屋を目の当たりにして思い出したのは、去年の台風19号の際に取材したある男性の体験談。
「浮き上がった畳の上を伝ってようやく避難したんだよ」
その言葉をかみしめていました。
水位90センチ 浸水した部屋
水位がおよそ90センチに達したところで水を止めます。水が流れ込んでいる中を避難するのは危険なためです。
ここで私が水槽に入り、出口を目指して避難を始めることになりました。
水位は私の腰まで
水槽に入ってみてまず感じたのが、水圧。
腰回りや脚に誰かに抱きつかれているような重みが常にあるのです。
そして、水の冷たさ。
実験前は汗をかいていたほど暑かったのに、じわじわと体が芯から冷えてきました。
「こうしている間にも水位が上がってきら…?とにかくここから出たい」
実際に水は止まっているのに、私の中で焦りが大きくなってきました。
「体力がなんとか残されている間に、最短で避難しなければ」
私は出口を目指しました。しかし、水は濁っていて足下に何があるかは全く見えません。自分にとって身近なものであるはずのベッドや畳に、ひとつひとつ避難の行く手を阻まれます。どこに何があるかわかっていて安心できる場所のはずだった自宅の部屋が、「凶器」に変わったように感じました。
先に進むと、倒れた棚が出口をふさいでいました。
「水の浮力で浮き上がった棚は、簡単にどかせるだろう」
しかし、棚をどけようとしてもびくともしません。引き出しの中に水が入っていて重く、動かせないのです。
「乗り越えようとして水中に倒れてしまったら… 自力で立ち上がることなんてできるのか」
何とかして動かせないか、乗り越えるための足場は無いか、いろいろ試してみるのですが上手くいきません。
「あれも無理だ、これも無理だ」
「でも、なんとか助からなければ」
私の中では「諦め」と「脱出への思い」がぶつかり合っていました。
夜間や停電時での避難を想定した実験も行いました。
「ここから出られる自信ないな…」
アイマスクをつけた途端、私はこうつぶやきました。
水槽に入ると、私は教授の指示で同じ場所で体を2回ほど回されました。これは「真っ暗な部屋での避難」を想定するためだそうです。
すると方向感覚はゼロ。物の位置も進む方向も全くわからず、頼りになるのは手で感じる物の形だけです。
私は、感触を頼りに出口に向かって進んでいるつもりでした。しかし、避難を始めて30秒ほどで自分の進んだ道を折り返し、出口と逆向きに進んでいたと実験の後になって言われました。
自分が進んでいる方向が全くわからず、私は声をあげていました。
「誰か助けて」
周りに教授やカメラマンもいるのですが、声を出すと位置がわかるということで、答えは返ってきません。
仕方なく手探りで出口を探しました。
私は無意識に周りの物をたたいていました。たたいて聞こえた音で、ようやく棚の存在を感じました。
棚の向こうには出口があるはずです。
この棚をなんとか動かし、私はようやく脱出することができたのです。
私はこの実験で感じた怖さを、一人でも多くの方に知っていただきたいと思います。
浸水したあとの避難は想像以上に難しいです。避難勧告や避難指示が出てからでは間に合わない場合があります。
自宅にとどまらざるを得ない場合は、建物の2階以上に移動することで安全を確保してください。
そして、想像してみてください。
「自分の部屋が浸水したら…」